元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!

柚沙

才能を持つもの!





朝から姉と有意義な話を終えて1日分の労力を使ったところで一日を終えようとしていたが、まだ朝の9時で1日の終わりというよりも1日のはじまりだった。




試合は10時から白星高校で2試合やるらしいので、今からゆっくり出ても余裕で間に合う。




三海さんも学校に10時前に待ち合わせにしてあるし、早く行きすぎて部員達に囲まれたりすると逆に三海さんも困ってしまうだろう。






監督にメンバーとかは聞いていないし、誰が試合に出るかも分からないから行ってからのお楽しみではある。




今日のスタメンとか監督がどんな構想を練ってるかを楽しみにしながらゆっくりと学校まで登校した。
そんなことを考えているといつの間にかあっという間に学校に着いてしまい、10時まで20分くらいの時間が出来てしまった。






「龍くん。おはよう。」






「監督。おはようございます。」






たまたま校門でばったり監督と出会った。
監督は俺がユニホームではなく、運動しやすいようなラフな格好を見て見学に来たというのがすぐ分かったみたいだ。








「三海さんのこと任せちゃってるよね?ごめんね。彼女のこと任せれそうな女の子が心当たりなくて、龍くんにお願いすることになっちゃった。異性だけど2人とも似てると思ったけどどんな感じ?」






「どんな感じもなにもないですよ。三海さんを焚き付けたのは聞きましたけど、彼女がそれだけで俺に世話を焼かせるとは思えないんですよね。けど、なんだかんだ上手くやってると思いますよ。」






監督は自分の思惑通りに行って嬉しいのかニコニコしていた。
そんなことよりも決定的なことを聞こうと思っていたが、まぁ予想していた通り三海さんが10分前に俺と監督の前に現れた。






「天見先生おはようございます。東奈くんもおはようございます。」






「「おはよう。」」






俺と監督は同時に三海さんに朝の挨拶をした。
三海さんは天見ではなく天見と呼んでるあたり野球部には関係なく本当に監督が転校生の世話役として俺を指名したのだろう。






「先生、今日東奈くんと野球部の試合を観戦させてもらいますね。」






「そのためにここで待ち合わせしてたのね。やるからには勝つからゆっくり見学していってね。」








そう答えると監督はグランドに戻って行った。


試合時間まで後5分しかないが、監督は直前にスタメンとかを発表するのではなくウォーミングアップ中に選手たちを見てスタメンを決めて、試合の最低30分前にレギュラーを決めるようにしているみたいだ。




そこら辺は詳しいことを聞いていないが、俺の予想だとスタメン固定の選手と入れ替わりの激しいポジションだと、試合前に急に言われると緊張する選手もいるだろうから事前に発表して気持ちから作らせるようにしてるのだろう。








俺たちは少し目立ちづらく、木で日陰になってるレフト側からの観戦になった。


試合開始の挨拶のためにメンバーが並んでいる。


その列に1年生はほとんど並んでおらず、バッと見てわかる選手は雪山、七瀬、円城寺の3人だけが列に並んでいる。


ほぼ2年生で構成されたメンバーっぽいが、この感じだとガチガチに勝ちに行くというよりも色んな選手を試している感じなんだろうか?




雪山がセカンドで七瀬が先発か。


2年生のキャッチャーの真木田さんとのバッテリーだけど、七瀬がマウンドから自分をリードして完封を目指すというピッチャーとキャッチャーができる七瀬専用の育成方法で試合での成長を促す。








「あの人は1年生のエース?1年にしてはかなり球速いそうだけど。」






流石は経験者というか、この前の上木さんと桔梗の練習を真剣な目付きで見ていただけの事はある。


あの時は混ざりたくてうずうずしてるのかと思ってたが、別に野球の動作をしたりしてこちらを伺ってるわけでもなかったし、野球でのトレーニングではなくてその場にあったウエイトトレーニングをしていた。






