元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!
1年生の躍動!
「審判!剣崎に変えてピッチャー西梨花。守備変更でレフトの逢坂がライトに、センターの遠山がレフトに、ライトの瀧上がセンターに。」
公式戦初登板の梨花がゆっくりとマウンドへ向かう。
今日は試合中俺に話しかけてきていない。
声出ししたり、ブルペンで軽く投げたりしていい感じに研ぎ澄まされている。
パチィン!
投球練習からキャッチャーのミットからいい音が出ている。
気合いも乗ってるし、集中もしているし、球もとにかく走っていそうだ。
「ストライク!」
6回表。
初球からど真ん中付近のストレートに対して9番の右田さんはかなり振り遅れていた。
アンダースローの海崎先輩もいいストレート投げるが、本格的なオーバースローの梨花の投げるストレートとは全然球質が違う。
「ストライク!ストライクツー!」
またど真ん中付近へのストレート。
右田さんは手も足も出ないという感じのスイングであっさりと追い込まれる。
ブンッ!
「ストライク!バッターアウトォ!」
ここで余裕のスプリットで為す術なくバットとボールが30cmくらい開いて三振。
右田さんはバッターとしてはイマイチだったが、高校になってもそれはまだ変わっていないようだ。
梨花と右田さんは変化球を一種類しか投げない似たようなピッチャーであるが、実際に見れば全然違うというのがよく分かる。
梨花はストレートで基本的には押していって、時おりスプリットを投げてコントロールはややアバウトだが強気で投げていく。
右田さんはストレートとカットボール半々で、コントロール重視で相手の狙いを上手に外して空振りを取る。
「よしっ!」
続く1番打者もストレートに振り遅れて空振り三振。
今日かなりスピードが出ているのだろうか?
パッと見ても125km/h近くは出ている気がする。
女子プロのストレートの平均球速でも125km/hまではいっていないはずだ。
130km/hを超えてくるとプロでも直球派として名が売れてくるレベルになる。
「西さーん!ナイスピー!」
「梨花ー!どんどん行けー!」
同じ1年生だからかベンチの外から一層大きな声援で梨花を後押ししている。
彼女は強烈な反抗期と両親がいないという負い目からなのか、チームメイトを信頼せずに自分だけを磨き続けた結果が3年になってから公式戦に出ることが出来なかった。
呉の監督に聞いた話で、梨花には言ってないみたいだが同級生のチームメイト達が結託して梨花を公式戦で使ったらレギュラーもベンチ入りの選手をボイコットすると言い張ったらしい。
1年生の時から3年までずっと一緒だったが、チームメイトと認められていないと思ったのか、彼女達は梨花を拒否した。
梨花は今は仲良くしてるとは言えないが、誰よりも淡々と練習をしてきつい練習も率先してこなしているし、雑用だって言われる前から先にこなしていた。
何か突っ込みたいと思う上級生もいるみたいだが、口の利き方生意気だとか、先輩を敬えだとか言われるらしいけど、それ以外は特に何か言われるようなこともしてないし、今のところは上手くやっていると言えるだろう。
「アウト!スリーアウトチェンジ!」
2番バッターをセカンドゴロに打ち取りベンチにゆっくり歩きながら戻ってきた。
「梨花さん!ナイスですよ!」
「ナイスッスよ!ついでにホームラン打って欲しいッス!」
1年生から熱い声援に手を振ったりもすることなくベンチの中まで戻ってきた。
「なんか声援に応えてあげればいいのに。」
「あん?別にそんなの必要ないじゃろ。」
1年生達も笑顔で手を振ってくれるとも思ってはいないだろう。
けど1年生達は比較的梨花のこと嫌いな人は居ないんじゃないかと思っている。
1年生試合でも1番最初の初心者以外は全て先発して勝ち投手になっているし、エラーしてもなにしても怒ったりすることもない。
それはさておき、今から6回裏の攻撃で2.3.4の絶好の打順。
大湊先輩は今日は今のところあんまりよくはない。
氷を代打で出すならここか、この回三者凡退で最終回の5.6.7の誰かがランナーに出て8.9番辺りで最後の代打。
今日の試合がこんなに追い込まれているのは俺が彼女のもう1つの特性に気づくのか遅すぎたし、今更それに気づいたからと言ってどうしようもない事だった。
彼女は相当な尻上がりの投手だった。
中学校時代の彼女のチームは弱小チームで、俺の見に行った試合は毎回4回コールド負けしていたし、後半にこんなに調子をあげてくるピッチャーなのを少し前に気づいたが、気づいたところで点を入れれてない時点でかなり厳しい。
もう無理だと思われるが、俺は相手の配球を読んでいた。
「大湊先輩は追い込まれるまではストレート狙ってください。ストレートを打ち損じたらカットボール狙いに変えてください。」
「キャプテンと桔梗はカットボール狙ってください。ツーストライクに追い込まれたらそれまで攻めてきてたコースと逆のコースのストレートには気をつけてくださいね。」
今日いい当たりをしてたり、右田さんを捉えそうな選手は最初からカットボール多めの投球で、タイミングがあってないもしくは打ててない場合は低めのストレートでカウントを稼いできている。
