元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!

柚沙

彼女の正体!





俺は城南中央中学のマウンドに立っている。
バックにはなぜか1年、2年が守っている。




1番困っているのが、その気になれば多分2人とも1本もヒットが打てないであろう。




しかも、本気の球をキャッチャーが捕れるとは思えない。




1打席目から10打席目まで勝負か。
あんまり褒められた事じゃないが、5打席までストレート中心で力を抜いてみることにした。少しずつ速い球を投げれば多分キャッチャーも球に目が慣れるだろう。






サインもキャッチャーに任せた。
向こうが捕れそうな球を要求してくるだろうし、俺もテストされているみたいだが、本気で投げまくればいいという訳でもない。






50%から60%くらいのストレートを投げてみた。




115キロから125キロのストレートを内外に投げ分けてみたが、野球のタイプが全然違うなと思った。




円城寺さんは見た目に似合わず積極的でストレートが来るとボールストライク問わずにガンガンスイングしてきた。
パワーヒッターの片鱗が少し見えるような強烈な当たりもちょこちょこ打たれた。




月成さんはとにかく慎重だった。
遅いストレートでもボール球なら簡単に手を出して来ずに、ストライクギリギリの球はフォールにしてこようとしてきた。
中に入った球だけを狙い打ちするという基本中の基本を徹底してきた。








だが、打撃能力でいえば円城寺さんにまず勝てない







月成さんが円城寺さんに勝つにはとにかく俺が手を抜いてる最初にヒットを重ねて、最後の方までリードを続けないと後になれば後になるほど俺はスピードを上げるし、変化球だって混ぜていくつもりだ。








5打席、ほぼストレートしか投げずに2人の成績は僅差だった。




円城寺さんが長打2本とヒット1本
月成さんがヒット2本




この時点で負けている月成さんは勝つのは難しいかなと思いつつ、贔屓する訳でもなくただ投げることに専念した。




ここまでほぼ手を抜いてきたが、ここからは少しだけ力を入れて投げていく。




少しだけ気になることもあった。




さっきは俺に対してかなりアピールしてきた月成さんだったが、いざ打席に立つと昨日初めて顔を合わせた時のようにあんまり何も感じれなくなっていた。








ここから変化球を混ぜて投げ始めた。
キャッチャーはボールを捕れなかったが、試合じゃないので俺は無視して変化球を投げた。






円城寺さんは露骨に空振りが増え、変化球を捨ててたまに来るストレートをフルスイングしてきた。


1回だけ強烈な当たりがサードのグラブを弾いたので、内野安打にしたがそれ以外は連続で三振。








月成さんが思ったよりも食らいついてきた。
5打席目から7打席までは変化球もストレートもどちらも必死についてきて最後には打ち損じていたが、8打席目はこれまでと変わって初球ストレートを綺麗に流し打ちされヒットを打たれた。
変化球もストレートもボール自体はきっちりと見えているようだった。






それでも8打席終わってここまで円城寺さんがヒット1本リードしていた。




残りは9.10打席目しか残っていない。
もしここで円城寺さんがヒットを打つようなことがあるともう勝ちはなくなる。




9打席目の円城寺さんの打席を少し下がったところで月成さんが見ていたが、祈る様子も焦っている様子もなかった。




ただ成り行きをじっとみていた。




勝負しているとは思えないくらい落ち着いていて、最初から勝つつもりがないようにも思えた。






「あぁ!打ち上げてしまった…!」




円城寺さんに投げた130キロ以上出ているであろうストレートでもしっかりとスイングしてきた。






結果はショートフライだったが、このスピードにも全く苦にせずスイング出来るのは評価をもう少し上げてもいいかなと思った。






「ふぅ…。絶対に打つんだ。」






俺は円城寺さんよりも月成さんが気になって仕方なかった。




1〜5打席目は俺の思ったくらいのバッティングを見せてきて、次の5〜8打席目は俺が思った以上に粘りを見せてきた。




結構ピッチング内容を変えて簡単には打てないようにしたが、俺のピッチング内容が変わっていないかのようなバッティングを見せてきた。




9打席目。


ここでもしヒットを打てなければ、10打席目にヒットを打っても引き分け。


10打席目はあるが、実質ここが最後の勝負と言っても過言ではない。




さっき円城寺さんに投げたストレートと同じくらいのストレートで勝負するつもりだ。


2人が不公平にならないようにある程度球種やスピードは似たものにしている。
それを分かってきてて俺が次に投げてくる球を読んでいる可能性も0では無い。




もしそれをやっているのであれば、野球頭脳がかなり高いことになりそれはそれで才能だと俺は思っていた。






月成さんの初球はさっき円城寺さんに投げた緩めのカーブ。
もし、配球を読んでいるなら間違いなくこのカーブはスイングしてくると思う。




この後のボールはスライダーとストレートを厳しいコースに投げた為、この初球のカーブを打つのが1番可能性が高い。








パキィン!






