小さなヒカリの物語

あがごん

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「うん!」
ヒカリは本当に幸せそうな顔をしている。見てるこっちまで幸せな気分になってくる。
「俺が一番おいしいと思ったのはやっぱ貝汁かな。しょうがが体だけでなく心まで温めてくれた」
俺もヒカリに対抗して、記憶してる限りのデパ地下食材をピックアップし、日本のデパートのこれからの試食方針について熱い議論を交し合った。ちょうど白熱してきた時に、朝来た時に降りた場所の、反対側のバス停にたどり着いた。帰りのバスの時刻を確認して、俺らは長い列に並んだ。
「……ん?」
どうしてかバス停の空気に違和感を感じた。
「どうしたの、こーちゃん?」
違和感というより、俺らがその違和みたいな……? 気のせいかなと一瞬思ったが、いや、間違いなく人々の視線は俺らに向けられていた。ちらちらとたまに目が合って、皆が皆あまり芳しくない表情を浮かべている。なぜだ? 不審に思いながら人々の視線を正確に追ってみると、
「あっ」
デパートから出てもまだ俺らは手を繋いだままでいた。視線が交錯する意味がようやく分かった。カップルのいちゃつきは公害の一つだと言われるが、どうやら人々には俺らがそういうことをしているように見えるらしい。もともと手を繋いだのは、はぐれないためと転ばないためだったので、今もそれを続ける理由はないのだ。
「もういいよな、これ? 今更だけど少し恥ずかしくなってきた」
言って離すが、ヒカリの手がすぐにまた俺の手をつかみ直した。
「せっかくだし帰るまで繋いでいようよ。次はいつそういう機会があるか分からないんだから。ねっ?」
ヒカリは俺に説得するように強く腕を引っ張った。手を繋ぐ理由もないが、確かに、繋いだ状態の手をわざわざ離す理由もない。離そうとするのは周りの目が気になるからであって、俺自身はたぶんこうしてヒカリと触れ合うことを、心のどこかで望んでいる。
 抑制と欲求、どちらを選ぶべきか。その二つを天秤にかけると、結果は驚くほど簡単に出た。揺れ動いた心は一時の恥ずかしさを受け入れることで、満ち足りた温もりと、精神の安定を再び手に入れることが出来た。
 手を繋ぎ直してからすぐにバスは来た。流石にまた離すのは気が引けて(単純に離したくなかったのもある)バスの中でも俺たちは手を繋いだままだった。
不思議な感じがしたが、悪くはなかった。それどころか、だ。
幼い頃二人で手を繋いで、色んなとこに行ったことを今更ながら思い出して、懐かしさがじわりと込み上げてきた。あれからお互い身長が伸びて、お互いに違った価値観を手に入れて、あの時と見える景色はおそらく変わっただろうけど、変わってないものも確かにある。急ぎ流れていくような窓の外を見て、俺はなんとなくだがそう思った。
 バスから降りても手は繋いだ状態。もう別に恥ずかしさはなくなった。自分でたまに思うのだが、俺

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