カットボールを狙って低めギリギリのストレートは基本的に手が出ない。
なぜかというと低めギリギリのストライクゾーンからボール2つ、3つ落ちるとなると打ってもほぼ凡打にしかできないし、タイミングのあってない選手ほどカットボール打ちを徹底している感じはする。
「わかった。3打席目くらいはしっかりと打ってくる。」
大湊先輩はとても頼りになる感じの女の人だ。
会社で働いたこととかはないが、できる女っていう感じの印象をうける。
サバサバしてるけど、女の子っぽさもちゃんありと知る人が知れば嫌われる人ではないだろう。
現に次のキャプテンはこの人じゃないかと思っているし、海崎先輩と瀧上先輩はとても実力はあるけどチームをまとめるようなタイプの人間ではない。
次期キャプテン候補筆頭だが、今日の試合は打てそうな気がしない。
投手からコンバートしてきて、いいショートになっているとは思うが、この試合に限っていえばまず右田さんに軽く捻られるだろう。
初球はボール球のカットボール。
2球目もボール球のカットボール。
2-0。
うちに行くならこのカウントしかない。
四球狙いも悪くないし、この回に急にコントロールを乱しているという可能性もある。
『待球した方がいい?』
監督と俺に対してボールを一球待つかどうかこちらに伺っていている。
監督は待球しなくてもいいというサインを出た。
それに合わせて、ストレート狙いからカットボール狙いのサインに変更した。
ボールツーからストレートと思わせてのカットボール読みでストレート狙いからカットボール狙いに変更した。
パシッ
「ボール!ボールスリー!」
カットボールを狙っていた大湊先輩はまた低めからボールになるカットボールに手を出さずに見逃して、3-0という有利なカウントに持ち込んだ。
『ストレート狙い。』
また狙い球をストレートに変更して、監督も甘い球だけ打てのサイン。
一球甘めのカットボールをストライクゾーンに入れてきて、3-1からの4球目。
「ボール!フォアボール!」
右田さんは外角低めを狙ってきたが、少し手元が狂ったのか投げた瞬間分かるようなボール球。
「よしっ」
大湊先輩は軽いガッツポーズをして一塁へ走っていく。
こういう時に自制が効いてしっかりとボールを見られるというのは強い。
「3番サード、末松澪さん。」
「キャプテンー!打ってください!」
「頑張ってくださいー!」
ベンチ内外からキャプテンに惜しみない声援が飛んでいる。
この試合まだヒットは出ていないが、かなり期待できるしこういう時に打ってこそキャプテンだし、3番の仕事でもある。
「カットボール狙いはわかったけど、もしストレートが来ると直感で思ったらストレート打つけどいいよね?」
さっきキャプテンが俺に言いに来た言葉だった。
断る理由もないし、打てるなら別にカットボールでもストレートだってどっちでもいい。
「構いませんよ。塁に出てくれれば助かります。」
俺の言葉を聞いてそのままネクストバッターズサークルに入って行った。
そして、いま右打席でゆったり構えている。
監督もサインを出しているが、ノーサインで打っていけという指示。
ここで相手が1番の理想はゲッツーか三振。
ゲッツーを打たせるならまずゲッツーシフトを敷くが、ゲッツーシフトというのも良し悪しがあるセカンドとショートが2塁ベースに寄って守備ポジションを敷く。
そのため、一二塁間、三遊間が広くなりヒットコースも広くなるがピッチャーの横を抜けるような打球がほぼゲッツーになるというシフトだ。
これまで連続で引っ張っていってショートライナーアウトになっているので、サードがややショート側に寄っていた。
ゲッツーシフトがゴロを転がせる為に基本的には低めのボール中心に投げてくるだろう。
キャプテンは結構積極的に打つバッターで、チームでかのんの次に初球スイング率が高い。
今年のデータでいうとストライクゾーンなら初球スイング率70%で、ちなみにかのんはストライクゾーンの初球スイング率約90%だ。
初球はボール球になるカットボールか、インコースのカットボールかどちらかだろう。
カキイィーン!
やっぱり投げてきた初球のカットボールをジャストミートして、ゲッツーシフトの為に少しだけ空いた三塁線を抜ける長打コース。
「よし!走れ走れ!」
打った瞬間みんなベンチから乗り上げるようにして大盛り上がりしていた。
サインを出しながらスコアブックを書いている俺も少し席をたってエキサイトしそうになった。
一塁ランナーの大湊先輩は2塁を蹴って3塁へ向かって、あわよくばホームまで狙ってるだろう。
が、レフトのカバーが早く打球に追いつくとすぐに中継にボールを返してきた。
「聖!ストップ!!」
3塁ランナーコーチはこの回から海崎先輩に変わっており、さすがに無茶させずに大湊先輩を早めにストップをかけた。
その間に打った末松キャプテンは悠々と2塁へ到達し、この試合1番のチャンスで4番の桔梗へと打席が回ってきた。
「4番、ファースト橘桔梗さん。」
この試合3度目の1年生エース右田菜々美vs1年生4番橘桔梗のこの試合の勝敗を決定づける対決が始まろうとしていた。
「学園」の人気作品
書籍化作品
-
-
26950
-
-
147
-
-
381
-
-
4
-
-
58
-
-
23252
-
-
149
-
-
516
-
-
35
コメント