異世界行ったら、出会う女性みんな俺を好きになるので収集つかなくなっている ~スケッチブックに想いをのせて 死神に恋した男の無双&ほのぼのハーレム~

ひだまりのねこ

二人の王女


「ねえ、ドナ、何だか王宮全体が騒がしいようですが、何かあったのでしょうか?」

 アビスの王宮の一室で、エメロードラグーンの王女シェーラは、侍女ドナの手をぎゅっと握りながらたずねる。

「私がちょっと見てまいりますね」

 王女を安心させるように抱きしめると、ドナは慌ただしく部屋を出てゆく。

(私は一体どうなってしまうのでしょうか……)


 シェーラにとって身内はもちろん、知り合いすら居ない国に単身嫁ぐのだ。

 しかも相手の王子に至っては、シェーラの父親よりも年上。一度だけ顔を合わせたけれど、上手くやっていける気が全くしなかった。不安になるなという方が無理がある。

(でも……一人だけお友だちが出来たのです)

 シェーラにとって、この国で初めての友だち。

 彼女のことを考えたのとほぼ同時、バーンと扉を勢いよく開けて入ってきたのは、偶然か必然か? まさにそのお友だちだったりする。

 


「ねえ、シェーラ、聞いた? もう大変なことになったんだから!」

 ひと目見ただけで、ひどく興奮しているのが分かる。顔を紅潮させ、その藍色の瞳を輝かせているからだ。

 大変といっても、きっと良い方の大変だろうとシェーラは見当をつける。まだこの国に来て日は浅いが、彼女のこんなに嬉しそうな姿を見るのは初めてだったから。

「そんなに興奮されてどうしたのですか? テティスさま」   

 同じ王女ではあるが、ひと回り近く年上の彼女は、友だちとはいえ姉に近いので、自然と敬語になってしまう。ただ、夢見がちの彼女とシェーラはとても馬が合い、すぐに仲良くなったのだが。
 

「ふふん、聞きたい? 聞きたいわよね? 良いわ、特別に教えてあげる。私たち親友ですもの」

 いつの間にか親友に格上げされているシェーラの隣に腰掛けると、ヒソヒソ声で告げる。

『いま、アビスに英雄さまがいらっしゃっているらしいの』
「え? 英雄って、あの異世界の?」

 思わず声のトーンが上がってしまうシェーラ。

 エメロードラグーンでも、異世界の英雄はとても人気がある。外部との交流がほとんどないだけに、崇拝されていると言っても良いレベルだ。当然シェーラも例外ではない。

「そう、それでね、その英雄さまが、今、お父さまと会ってるらしいの!」
「うわあ……お会いしてみたいです……」

 目を輝かせるシェーラだが、なぜか不機嫌になるテティス。

「そうなの、私もお会いしたいって頼んだのに、駄目って言うのよ! 信じられる? 本当にお父さまってば許せないわ!」

 これ以上ないほどのため息をつくテティス。

 シェーラは、テティスの英雄への想いを知っているだけに、心底同情してしまう。

 自分はお世話になっている立場だから、わがままは言えないが、テティスは正真正銘この国の王女なのだし。

「でもね、さっき英雄さまを案内した人から聞いたのよ、どんな方だったかって」
「えええぇっ!? 直接お会いした人がいるのですね! それで? どうだったんですか!」

 大興奮のシェーラ。もはや英雄のことで頭がいっぱいだ。

「なんかね、見たこともない髪色で、見たこともない瞳の色だったんだって!」
「ふんふん、それはきっと黒ですね。やはり間違いなく本物……それで?」
「……それだけ」
「えええぇっ!? それじゃ何も分からないじゃないですか!」
「そうなのよ……よりにも寄って、アビス1無口な人だからね……正直喋れるんだって驚いたのよ私」

 でも、それだけ無口な人を喋らせる何かがあったのだろうと前向きに考える二人の王女。


「でも、一体何のためにアビスに来たのでしょうね……」
「あ、そういえば、英雄さまと一緒に、半魚人族がいたとかいないとか……」
「!? そ、それは本当ですか!!」
「ち、ちょっと落ち着いてシェーラ、気持ちはわかるけど、未確認情報だから」

 掴み掛らんばかりのシェーラをなだめるテティス。

「あ……ごめんなさい……つい」
「……いいのよ。謝るのは私の方、ごめんなさいね、あなたの境遇を考えたら無神経すぎたわ」


 せっかく盛り上がっていたのだが、すっかり微妙な空気になってしまう。しばしの沈黙が訪れるが、それもすぐに終わりを告げる。ドナが戻ってきたのだ。


「!? これはテティス殿下、いらっしゃっていたのですね」
「お邪魔してるわドナ。それで、英雄さまについて何か分かったのかしら? 情報を集めてきたんでしょ?」

 ほぼ毎日、まるで自分の部屋のように遊びに来るので、今更テティスがいても驚かなくなっているドナ。

「あ、英雄についてはご存じなんですね。えっと、未確認の部分も多いので、あくまで噂レベルなのですが、半魚人族の女性を何名か同伴していたのは間違いないようです」

 普段冷静なドナも興奮を隠しきれないようで、顔を上気させながら力をこめる。

「ど、ドナ、もしかしたら……」

 シェーラもある可能性に気付く。

「はい、もしかしたらキトラさまたちが、英雄を呼んで来てくれたのかもしれません」

 もちろん可能性の話で、出発してからの日数を考えれば早すぎるのも事実。単なる偶然の可能性の方が今はまだ高い。

 でも、もしそうだったらどれほど幸せなことだろう。

 死んだと思った彼女たちと再会できて、英雄まで連れて戻ったのだ。ならば大好きなエメロードラグーンへもう一度帰れるかもしれない。

 ぬか喜びになるかもしれない。でも想いは止まらなかった。溢れる涙が輝く宝石となり、シェーラの周囲を星のように散りばめる。


 『人魚の涙』は悲しみの、青ではなくて温かい、ほんのり赤い輝きを放つのだった。

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