元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!

柚沙

後悔!





試合に負けた。




2-3であと一歩及ばずだった。
敗因はいくつかあると思うけど、チームとしての地力は決して負けてはいなかったし、勝とうと思えば勝てる試合だったけど結果的には負けた。




勝っても負けてもしっかりと胸を張って試合終了の挨拶をしないといけない。




呆然とホームベースを見つめる大湊先輩に肩を貸して起き上がらせようとしている桔梗。
打った月成はヘルメットを脱いでホームベースまで戻ってきてるが、未だに感情を読み取れないが悔しそうな顔をしている。






今はまだみんな負けを受け入れられてないが、この後嫌でも負けた実感がするだろう。








「集合!」






「3-2で竹葉高校の勝利。ゲーム!」






「「ありがとうございました!」」






お互いに深々と一礼をして、健闘を称えて握手を交わす。
試合が終わったことで、改めて最後の夏が終わったことを実感して3年生達は涙を流している選手も多かった。






俺は選手にかける言葉もあまり見当たらなかった。
1年生達も負けたことは悔しいと思っているようだが、泣いてる様子もなく先輩たちの様子を伺っているという感じだ。






試合後ベンチ裏まで下がって、この球場にはロッカールームがあったのでほとぼりが冷めるまで外で待っていることにした。




20分くらい待っていたが、永遠に呼ばる気がしなかったのでちょっと球場の外に出て気分を変えようとした。








「ねぇねぇ。白星高校のスコアラーさん?記録員さん?ちょっと聞きたいことあるですけど?」






俺は声を掛けてきた方を見ると、身長が高くどちらかというとすらっとした感じのショートヘアーでやや赤みがかった髪の毛に結構鋭い目付きの女の子が話しかけてきた。






「スコアラーでも記録員でもないんですけど、なんでしょう?」






「女子野球部に男がいる時点で変態っぽいけど?まぁいいけど?それで聞きたいことってのは西って投手の事だけど、あの投手いたらいい所まで行けると思うよ?それなのに負けたのはなんで?」






「君も野球するんだよね?それなら負けた理由くらい分かると思うけどね。それが分からないようじゃまだまだだろうけど。」






いきなりそこそこ失礼なことを言ってくるこの女の子に流石に少しだけイラッとして、俺も試合に負けた腹いせみたいな感じで煽るようなことをくちばしてってしまった。








「ふーん?私のこと知らないんだ?プリティーガールズの3番ショートの本庄雅ほんじょうみやび。橘先輩とかのん先輩がどんな高校に行ったか確認しに来たけど、思ったよりもいいチームになると思うよ?東奈コーチさん。」






「あぁ。私服だから分からなかったけど、桔梗の後輩か。本庄さんのことは知ってるけど、3番まで打てるようになったんだね。去年は玉城さんに勝てずにレギュラー取れてなかったもんね。」






さすがに言いすぎたかと思ったが、流石に言いすぎたみたいだ。






「玉城先輩?今の私の方が野球上手いけど?あんまり舐めないでくれるかな?」






俺は少しだけ面倒くさくなっていたが、よく良く考えればわざわざ白星の試合を見にきたということは、声を掛けられた時に入ろうか入らないか決めるために偵察でもしに来たのだろうか?




「玉城さんより上手いか。俺の正体を知ってるなら俺が1年生達を集めたのも知ってるんかな?色んな選手を集めてきて、1年から3年生まで一応見れるだけ見て将来有望になりそうな選手は押さえておいたけど、本庄さんは1年前の能力なら成長してても玉城さんには遠く及ばないと思うけどね。」








少し会話をした中で、俺の取ってきたデータを思い出して素直に言った言葉が最大の煽りになってしまったのはほぼ事故みたいなものだ。






「はぁ?選手を見る目が節穴じゃないの?私の力が遠く及ばないなんてありえないんだけど?」






「2週間は去年調べておいたデータを元にスカウトしたい選手を見に行くつもりだったけど、本庄さんは見るリストに入ってはいたよ?優先度で言えばあんまり高くなかった。けど、そこまで言うんだったらどれくらい上手くなったか見に行ってあげるよ。」








