小さなヒカリの物語

あがごん

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「じゃあ、そういうことだからしっかりよろしくね」
母さんは椅子から立ち上がり、呆れるほど平然として食事の後片付けをし始めた。
そのしっかりが何を修飾しているのかいまいちよく分からなかったが、おそらくそういうことなんだろうと曖昧に受け流した。ヒカリはよろしくねと顔を俺に向け、やわらかい微笑を浮かべた。
俺は思った。頼む、理性だけは流されやすさに比例しないでくれ、と。
 戸惑いと妙な期待という二つの感情が交錯し、再び事態を客観視出来るようになったのは、布団の暖かさと枕の安定性を再認識してからであった。薄暗闇の中、天井のある一点を見つめ今日の出来事を思い返す。突然現れた紫色の物体。少女の人間らしからぬ動き。異空間の存在。鈴木の自己紹介。最後のはまた別の話として、今日は衝撃的なことが多すぎた。そこにヒカリとの同棲(あっちはどう思ってるのか知らないけど)を大いに含めて、ただなんだろう。漠然とだが、何か大きく変わっていく気がした。それは勘違いかも知れないが、例えるならそう、止まっていた歯車が再び動き出すように。
疲れた心と体をベッドに預けて、意識は深い深い闇の中に沈んでいった。




 たくさんのひとがいる。ここは〝でぱーと〟っていうらしい。おとーさんにそうおしえてもらった。そのおとーさんはといれに行くっていったから、わたしたちはここでおとーさんをまってるのだ。
きゅうにいなくなってさみしくなったけど、こーちゃんがいるからないたりしない。
おとーさんがいれば、えらいでしょといってほめてもらえるのにな。
「あれ、なあに?」
ふと、とおくのほうにくろくてまるいものがみえた。はじめてみるへんななにか。きになる。わたしはこーちゃんのてをひいてちかくによってみることにした。
「ここでまとうよ。かってにうごいちゃだめだよ」
こーちゃんがわたしのふくのすそをつかんで、〝いかせない〟ってした。
「だいじょうぶ。こーちゃんはよわむしだねぇ」
わたしはそのこーちゃんのてをごーいんにひっぱって、それにさらにちかづく。
「ねぇ、もうやめようよ。ねぇってば」
「おとこらしくないなぁこーちゃんは。こんなのべつにどってことないよ……あれっ? なにこれ? あなが……あいてる」
めのたかさくらいまであるおおきなあな。からだがすっぽりはいる。
「これ、なに?」
「わかんない」
「はいってみよう」
「え? えっ、ちょっとまってよ」



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