初球のカーブを狙っていたかのようにセンター前に運んで行った。






『これは配球を読んできたな。』






俺は月成さんが円城寺さんの打席と同じボールを投
げているのをどこかで気づいていた。




多分、7打席目に気づいたのだろう。




8打席目に初球のストレートを綺麗に流し打ち、今の打席も初球のカーブをセンター返し。






10打席目。




円城寺さんが負けないためにはここでヒットを打たなければいけなかったが、8割の力で投げている俺の変化球に手も足も出ずにあっさりと三振。






そして、月成さんの最終打席。




ここでヒットを打てば勝ち。


もし、ここでヒットを打たれたら彼女をどうしようか考えていた。
テストとして勝負しているが、月成さんは能力的には少し足りない。




江波さんばかり例に出すのはよくないが、江波さんにはその野球に対する強い気持ちが感じられた。




確かにさっきのアピールは熱いものを感じたが、今プレーしてる彼女からは何も感じられない。
配球を読んでいるのは間違いないと思うが、それにしっかりと気づけた野球脳は評価に値する。






それもこれもこの10打席目を打てるかどうかだった。






俺は円城寺さんに投げた10打席目の配球を変えてみることにしてた。
意地悪にはなるが、テストで勝利を掴むなら自分の持っているそのバットで結果を出すしかない。






さっきの打席も初球のカーブだったが、ここは130キロくらいのストレートを高めに投げる。






「ボール!」 






俺のボールをあっさりと見逃してきた。
カーブを読んでいたならかなりタイミングを外されたような見逃し方をするはずだが、ボール球には興味なしという感じで見逃された。






『分からん。配球を読んでる訳じゃないのか?』






カーブの次はカットボールを投げた。
カットボールはストレートと同じ軌道で少しだけ変化して詰まらせたり、打ち損じを狙うボールだ。






カットボールと分かっていたら打つのが難しいボールではない。
超一流のカットボールとなると分かってても打てないらしいか、俺の軟式のカットボールなんてたかが知れてる。






俺は試しにカットボールを投げるか迷っていた。




1.そうすればさっきはカーブを狙っていたが、あまりにもタイミングが合わず悠然と見逃した。


2.俺が配球を変えてくることを読んで、次のカットボールを投げさせようとしているのか。




多分1.2の可能性しか考えられない。
もう1つ第3の可能性も無いことは無いが、俺はそういう人に会ったことがない。






一応第3の可能性としてありえるのは、俺の人の雰囲気を感じとれる力に似たようなものを彼女も持っている可能性。


俺の雰囲気を感じるというのも、普通の人が目の前の人が喜怒哀楽どの感情を持っているかくらいは何となくわかると思う。


俺が感じられるのはそれよりももうちょっと枝分かれした感情が何となくわかると言うだけだ。




例えばだが、怒っている感情の中に憎しみが混じって殺したいという危険な雰囲気。
嬉しいけどこの嬉しさが壊れてしまうんじゃないかという恐怖心。




感情のコントロールが出来ていなければいないほど俺は鮮明に感じることが出来る。




一番最初に顔を合わせた時も俺の事をじっと見つめていた。
その時に俺に何かを感じたんじゃないだろうか?
俺が彼女に変わった雰囲気を感じとったように。






ここまでこんな推察をしたが、全部的外れな可能性だってある。
ここはハッキリさせるためにカットボールを投げることにした。








「ストライク!!」






ここもピクリともせずに見逃してきた。
かなり際どいコースだったからか?




俺は間髪入れずに彼女が今日俺の球で唯一見ていない縦のカーブ。
ストライクからボールになるこの球なら手を出してくるか?








