元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!
決着!
「1番セカンド、四条かのんさん。」
ここで何が起こるか分からない高性能びっくり箱のかのんが打席に向かう。
みんなもある程度察しているだろうが、30秒後にあっさりと試合終了なんてことも普通にありえる。
「うりゃー!」
ブンッ!
「ストライク!」
初球のカットボールをあっさりと空振り。
気合いは入ってるようだが、1打席目のカットボールをあんなに完璧に打ったバッターとは思えない空振りの仕方だった。
「かのんちゃん打ってー!」
みんな負けるかもしれないと思いながらも必死に応援している。
俺もかのんが打ってくれると信じてはいるが、試合に勝てるかどうかはかなり怪しい気もする。
ブンッ!!
「ストライクツー!」
これはもうやばいかもしれない。
同じようなカットボールに同じような空振り。
「かのんはダメかもね。打てる気がしない。」
隣で他人事のように呟いているのはエースの海崎先輩。
ここで負けたら大会が終わるのにそれを気にする様子もないし、もう99%くらい諦めている感じがする。
最後まで諦めないやつが試合に勝つとよく言うが、俺もその理論は分かる。
海崎先輩は今はベンチに引っ込んでるし、声援も送ってる。
それ以上になにかしてあげるのは難しいだろうし、海崎先輩はみんなの心の支えになるというタイプでもない。
「なにその顔。男の人にそんなガッカリされるような目をされたことないから凄い嫌なんだけど。」
「いや、海崎先輩はいいピッチャーなんで。」
「いや…答えになってないんだけど…。」
俺は自分でどんな顔をしていたかわからなかったから、とりあえず先輩のことを褒めておいた。
キィン!
あっさりと終わるかと思われたかのんだったが、1球だけボール球が来たが、それ以外の全てのボールをカットしてカウント1-2のまま7球目まで粘っていた。
途中まではベンチのサインをちゃんと確認していたが、集中力が高まってきたのか一瞬だけベンチをチラ見してすぐに打席に入るようになっていた。
ここまで全球カットボールできていたので、多分次の8球目は三振を狙ってくるならストレートを投げるタイミングはここしかないような気がした。
サインを出そうと一瞬思ったが、1.2球目と比べると明らかに別人のような雰囲気を醸し出しているかのんに対して水を指すのもどうかと思ったのでサインを出さなかった。
8球目。
キャッチャーはかのんの方に体を寄せた。
これまで通りにストレートをインコースに投げさせようとしていた。
左打者にくい込むようなカットボールを投げようと思えば投げられるだろうが、なぜか左打者の厳しいところにカットボールをあんまり使おうとしていなかった。
ピッチャーが投げた瞬間、かのんの傍に構えていたキャッチャーのミットがアウトコースの方へ少しだけ移動した。
「その球もらいー!」
インコースの厳しいところを突こうとしたボールはコントロールミスでど真ん中へ。
甘い球を見逃すことなくジャストミートした打球はセンター前にワンバウンド。
セカンドランナーの氷は打った瞬間スタートしたが、打球が強烈だった為無理せずにサードでストップ。
「みんな諦めるなー!まだまだ行けるぞー!」
ツーアウト1.3塁のチャンスだが、点差が3点差ついている。
ここまで尻上がりに調子を上げてきた右田さんも球自体は物凄くいい球を放ってるが、流石に球数も嵩んできて少しだけ疲れも見え隠れしている。
「ここまで1本も打っていない大湊先輩か。」
ゆっくりと打席に向かう大湊先輩だが、代打を出されるかと思っていたのか、何度かこちらの方をチラチラと確認していた。
「聖!自信もっていきなさい!」
監督が大湊先輩に対して一喝すると、覚悟を決めた様子で打席に向かっていった。
もう代打といってもほとんど残っておらず、後は控え投手や守備が得意な選手などあんまり打撃に期待できない人しか残っていなかった。
『ストレート狙いで行ってください。』
俺はここで一か八かカットボール狙いではなく、ストレート狙いを指示した。
ここまで明らかに大湊先輩はストレート狙っているのはバレてるだろうが、ここで変にカットボール狙いに変えるならそのままストレート狙いでストレートを一撃で決めるバッティングを期待しようと思っていた。
キィン!