「エースじゃないけど、いい素質ではあると思う。本人はピッチャー嫌いみたいだけど成長の為に前向きに取り組んでくれるらしいから大丈夫かな?」






「へー。ピッチャーが嫌だけど成長の為にってことはキャッチャー志望なのかな?外野、内野でピッチャーやって経験になるとは思えないけどね。」






これもなかなか鋭い洞察力だ。
俺が警戒するだけはあるなと感心していた。




彼女から感じられる鋭い雰囲気というか、俺に近いものは勘違いというか彼女には鋭い感覚とキレすぎる頭の良さから俺が警戒するに至ったんだと今ならそれが一番しっくり来ている。








「よくわかってらっしゃる。前からそうやって自分で鍛えておけば高校でそんなことをやらなくても良かったんだろうけど、中学の時の指導者に恵まれなかったから1から頑張ってる状態なんだよ。」






「彼女は中々いいセンスしてそうだし、肩もあれだけ強いし上手くいえばいいキャッチャーになれる素質ありそう。」








「それなら彼女はどう思う?」






俺は雪山の方を指さして聞いてみた。
雪山は身体能力の高さには一目置くレベルではあると思うし、これまでスポーツをしてなかったか基礎的な筋トレとかの効果が著しくて野球が下手な子を見抜けるだろうか。








「1年生だよね?緊張してるのかな?浮き足立ってようにしか見えないけど…。」






「まぁ試合はほとんど出てないから緊張してると思うけど、それを加味してどうかと思ってね。」








「うーん。身のこなしが硬いかな?基礎的なところがまだまだって感じする。運動は出来そうだけど、野球の動きではないかな。」






「ごもっともです。彼女はほぼ素人で俺個人的な意見だと野球に向いてないと思うんだけどどうだろうか?」






さすがの彼女も俺の言葉を聞いて少しだけ慎重に言葉を選んでるようだ。








「今はまだ分からないとしか言えないかな。基礎が身についたら急に化けるかもしれないし、プロ野球でも高校から始めた選手だっているから。」








バッサリと切り捨てるかと思ったが、俺と同じく中学の時思った将来性にかける感じか。
それは同意できるが、奴にその気があるのかも分からないし出来るようになるとはそこそこ思えなくなってきている。






「出来るか出来ないかは彼女次第とは思うけどね。彼女が勝手に諦めるのはいいけど、コーチとして東奈くんが諦めるのはダメだと思うよ。彼女が諦めるまでは東奈くんが諦めたらダメよ。」






少しだけハッとした。
確かに問題児で話を聞いたりしないが、それでも一生懸命やってると言えば一生懸命やってるだろう。






「七瀬ー!こっちに打たせていけー!」






セカンドからここまで70mはあるのにここまで雪山の声が聞こえてくる。
最悪雪山には野球部応援団団長としてチームを鼓舞する役に任命してあげようと思った。








七瀬とキャッチャーのサイン交換は首を振らないようにシンプルなサイン交換の方法を使うことにした。


グーがストレート、親指を立てたらツーシーム、人差し指がカーブ、ピースがスライダー、ほとんど投げないが、3本指でフォーク。






指を順番に変えていき、投げたいところで頷く。


内外は内を頷かなければ外のサインを出して、それに頷かなければど真ん中で、高め低めも同様にしている。




ど真ん中に投げれば打たれると思うかもしれないが、ど真ん中でも低い、高いというのもあるしコントロールの精度を決めるのは投げてる本人なのだ。






「シンプルだし相手にもわかりにくいからいいね。自分のことをリードするって思ったよりも責任重大だよね。サイン通りに投げて打たれても自分のせい、コントロールミスしても自分のせいになるし。彼女はそういうプレッシャーとかは大丈夫なの?」