「ふん。偉そうに出来るのも今のうちだけど?スカウトしたくなっても頭1つ下げるくらいじゃ今の心情じゃ入ってあげないからね?そこまで言うんだったら絶対私のプレー見に来きなさいよ?」






「わかったよ。それじゃ、みんなのところと戻るから。」






気分転換にスタンドから次の1回戦でも見ようかと思ったが、後輩とは思えないくらい煽り口調の生意気な中学生に絡まれてしまった。


彼女は気づいていないか気づいてるか分からないが、彼女のことを知るなら桔梗達に詳しい話を聞いて、俺からみた評価と照らし合わしてみたらすぐ分かるのにかなり強がって見せていた。






「入りたいと思うならもう少し可愛くしたらいいのに。」






俺は珍しく心の中ではなく、口に出しながらあまり行きたくないロッカールームの方へ歩き始めていた。






「…………。」






お通夜よりも酷いくらい沈黙が流れていた。
ノックしたら消えかかった声でどうぞという声が聞こえたので、恐る恐るドアを開けるとみんな黙って下を向いていた。






「ここにいつまでいても仕方ない!バス出すからとりあえずバスに乗って!話は学校に帰ってからゆっくりとしましょう。」






さすがは監督だ。


甲子園決勝でサヨナラ負けをして、姉に抱えられていたあの時の経験が生きたのか分からないがしっかりとした指導者になったんだなと生意気ながらそう思った。




それぞれ重たい腰をあげて、チームとは思えないくらいバラバラにロッカールームを出て学校のバスに向かっていった。






「東奈くん。負けちゃったね。私は応援することしか出来なかったらグランドに立ってた選手とはまた違う悔しさがあったよ。」




俺はみんながちゃんとロッカールームから出ていくか確認するために最後まで残っていた。
ベンチ外で応援していた1年生達もロッカールームにきて様子を伺っていて、夏実と一緒にみんなが出ていくのを確認し終えた。






「しっかりと声出てたね。あんまり意識したこと無かったけど、夏実の声はよく通るとは思ってたんやけど可愛い声してるんだなって思ってたよ。」






「えー!恥ずかしい!試合中にそんなこと考えてたらダメでしょ!」




夏実は恥ずかしいのか照れ隠しで俺に説教を始めたが、さっきの生意気中学生に比べると遥かに可愛らしく感じられたので大人しく注意を受けていた。






「話は戻るけど、夏実は今は悔しいと思う気持ちがあるならそれを忘れなければいい。それを忘れなければきっと上手くなれる。」






「わかった。だからこそもっと頑張るね。」






俺と夏実はロッカールームを後にして、学校に戻るためにバスに乗り込んだ。




女の子の隣に座るのも気まづいというか、変な誤解されても嫌なので1番前の入口そばの1人席にいつも座るのことにしていた。






バスの中も試合前とは全然違いとても静かで誰も話そうとしない。


近くに座っていたかのんがいきなり歌でも歌い始めるのでは無いかと思ったが、空気はある程度読めるけどかなりギリギリを攻めてえらいことになりかけたこともあったが、どうにか今日はそのラインじゃないのか大人しくしている。






俺は窓の外の景色を見ながら今日の試合のことを思い出していた。
右田さんという素晴らしい投手と、今日いいリードと最後の最後にギャンブルキャッチを成功させた2年生捕手の二ノ宮優茉にのみやゆまさん。