「くっ!」
「ファールボール!」
ここで連続カットボールを投げられてあっさりとツーストライク。
2球目の少し甘めのカットボールに手を出して行ったが、打ち損じてしまいかなり悔しそうな顔をしている。
一旦打席を外して1回2回と素振りをして精神統一をしているが、0-2と追い込まれてかなり焦りを感じられる。
「ふぅ…。」
少しだけ息を吐いてもう一度ゆっくりと打席に入る。
サインは変わらずにストレート狙い。
カットボールに変えてストレートがきたら多分三振するだろうし、さっきもカットボールには反応できていた。
キャッチャーは高め要求していた。
やや中腰になって高めの釣り球か、力のあるストレートで三振を狙いに来ている。
そして、3球目。
かなり力んだのか、かなり高めにストレートが浮いていた。
ストレートに反応した大湊先輩は投げた瞬間明らかなボール球にバットがでかかってしまった。
「やばっ!」
キャッチャーは大湊先輩のハーフスイングに反応して、3塁塁審へスイングかどうかの確認をした。
「ノースイング!」
三塁塁審はセーフのジェスチャーをした瞬間ベンチは大きく安堵の表情と溜息を吐いた。
ハーフスイングは見た感じ大丈夫だと思ったが、あれだけストレートに思わず手が出しまった感じが出るとストレート待ちなのがバレてしまった可能性が高い。
「監督。自分にサインを出させて貰えますか?」
「いいけど…どうかしたの?」
「まぁ…引っかかってくれたら御の字くらいで。」
大湊先輩に監督が俺のサインを確認するようにというサインを出して、俺は今日ナチュラルなサインしか出してなかったが、ここで明らかに露骨にサインぽいサインを大湊先輩に出した。
俺がサインを出しているのをピッチャーの右田さんは気づいて、それをキャッチャーや監督にも伝えてあるだろう。
それを逆手にとって、俺がいかにもサイン変更をしていると思わせる。
帽子を一旦触って、ペンを左手に持ち替え、前後にピクピクと動かして、最後にユニホームの右裾を触れて、そこから急に動かずにじっと大湊先輩をみていた。
大湊先輩はそれを確認するとヘルメットを触って了解の合図を送った。
『サインっぽいことしてるけど、なんにも出てないから勝手に考えてカットボールじゃなくストレート投げてきてくれないかなぁ…。』
少しでも打者を助けようとして半ば諦め気味で適当にサインを出したので、上手くいけばいいなくらいで思ったよりもゆったりと試合を見ることが出来ていた。
「ボール!」
「ナイセンナイセン!」
「聖先輩頑張ってくださいー!」
多分様子見でボール球のカットボールを投げてきたのだろう。
ギリギリのボールではなく、ボールからボールになるカットボールで打者がカットボールに反応するか確認しに来たのだろうか?
大湊先輩は選球眼もよく最初からボールになるカットボールには反応を示さなかった。
それを踏まえて相手も球種を選択してくるが、相手のキャッチャーはここまでかなりいいリードをしてきてるし、ここでも最善の玉を選んでくるだろうけど、それが最善な球でもそれが一番いい結果になるかはわからない。
キャッチャーはインコースを要求。
かのんの時は甘く入って痛烈な打球を打ったが、キャッチャーが1番コントロールのよかった5.6回のイメージをしているのならまた甘く入ってくる可能性はある。
「あっ!」
大湊先輩は来たボールに対して、背中を向けながら後方に上手く倒れ込んだが、ボールは勢いよくバックネットの方向に転がっていった。
「デットボール!」
右田さんの投げたストレートは内角を意識しすぎたのか、大湊先輩の右肩付近への失投となって来たボールに対して上手く避けながらデットボールの衝撃を逃がしたようだ。
「大湊先輩大丈夫ですか?」
ネクストバッターズサークルにいた月成がすぐに大湊先輩の元へ駆け寄って声をかけている。
「大丈夫大丈夫。それよりもツッキー、次は頼むよ。公式戦初打席がツーアウト満塁の3-0とかいう荷が重い場面だけどね。」
大湊先輩は大丈夫というゼスチャーと同時に少しだけ申し訳なさそうな顔をしていた。
月成は1年生の中でも打撃はいい方になるんだろうが、試合になると能力以上なものを発揮するような気がしている。
1年生の中で打率も氷、桔梗に次ぐ3位でかのんよりも打席数は少ないながらも打率だけなら4割に少しだけ届かない位は打っている。
「3番サード、月成姫凛灑澄さん。」
「ツッキーがんばってー!」
「みんなが回したんだから打ちなさいよ!」
さっき円陣で声掛けして本当に回ってきたのはいいが、かなり緊張する場面だ。
もしもホームランが出れば公式戦初打席逆転サヨナラ満塁ホームランだが、流石に月成のパワーでは少し厳しい。
1番はヒットを打って次の桔梗に回して桔梗が試合を決めることだ。
俺は月成には球種のサインを出さないことにした。
ネクストバッターズサークルに行く前に俺のところにやってきた会話を思い出した。
「東奈くん、監督。ボクに任せてください。球種のサインも要らないし、出来ればボクにサインを出さないで欲しいのですが…。」
俺と監督はその言葉に対して一瞬お互いに目を合わせたが、監督はその言葉を信じてみようという顔をしたので俺も問題なく月成に任せることにした。