「さぁどうだろうか?提案した時にも行ったけど、逃げるとは無縁な強い気持ちが見えたから大丈夫だと思うけどね。大会じゃなくて練習試合限定にしてるし。」






プレッシャーに弱い選手なら確かにそれだけで気持ちが重くなるかもしれないが、いまマウンドに立っている七瀬からはそういう雰囲気が感じられない。




いつもの淡々としたマウンド上の七瀬とは少し違い、少しだけ悩んでるような変化を感じられたし、それは当たり前のことで七瀬自身が越えていく壁なのだ。






試合は少しづつ進んでいった。
意図してなのか意図していなくてなのか、雪山の方にボールを打たせないように球速を少し抑えてでもコントロール重視のピッチングをしているみたいだ。






「相手もこっちも打撃がイマイチね。投手戦といえば投手戦だけど貧打戦にも見えなくもないわ。」






「相手のピッチャーも悪くない無いし、七瀬も丁寧に投げてるから貧打戦と言ったら可哀想な気するけどね?」






三海さんから見て今日のこの試合は貧打戦にしか見えていないのか、少しだけ退屈そうだ。
4回まで来てお互いにヒット2本ずつで四死球なしだからそう思っても仕方ない。






「よぉ。龍、ベンチ裏から見つけて来てみてんじゃけど、お前が転校生の三海?確かにいい面してるし、雰囲気も悪くない無いな。」






「初めまして。あなたは?私の勘だけど1年生のエースってあなたじゃないの?」






「ワシは西梨花。よく分かってんじゃねーか。一つだけ聞きたいんじゃけどなんで龍に付きまとってんだ?お前、人間の好きじゃねーというか、人間不信とでも言えばいいのか?そんなやつが好き好んで龍に付きまとう理由が見当たらんわ。」






「東奈くんのこと私に取られてその文句でも言いに来たの?そんなに東奈くんのことが好き?」






三海さんは一体何を言ってるのだろうか?
梨花はあんまりその言葉に大して何も思っていないのか怒ってるような様子もない。






「本気で言ってんの?煽りにしては幼稚すぎひん?龍のことは好きじゃけど、人付き合いが苦手なワシでも龍だけは普通に接してくれたからやわ。そもそも野球部のことを忘れて女にうつつを抜かすような奴とは思えねぇよ。」






「そりゃそうだよ。梨花もそうだけど、まだまだみんなに教えることが沢山あるからそれまでは簡単に諦めたり出来ないし。」








三海さんは特に何も言い返さなかった。
梨花とは言い合うのはなかなか厳しいものがあるのだろう。
男よりも男らしい口調だし、曲がったことや相手のことを勘ぐるくらいなら直接ぶつかることを選ぶタイプなのだ。






「あ、梨花。姉ちゃんの試合今日見に行かない?チケット2枚あるから1枚は梨花のね。残りの1枚は今日の試合見て姉の試合に相応しい人を連れていくよ。」






「光選手の試合見に行けんの!?登板する時のチケット全然取れないみたいじゃけすげー嬉しいわ。サンキューな。」






俺は梨花を連れていくと最初から決めていた。
同じ投手でタイプも力押しして完全に勝ちたいというタイプだし、直接見ることでなにかいい影響を与えられると思っていた。






「私は連れて行ってくれないの?」






「三海さんは流石にだめかな?姉のプレーを解説しながらいい影響を与えられそうな子を連れて行きたいからね。」






「残念。お姉さんに会ってみたかったけど、そういう事なら仕方ないよね。」








梨花は話し終わったらあっさり帰ると思ったが、俺の隣に腰を下ろした。






「なんだ?ここに居ちゃ悪いか?」






「いや、言いたいことだけ言って帰るかと思ってたから。」






「今日登板も無いし、野手として出場も無いだろうし、試合ちゃんと見ておけって言われたからここで見てても別に文句ないと思って。」






梨花は多分昨日投げたんだろう。
公式戦でも無ければ土日練習試合で連投なんて馬鹿げたことさせるわけが無い。






「西さんってチームプレーとかチームワークとか気にして無さそうだけど、チームにちゃんと上手くやれてるの?」






「喧嘩売ってんのか?まぁ、いいや。別に同じチームだからって仲良しの女子会に参加してるわけじゃないからな。信頼とかも重要だろうけど、まずは自分がみんな認められるプレーすることが重要と思うけどな。」