あのバッテリーは来年もいるし、いずれ当たることもまたあるだろうからその時は今の1年、2年が雪辱を果たしてくれるのを期待しようと思う。






「ほら。みんな着いたからとりあえずグランドに集合して。」






あれこれ考えてるうちに学校に着き、いつも練習しているグランドにみんなを集めた。




一塁側ベンチに3年生が前列に座り、後列には2年生達、1年生達は立ったままベンチの右隅と左隅に狭そうにしている。




「1年生は狭かったらベンチの外で座っててもいいからまずはゆったりしようか。」






監督もパイプ椅子みたいなものを持ってきてそこに座ってみんなにリラックスして話を聞くように諭している。






「とりあえず今日はお疲れ様でした。残念だけど、今年の夏の大会は一回戦敗退という結果に終わっちゃったね。私の采配がもっとしっかりと厳しく采配出来ればもしかしたらと思ってる。その事については本当にごめんなさい。」






そういうと座っていた椅子から立ち上がって全員に対して頭を下げた。
いきなりの行動にみんなは少し狼狽えていたが、頭を下げるのをいつまでもやめようとはしなかった。






「監督。頭を下げるのをやめてください!私達3年生が不甲斐ないことは分かっています!」






キャプテンがみんなを代表して監督に頭を下げるのをやめさせた。






「私は監督として甘さを捨てられなかった。7回に本当は創のことを変えないといけないのはわかってた。けど、同じキャッチャーとしてあそこで代えられた時にこれから先の試合、これからの野球人生のことを考えてしまった。」






監督は三本木先輩のことをじっと見つめながら言っていた。
三本木先輩もそのことを分かっているのか、目に涙を溜めながらも監督の話をしっかりと聞いていた。






「けどね、これだけはわかって欲しい。創が悪い訳では無いし、選手としては持っていないといけない少しわがままで強い気持ちを私個人が信じて変えなかった私の責任ってことはわかって欲しい。」






それについて誰もなにも言わない。
言えるような雰囲気でもなかった。




野球に限らずスポーツは結局のところ負けたのにはしっかりと理由があるし、逆に勝つ時には不思議な価値を拾うこともよくある。




たしかに今日は試合に負けたかもしれないし、3年生は最後の試合になってしまったけど野球を出来なくなる訳では無いし、逆にこの試合をバネにして3年生は野球を続けてくれたらそれでいいと思っていた。










監督は3年生一人一人に声を掛けていった。
試合に出たもの、出なかったもの関係なしにこれまでやってきた1年半の思い出とかを交えながら優しく語り掛けていた。




いつも強気で嫌らしい先輩たちでもこういう時は一人の女の子としてわんわん泣いている人も多かった。






「私からの長い話もここまでにしておこうかな。次はキャプテンからみんなに言いたいこともあるだろうからバトンタッチするね。」






「みんな今日はお疲れ様。最後の最後までキャプテンとしてグランドに立てなかったことをとても後悔してる。もう試合に勝てないという気持ちが横切ったところにボールが飛んできてエラーしてしまった。」






みんなキャプテンの話をじっと動かずに聞いている。






「私は後輩みんなに後悔をして欲しくない!最後の最後まで仲間を信じて勝つことを一瞬だけ疑った結果がこうなっちゃった。自分も情けないし、チームメイトにも申し訳ない。だからこそ、絶対に諦めないで?私から言えるのは最後まで諦めないで試合に臨むこと。」










「「はい!!」」






悔し涙を少し流しながら力説するキャプテンに1年と2年は力強い返事を返した。
俺は今はプレイヤーでは無いがキャプテンの気持ちも分からんこともなかったが、どうにかして勝たせてあげたいという気持ちも俺自身少しだけ薄れていたような気もする。






