元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!
最後の試合!
俺は久しぶりにユニホームに袖を通した。
背番号13。
監督として、試合の指示だしとサインは野球部全員満場一致で俺が全てを任せると言ってくれた。
『よし。チームを勝たせるか。』
俺は完全に軟式にいる女子選手の事なんて頭からすっ飛んでいた。
とりあえず目の前の1勝だけでもこーちゃん達に…。
今日の試合は博多南中学校。
話を聞くにはそこまで強くはないみたいだ。
とりあえずここには勝てるかもしれないと言っていたってことは負ける訳にはいかない。
「絶対勝つぞぉぉ!!!」
「「うおぉぉぉー!!」」
主将のこーちゃんがグランド中に響き渡る声で円陣で声出しをして気合いを入れた。
うちの中学、福岡東中学野球部は本当にこーちゃんにおんぶで抱っこのチームだ。
4番でキャプテンでエースで精神的支柱。
もし、こーちゃんになにかあればその時点で試合終了だろう。
それを本人もよく分かっている。
だから、激しい練習をしたくても控えめにして体にはずっと気をつけていた。
試合は5回終了時0-0で完全に試合は動かなくなってしまった。
こーちゃんはピッチングもバッティングも頑張っている。
チームはエラーも2つあるが、全員で盛り上げてカバーしあっている。
この姿を見ていると福岡最弱と言われた中田さんのチームのことを思い出す。
「ねぇ、桔梗。バッテリーがちらちらベンチ見てるけど、なんでー?」
この試合を桔梗は見に来ると言っていたが、かのちゃんと玉城さんも一緒に着いてきたらしい。
「んー。龍がリードしてるんじゃないかな?」
「あっなるほどっ!ししょー任せはいいとおもう!」
「それにしても軟式野球っていつ見ても投手戦になってるよね。少し見てて退屈。」
ベンチのすぐ裏でけっこ大きな声で話しているから普通にベンチの中に声が聞こえていた。
俺は真剣にやってるのに、玉城さんに退屈と言われて少しだけイラッとしたが集中することにした。
「東奈くーん。試合出なさいー。」
野次なのかなんなのかベンチの俺に観客が話しかけてくるのはいいのか…。
俺は集中を切らさないように、バッテリーにサインを出し続けていた。
キャッチャーが普通はピッチャーにサインを出すが、稀に監督が出すチームもあるらしい。
実際に今監督の俺がサインを出している。
「ストライク!バッターアウト!」
6回表を抑えて元気よくナインがベンチに戻ってきた。
チーム全体を見ると結構雰囲気もいいし、今のところ頑張っている。
この回は2.3.4番のいい打順で、この回どうにか点を入れられれば次の回抑えれば勝てる。
2番はショートゴロだったが、3番バッターがセンター前ヒット。
ここで4番のこーちゃん。
一瞬盗塁を考えたが失敗した時のリスクが大きい。
成功率も60%くらいはありそうだが、このチームの要のこーちゃんの前にランナーが出ている。
点が入らなくてもここで1本出ればチームは活気づくだろう。
強烈な打球!
だが、野手の正面に飛びまさかのゲッツーで6回の攻撃はあっさりとおわってしまった。
7回表の守備。
相手の攻撃は4番からの攻撃。
あっさりと追い込んで1-2。
俺の出したサインはボール球のカーブのサインを出した。
パキィン!!
軟球独特のちょっと軽い打球音と共にボールはいい角度で飛んでいく。
「マジか…。」
相手の4番の打球はそのまま普通よりも狭いグランドのレフトフェンスを越えてしまった。
マウンド上のこーちゃんは流石にがっくりと項垂れている。
ここまで慣れていない投手でみんなを鼓舞してきたこーちゃんだったが、ちょっとしたコントロールミスで1発で点を取られてしまった。
どうにか後続を抑え、ベンチに戻ってきたがみんな元気がない。
みんな分かっていたのだ。
この1点はさすがに重すぎる。
それでも野球の神は俺達のことを応援していてようだ。
5番が打った打球がイレギュラーしてランナー1塁、次のバッターは三振したが、次の7番がユニホームを掠ってデットボール。
8番が必死に食らいついて四球をもぎ取ってきた。
最終回1アウト満塁。
そして、全てを背負った9番バッターがスタメン唯一の1年生でとても顔色が悪い気がした。
今にも倒れそうな死にかけた顔をしている。
「タ、タイム!」
明らかにおかしい様子の1年生に気づいたこーちゃんはタイムをとった。
「祐介!どうした?顔色が悪いぞ。」
「キャプテン。俺ダメそうです…。プレッシャーで押し潰されそうで…。」
確かにこの場面は流石に1年には荷が重い。
しかも、これが3年生最後の試合になる可能性だってある。
打てればヒーロー。
打つ場所によるが内野ゴロを打てば試合終了。
「大丈夫だ!お前は1年で1番頑張ってたんだ!思いっきり行け!」
「だめです…。キャプテン達を引退させる最後の打席なんて…。」
「お前が打てば、今日も一試合できる!大丈夫だ!」
俺は2人の様子を少し遠い所で見ていた。
元々野球部じゃない俺がここで声を掛けに行くほど野暮ではない。
ここで乗り越えるか、折れるかは野球部次第だ。
「東奈先輩…。僕の代わりに打ってください。」
一年生は俺のところに来て、深々と頭を下げてきた。
俺は何も言わなかった。
「おい!祐介、流石に龍ちゃんに頼むのはだめだ。打てなくてもいいからスタメンに選ばれたお前が打席に立つんだ。」
俺は目の前の一年生をじっとみていた。
怖いのもあるんだろうが、こんなに情けなくて悔しいという気持ちも痛いほど感じる。
「東奈先輩お願いします!キャプテンともう一試合したいんです!!」
そういうとその場にへたりこんで、土下座をしようとしてきた。
「分かった。今は同じチームメイトなんだ。だから、そんなことしたらダメだぞ。」
俺は代打として試合に出ることにした。
あまり気は乗らなかったが、ここまでされて無視を決め込むのもどうかと思ったからだ。
「りゅーちゃんすまん。監督として誘ったのに。」
「俺は打たないから気にするな。」
9番の一年生に変わってこんなチャンスで俺に代打で出番が回ってきた。
「ししょーー!なんで出てきたか分からないけどがんばれーー!!」
お行儀悪く網のフェンスにくい込むんじゃないかというくらい張り付いて応援してくれている。
あまりに行儀悪いので、桔梗に無理やりフェンスから引き剥がされている。
俺は言葉通り打たないつもりだった。
軟式を打ったのはかなり前なので、下手に打っても仕方ない。
「ファール!」
俺はとりあえずバットにボールを当てて右に左にファールを打ちまくった。
フルカウントから粘り続けて次で13球目になる。
「ファール!!」
次で14球目になるが、相手の投手も四球を出した時点で同点に追いつかれるからどうにかストライクゾーンに投げてきていた。
粘っていくうちに90%位はヒットにする自信があった。
ネクストバッターズサークルにいる同級生の1番バッターは気合いの入った表情をしている。
『後は任せるか…。』
俺は結局16球まで粘り続けた。
「フォアボール!」
押し出して1点追加して、1-1の同点になった。
そして1番バッターが疲れた相手のストレートを捉えてライトオーバーのサヨナラヒットでどうにか試合に勝つことが出来た。
だが、今日はダブルヘッダーで先発のこーちゃんはもう投げられない。
福岡東中学校はここで力尽きることとなった。
俺が打たずに後ろに繋いで結果を出したのは今年引退する3年生。
俺はこれでよかったと胸を撫で下ろした。
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