「なるほどね。まぁそれは私も同意だね。勝つために練習して、同じチームメイトとポジション争いをして勝って、レギュラーの中で打順を争う。それが終わって相手に勝たないといけないのに、仲良くみんなで頑張ろうって時点で勝つ気が無いと私は思うけどね。」






「流石にそこまでは思ってない。まぁ三海の考え方は間違っちゃいねーと思うけど。」






2人は少しギスギスしてるけどお互いに嫌ってるわけではなさそうか?
女子というのは深いところで分からないことだらけだからこそ見えてることが真実とは限らない。






「昨日七瀬と初めてバッテリー組んだんじゃけど、まだまだキャッチャーとしてはダメだな。今日はリードしていい感じっぽいけど、キャッチャーとして練習続けさせんのか?」






「本人の希望だからね。俺が梨花にキャッチャーの才能があるからピッチャー辞めてキャッチャーしろって言って二つ返事で分かったって言ってくれる?納得できないよね?彼女はいいキャッチャーを必死に目指してるならそれを辞めさせる理由もないし、その気持ちが1番野球に自由やと思うし。」






「技術指導としては一流じゃけど、コーチとして勝つチームを作ることに関しては相変わらず甘ちゃんっていうか三流やな。」








俺は何も言い返せなかった。
選手たちのためには死力を尽くすが、チームを常勝にする為に選手を自分の好きなように使うことは多分これから出来ないだろう。




少しだけ頭の中で言葉がまとまって静寂の後に口を開いた。




「別に俺はチームを勝たせる為にやってる訳じゃない。みんなの理想の選手になれるように力を貸す。そこから勝てるかどうかは選手次第だし、監督の手腕にもよると思う。もちろん勝つためには俺も最善を尽くすけど、勝利の為に選手を俺の好きに出来ない。」






「それは龍が好きにしたらいい。ワシもある程度は好きにやらせてもらうし、通用しなくなった時に龍を頼るわ。あ、試合も終わるだろうしそろそろ戻る。多分七瀬は打たれるわ。」






そういうと梨花は言いたいことだけ言って立ち去って行った。
彼女は白星の中で異質だが、みんなに認められはじめてもいるからこのまま行ってくれればいいが…。






「我が道を往くタイプの人なんだね。ピッチャーらしいと言えばピッチャーらしいけどね?」






「チームメイトを無駄に攻撃することも無いけど、口の悪さとか態度のせいで誤解されてるけど、少しずつみんなが理解してるからもっと上手く行くとは思うけど…。」






七瀬は完封寸前の最終回に梨花の言う通り崩れた。
俺も6回くらいからやばいと思っていたが、最終回にはそれが顕著に出てしまった。




ここまで自分でリードしてきたことによる精神的な負担と、暑さによってスタミナを奪われている。


抑えることばかりに目がいってしまったことでボール球を使いすぎて、完全にガス欠でコントロールもかなり怪しくなって、自分の事に集中しすぎている。






「ピッチャー交代したら良かったのに。6回まではほぼ完璧だったのに、最終回だけ打たれて負け投手になること無かったのに。」






「これは練習試合だから。大会ならそうしただろうけど今日はいい経験になったと思う。」






「けど、あれはもう完封無理だったと思うけど?」






「いや、完全に無理ではなかったと思う。あそこでもし七瀬が完封を目指すんだったらやれたことはある。あそこはキャッチャーとしてもピッチャーとしても覚悟を持って開き直るしか方法はなかった。コントロールがどうとか、リードがどうとか関係なく最後の力を振り絞って気合でストライクゾーンに投げ込むしかない。」








「なるほど。けど、自分をリードしないといけないと言われた七瀬さんがあの場面でやってきたことを無視して気合いでどうにかするっていうことに気づけというのも可哀想だけど。」