「それで次のキャプテンを前々から3年生と監督で話し合ったんだけど、大湊にお願いしようと思うけどみんなはどう?」






「わ、わたしですか?詩音とかの方が強気でみんなを引っ張ってくれそうですけど…」




「海崎と精神的にはとても強いのは分かるが、個人的にみんなをまとめて引っ張っていくなら大湊がいいと思う。」






「私もキャプテンって柄じゃ自分でも思わないし、聖がキャプテンならチームも上手くまとめられるんじゃない?」






1年生、2年生もお互いに顔を見合わせてうんうんと頷いてみんな納得してるようだ。






「副キャプテンも一応決めたが、剣崎にお願いしようと思ってるけどそれはどうだ?」






「それは反対です。あんな糞ゴリラを副キャプテンなんて考えられないんですけど。」






やっぱりあっさり反対したのは海崎先輩だった。
あれだけ仲の悪い2人ならそれはかなり反対するだろう。






「海崎ならそう言うと思ったから、ちょっとチームもごたつく可能性あるから海崎と剣崎が副キャプテンでお願いしようと思う。」






「「こんなやつと一緒になんて無理!やわ!」」






みんなは少しだけ冷ややかな目をしているが、当の本人達はお互いに睨み合っている。






「東奈くんはどう思う?コーチとして2人で副キャプテン出来ると思う?」






「いいんじゃないですか?副キャプテン同士仲良くしなきゃいけないとかは無いですし、しっかりとチームの為になってくれると思います。」






俺がキッパリとそう宣言すると2人ともそう言われたら仕方ないという感じで受け入れることにしたみたいだ。






「私たちは今日で引退するけど、今年の秋の大会、来年の夏の大会頑張ってね。3年の私たちはコーチのいうことを聞かなかったけど、1年は勿論わかると思うけど、2年生もちゃんと指導してもらってね?男だからとか年下だからとか言ってたら指導してもらってるライバルに負けちゃうと思う。」






最後の最後に俺に対して助け舟を出してくれた。
2年は比較的話を聞いてくれているが、勿論邪険にしてくる人もいるけどキャプテンのこの言葉で少しは考えを改めてくれると嬉しいのだが。








「3年生のみんな3年間ありがとう…。最後は悔いが残る試合になってしまったけど、それでも私たちは3年間野球を頑張ってきた。努力してきたこと、後悔したことを胸に刻んでいこう!」






キャプテンの言う通りだ。
繰り返し言っている絶対に後悔しないようなプレーを心掛けて選手たちと頑張っていこう。






桔梗達と共に俺は絶対に甲子園に行く。
その為にも来週から2週間またやらないことがあるから、それを必死にやるだけだ。






「はいはい!1,2年のみんなは来週いっぱい1週間の休みにするからね。夏の大会があってるから練習試合も7月に入ってからじゃないと出来ないからとりあえずは野球の夏休みね?自主練とかは別にしてもいいけど、遅くまでやるのはだめ。1度少しだけプレーから離れて自分のことを見つめ直す時間にしてください。」








「「はい!」」






「私と東奈くんは6月と7月はスカウト活動をしようと思ってるからそのつもりで。選手たちにお願いすることじゃないと思うけど、東奈くんに後輩で良さそうな選手がいたとか覚えてることがあれば教えてあげてね。」








「「わかりました!」」








「それじゃ今日は本当にお疲れ様でした。みんなで出かけてもいいけど、遅くならないように。」








「「お疲れ様でした!」」








俺はまたスカウト活動をしないといけないと思うと少しだけ憂鬱になったが、1年生もいい子達を探さないと勝ち上がるには厳しい。




桔梗達のライバルを入れることになるだろうが、それは仕方ない。




年齢関係なくレギュラー争いをするのが野球の厳しさでもあり、楽しさでもあるのだ。








「いい選手連れてくる。一番最初にスカウトした桔梗世代はその後輩たちに負けないように頑張るんだぞ。」








こうして早すぎた1年生時の夏の大会は幕を閉じてしまった。


甲子園に出るチャンスは残り4回。
しかも、次のチャンスは秋の大会の9月で3ヶ月後になる。




それまでに少しでもチームを鍛えて少しでも先に進めるチームを作っていこう。











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