「ボール!!」






このボールにも反応せず。
突っ立ってるだけかと思って打席の月成さんを見たが、普通に打席を外して素振りをしている。




カウント2-1。
打者有利なカウント。
今テストされているのは月成さんなのか俺なのか分からないような状況だった。




彼女を抑えたいだけなら140キロ超えるストレートを投げ込めば抑えられるだろう。


これは大会でも試合でもない。
女の子が投げられないボール投げても仕方ないので、130キロ以上のストレートはなげない。






『なんかいや雰囲気がする』






そう思った先を見ても嫌な雰囲気を発している人はおらず、月成さんが球種を悩んでる俺をじっと見ていた。




この前王寺さんを三振にとったシンキングファスト。




俺が思ったよりも変化しすぎて簡単に空振りを取れた球。




月成さんはもう1つストライクカウントに余裕があるだろうから、無理に打たなくてもいいからどんな反応をするか見てみよう。




指先からボールが離れて、シンキングファストがこの前のように思ったよりも大きく変化していく。




これまで一切動かなかった左バッターの月成さんはこの球に反応してスイングを開始。








俺はその瞬間、俺は確信した。






『ナイスバッティング。』






外に逃げる球をジャストミートしてレフト線ギリギリに流し打たれた。
あのシンキングファストを初見で完璧に打ち返してきた。




彼女は俺の配球を読んでいたわけじゃかった。
完璧に打たれたシンキングファストを狙っていたわけじゃない。




なんで打てたのかは教えてくれるなら本人に聞いた方が早いだろう。






「円城寺さんがヒット4本、月成ヒット5本で月成さんの勝利。おめでとうございます。」






「あ、ありがとうございます。あ、あのぅ…推薦とかの話は検討してくれますか…?」




人が変わったように見た目通りすごく大人しくなってしまった。




俺としてはなにか仕掛けがあるにしても、絶対にヒットを打たないといけないあの場面であのボールをヒットにするのはかなり難しいと思う。






俺は彼女について何も言うことはなかった。
手を抜いたとはいえは追い込まれながら10打席で5本ヒットを打ったのは立派だし、最後の方は桔梗に投げているような強打者の風格さえ感じた。








「もちろん!あそこまで打たれたし、俺は円城寺さんの打撃力を買ってる。その円城寺さんよりも打てたってことは文句のつけようもない。」






「ほ、ほんとですか…。それはよかったです。」






月成さんは胸を撫で下ろしていた。
その後ろで円城寺さんが少し悔しそうにしていた。
おしとやかな感じだが、負けるのは嫌なのだろう。






「あ、後聞きたいことがあって。自ら推薦して欲しいって言ってきたん?しかも野球も大して強くない白星高校に。」






「えっと…。はっきり言っちゃうと白星高校には興味無いです。ボクが白星に行きたいと思った理由は東奈くん、キミがいるからです。」








「な!月成さん何言ってらっしゃるの!?こんな大勢の前で告白なんて破廉恥ですよ!」






破廉恥ってなんて言葉使う人なんてとあるラブコメくらいでしか見たことないんだが…。






「円城寺さん、勘違いしてるよ。ボクは小学校の時から彼を目指してプレー来てきたんだ。」






俺の事を目指して?
有名な選手だったのは否定しないが、こんな女の子の目標になってるなんて思ってもみなかった。






「理由は今は話さないけど、東奈くんのプレー全てがボクの教科書だったんだ。部活もあって時間が合わなかったけど、見に行ける時があればクラブチームに東奈くんのプレーをこっそりと見に行ってた。」






はっきり言うとストーカーみたいだが、俺個人のことを好きって訳ではなさそうだからセーフか。
家とかに来てたとか言われると困るが。






「東奈くん勘違いしないで欲しいけど、家とかには行ってないですよ。 それで日本代表に選ばれた東奈くんの試合を見てからその後から分からなくなってしまって、東奈くんのチームメイトに聞いたら野球辞めちゃったって聞いて。ボクも野球を辞めようと思って退部届出したんだ。」








彼女にとって俺は本当に純粋に憧れられるプレイヤーでいられたんだと少し嬉しかった。
俺が姉にその感情をずっと持っていたのと同じで、その気持ちはよくわかった。








「けど、円城寺さんに辞めるなんて許さないって凄く怒られちゃって…。女の子2人でずっと頑張ってきたから裏切っちゃうと思って結局辞めなかったんだけど、野球を前みたいに打ち込めなくなって円城寺さんにレギュラー取られちゃった。」






元々は月成さんがレギュラーで、途中から円城寺さんにレギュラーを取られたのか。






「だけど、先週キミがボクの前に現れた。ストーカーと呼ばれてもいい。それでもボクにまたキミのプレーを参考にさせて欲しい。今度は絶対に諦めたりしないし、白星高校でボクがキミを甲子園に連れて行ってあげる!」








俺はまだ指導もしていない月成さんのことを少しだけ理解できた気がした。


姉がもう一度プロになるから、りゅーとプロ野球でプレーしたいと言えば死ぬほど努力したかもしれない。


その夢はもう叶うこともない。
だからこそ、目の前にいる俺の事を頼って高校まで付いてくるという選手を見て見ぬふりはできない。






「わかった。白星高校で月成さんのこと待ってるから。」






「ありがとう!ボク頑張るからね!」








「それで、月成さん名前教えて貰ってもいい?誰も月成さんの下の名前呼んでないし、分からなくて…。」






そういうと物凄く嫌そうな顔と恥ずかしそうな顔が混じったなんとも言えない顔をしていた。








月成姫凛灑澄つきなりプリンセスです…。」






みんなが頑なに月成さんって呼ぶ理由がわかった気がする。
俺も何も触れずに月成さんと呼ぼうと固く誓うのであった。




ついでにかのちゃんには絶対にプリンセスと呼ぶのを阻止しないといけない。






「よろしくね。月成さん。」






敢えて名前を聞いておいて、苗字で呼んだ俺の顔を見て今日1番ニッコリとした笑顔で握手をした。








「よろしくね。東奈コーチ。」











「元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「学園」の人気作品

コメント

コメントを書く