三海さんはちょっとだけ七瀬のことを心配して庇っているようだが、100%の結果を求めている訳では無いし、そこに辿り着かなくても最後は何も出来ずに終わるんじゃなくて、欲を言うとなにか工夫を見せて欲しかった。






最終回を除けば今日はかなりいい経験になってだろうし、かなり上手くいっていたから不安も一気に解消できるだろう。






試合は2-1で負けた。


円城寺、雪山、七瀬の3人は全員無安打で、雪山と円城寺らエラーがひとつずつあったがそのエラーは失点に絡むこと無かったのでギリギリセーフということにしておこう。






「ふー。次の試合はレギュラー組なのかな?まだ色んな人を試すのかな?」






「どうだろう?試すとは思うけど、1年生中心で2年も少しだけ混ざる感じかな。」






2試合目は俺の予想通り、1年生中心で2年が少しだけ混ざっているという感じだが一般生達も試合に出ており、桔梗やかのんは試合に出てこなかった。






試合はさっきの試合とは打って変わって乱打戦というか大味な試合展開になった。


俺がエラーと思ったプレーだけで白星で4つ、相手チームも3つという両チーム7つで記録にはならないエラーのようなプレーもあった。






11×-9で何とか勝利した。




最終回9-9の同点の場面で、1打サヨナラのツーアウト2塁のチャンスで代打にでてきた桔梗が初球の変化球をフルスイングしてセンターバックスクリーンに届くようなサヨナラホームランで試合を終わらせた。


昨日の上木さんとの練習で打っていた甘めの変化球が桔梗の得意な真ん中低めに来たのを逃さなかった。




2年生のピッチャーが登板したが、4回でノックアウト。
続いて投げたのは美咲が5.6.7回を投げて3回2失点で、エラーが絡んだ為自責点は0だった。


打線はというと3番に入ったキャプテンの大湊先輩が4打数4安打5打点の大暴れで、その前を打っていた凛と氷がしっかりとヒットと四球でチャンスメイクしたおかげでもあった。




仕方ないことだが下位打線の未経験者の一般生徒達はエラーもしたが、逆に高校初ヒットをマークした選手もいてとても嬉しそうにしていたのが印象的だった。








「2試合目はお互いに経験の浅い少しレベルの下がった試合だったけど、野球ってこんな感じで楽しんでやるものだって思っちゃった。」








「練習試合だしね。ふざけてる訳では無くて楽しくプレー出来るのが1番いいパフォーマンス出来るしいい事だよね。」






三海さんはこの二試合かなり集中して見ていたが、なにか思うことがあったのだろうか?


三海さんは野球を昔やっていたと言っていたが、かなりいいプレイヤーだったかもしれないし、それかマネージャーとかで選手を見る能力が高い可能性もある。






「和水ちゃんが来年野球部に入るなら私も野球部に入るから、その時はよろしくね。」






「え!?野球部に?しかも来年なのか…。」






急に何を言い出すかと思えば上木さんの為に野球部に入部するつもりなのだろうか?
昨日2人で少しだけ長く話していたのはこのことなのか?
マネージャーとしてなのか、選手としてなのか…。






「なんか色々と聞きたいことあるけど…。」






「一応選手として入るかな。けど、レギュラーになるつもりはないよ。どちらかというとみんなのサポートしながらプレー出来たらいいかな。」






「レギュラーになるつもりは無いか。けど、三海さんはそういうタイプには見えないけど割り切れるの?割り切れないんだったらやめておいたほうかいいと思うけど。」








「それは東奈くんが気にしなくても大丈夫。みんなのことをプレーしながら支えていくよ。上木さんを守るためってのはあるけどね。ノックとか困ってるんでしょ?私なら東奈くん程は流石に無理だけど普通のノッカーなら行けると思うよ。」








うーん。
俺は色々と疑問があったし、急にこんなことを言われて困ってしまっていた。
いまさっきまで悩んでいたのか、元々入るつもりで本気で野球に取り組むつもりはないのだろうか。