「わかった。もし回ってきたら自分で決めるくらいの気持ちで打ってこい。」
「ありがとう!それじゃ、打ってくるから。」
ありがとうという声はボクっ娘らしい月成の明るい声で可愛く感じたが、打ってくるというその宣言はとても頼りになる感じがした。
「プレイ!」
月成が打席に入り、ゆったりと構えに入るところ辺りで主審からプレイのコール。
右田さんはキャッチャーのサインに2回3回と首を振ってから4度目のサインで首を縦に振った。
首を振れというサインもあるから、球種が決まらないとは限らない。
首を振れ→カーブ→ストレート→カットボール。
そんな感じなサインな気がする。
あくまでも俺個人の見解なので、絶対に合ってるとも思わないがここはカットボール一択だろう。
ここまで氷、かのんが打ったのはストレートで、さっきデットボールを受けた大湊先輩もストレート。
カットボールはかなりコントロール出来てるし、月成は初打席でカットボールをまだ打席で見ていないならストライクカウントを稼ぎたいならカットボール。
月成の背中から急に雰囲気を感じることが出来なくなった。
中学時代に初めて会った時と対戦したときのことを思い出した。
俺は彼女はなにか心を操作しているのかと思うくらいに雰囲気が読めないのもずっと気になっている。
高校に入って思っていたが、普段の月成はよく雰囲気が読みやすいタイプの女の子だった。
雪山ほどでは無いが、美咲と同じくらいにはわかりやすいのに試合になると急に雰囲気が読めなくなる。
それがわからない。
一番最初ほど強烈に感じることは無かったが、この打席は特に心を閉ざしたのか異様な雰囲気に包まれている感じがする。
そんなことが簡単に出来てたまるかと雰囲気を読める俺でも思うし、本人もなにかあるような口振りで話を最後まで聞けなかったのが残念だ。
初球。
アウトコース低めにしっかりとコントロールされたカットボール。
「ボール。」
月成は一瞬だけ反応を示したが、狙っているのかただ反応したのかが味方の俺でも分からなかった。
月成は俺と監督のサインを見ることも無く、1回打席を外して素振りしたりすることも無く、2回ホームベースをバットで軽く叩いてすぐに鋭い視線を右田さんに向けていた。
2球目のサインを交換し終わって、ゆっくりとセットポジションに入った。
この試合最も重要な場面のせいなのか、実際にそうなのかかなり長い時間が流れているような気がする。
2球目。
さっきとほぼ同じアウトコースのカットボール。
さっきよりも高めのストライクゾーンギリギリの球を捕るためにキャッチャーが捕球体制に入ろうとしている。
スピード、コントロール、曲がり共に7回まで来ても完璧なカットボールだ。
カキイィィーン!!!
ストライクゾーンギリギリに決まるはずだったカットボールは月成の鋭いスイングで完全に捉えられていた。
アウトコースを完璧に左中間真っ二つの強烈な打球になった。
月成はガッツポーズもすることなく、打った瞬間しっかりと走り始めて先の塁へ走り出している。
月成は自分がサヨナラのランナーになるのをしっかりと分かっていて、打った余韻もなく次のプレーに移れるのは選手として当たり前のことだが、感情をしっかりとコントロール出来てる証拠だ。
「やったぁーー!!」
「ツッキーやったよー!!」
3塁ランナーの氷は歩いてホームイン。
「ツッキーナイスバッチ。ぱちぱち。」
ツーアウトはランナーは打った瞬間スタートするので、超高速のかのんも余裕でホームイン。
「やったねー!ぷりちゃん回れ回れー!」
月成の打球はあっという間にフェンスまで到達し、フェンスに当たったボールにかのんがホームに帰ってきたと同時くらいにセンターが追いつく。
一塁ランナーの大湊先輩は2塁ベースを蹴って3塁と2塁の間くらいで、同点のランナーになるべく必死にホームを狙っている。
「早く!こっちに投げて!」
大湊先輩が思ったよりも足が早く、相手も同点にさせまいと必死に声を出してショートがセンターに中継を要求している。
「聖!行ける!」
サードランナーコーチの2年生は大湊先輩をホームに突っ込ませた。
俺でもこのタイミングはギリギリになるだろうが、迷わずにGOさせる。
大湊先輩はスピードを落とさないままサードベースを蹴ってホームに、大湊先輩がサードを蹴ってほんの少し遅いタイミングでショートが中継してホームへ送球。
ショートは強くて低い送球がキャッチャーのやや前でショートバウンド。
ショートバウンドしたと同時に大湊先輩が猛然とホームに足からスライディングで突っ込んでくる。
キャッチャーはショートバウンドして難しいボールをギャンブルキャッチしに行って、しっかりと好捕。
すぐさまタッチしに行き、それよりも早くホームにたどり着こうと大湊先輩はスライディングしている。
それを見た月成はセカンドベースを蹴ってサードを狙いに行った。
両方のベンチお互いにアウトだ、セーフだと主張している。
俺から見てもなんとも言えないタイミングになったし、あのショートバウンドをキャッチャーがタッチに行きやすいように無理やり掴みに行って、それが成功したせいで際どいタイミングになってしまった。
「ア、アウトォォォ!!!」
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