「プレイヤーとして入部するのは許可できない。マネージャーとしてチームの為になってくれるならそれは大歓迎だけど、程々にプレーしつつお手伝いというのは俺はチームのために良くないと判断したよ。」








俺はハッキリと断った。


彼女は多分野球センスもあるだろうし、観察眼も優れているから俺が思ってるよりも野球が上手いはずだ。




なんで本気でやろうとしないのかは分からないが、下手に才能のある選手を入れて、練習をしないのに他の選手よりも上達したりされるとモチベーションが下がってしまう可能性も大いにある。






「ふふっ。少しは仲良くなったからそのまま押せるかなと思ったけどだめだったね。東奈くんらしいと思うよ?ちゃんと先のことを見通せる力があるってのは凄いことだと思うしね。」






「最初から俺からOKを貰うために仲良くしてたって感じじゃないけど、結局のところ本当のことを言ってくれないと分からないよ。」






俺は自ら向こうの本心を聞くことにした。
そうするしかないところまで来たと俺は思っていた。






「本当のところね。野球部に入りたいと思ったのは昨日の和水ちゃんとの出会いだよ。それが無ければそういう風に思うこともなかったかもしれない。けど、プレイヤーとしては微妙。そんなわがまま聞けないと思ったからレギュラーを目指さないし、チームの為にプレーしながら裏方も頑張るって条件だったんだ。」






彼女の言いたいこと、やりたいことに嘘はないだろうし、何も間違ってるとも思えない。




だからこそOKしてもいいものなのか?
彼女はそもそも来年からと言ってるから遅めの1年生として入部してもらうことになる。






「もし来年上木さんが来なかったら野球部はどうする?」




「来るよ。けど、もしも来なかったら野球部には入らないかもね。」






そこら辺は一貫してるみたいだ。
良くも悪くも上木さん次第なんだろう。






「とりあえずは分かった。けど、来年まではどうなるか分からないから保留にしておくけどそれでいい?サポート嬉しいけど、レベルによっては少し邪魔になっちゃうかもしれないからね。」






「それでいいよ。先生と話してみて、チームメイトたちに聞いても全然いいから。選手たちをサポートするくらいの野球能力はあると思うからそこは大丈夫。」




 



話が纏まって試合も全て終わり解散の流れになった。




と、思っていたが三海さんから気になる一言を言われた。








「野球部に入るまでに話したいこと話せたらいいな。」






俺にはその言葉の意図が分からなかった。
彼女も俺に何かを理解させようとして言ったわけでも無さそうだ。






「野球部に入るまでに話したいことを聞けるといいけどね。」






俺は言われた言葉を少しだけ変えて三海さんに投げ返した。
三海さんは一瞬驚いた顔をしたが、満足気にニコリとしただけでそれ以上は何も言わなかった。






「東奈くんの休み4日間全部貰っちゃってごめんね。けど、私はとても楽しかったよ。こういう事は中々出来なくなるだろうけど、学校で仲良くしてくれたら嬉しいな。それじゃまた学校で。」






「俺もいい息抜きになったし楽しかったから気にしないで。また学校でね。」






俺は休みの全てを三海さんと過ごして、普通の高校生の異性の遊び方ではなかったが、三海さんも楽しかったと言ってくれたし俺も楽しかったから付き合わされたことにはなにも不満も文句もなかった。






試合が終わって解散した後、着替え終わった梨花がすぐに俺の元にやってきた。


あんまり仲良さそうな組み合わせではなかったが、サヨナラホームランを打って姉のことを慕っている桔梗をもう1人連れていくことにした。






結果的にあんまり打ち解けなかった2人が打ち解けるきっかけとなった姉の試合。




この話はまた今度にしようと思う。






来週からまたコーチとして忙しい毎日を送ることになるだろう。
新チームになって選手たちも3年生が抜けたポジション取りに気合十分なようだ。








「今年はいい夏になるといいな。」













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