異世界行ったら、出会う女性みんな俺を好きになるので収集つかなくなっている ~スケッチブックに想いをのせて 死神に恋した男の無双&ほのぼのハーレム~

ひだまりのねこ

『氷の翼』 キタカゼの祈り 


「でも残念、入れ違いでしたね、イソネさんたちは今日、この町を出発したばかりなんですよ」

 
 シャロの言葉に落ち込むメンバーたち。当然キタカゼはと言えば、

『そうですか。それでイソネさんたちは、どちらへ向かったのですか?』

 気にする素振りもなく、すでに次の行動へと頭を切り替えていた。

「えっとですね、ポルトハーフェンから船に乗って王都を目指すって言ってましたよ。ちなみに、うちのギルドマスターも一緒に居ます。たぶん、今夜は中継地点のパクスで野営していると思いますけど……」

 この町ネストから、港町ポルトハーフェンまでは馬車で2日の距離だ。ほとんどの旅行者は、中継地点のパクスという集落で野営するのだという。

 急ぎであれば港町経由ではなく、山越えルートを選択するはずで、港町経由を選んだということは、特段急ぎではないのだろう。

 となれば、無駄に危険な夜間移動はせず、今夜は間違いなく野営していると考えて良い。


『シャロ殿、いろいろ情報ありがとうございます。おかげでようやく合流できそうです』

 素直に頭を下げるキタカゼ。役に立つ獣人は嫌いではないのだ。


(ふふっ、やっと追いつけそうですね……) 

 これで主の命令を最低限果たせそうだと嬉しくなってくる。

 知らず浮かべた微笑みに、パーティメンバーはもちろん、シャロまでもが思わず見惚れてしまう。普段無表情なキタカゼだけに、ギャップの破壊力が凄まじいのだ。


 だが、嬉しそうなキタカゼとは違い、シュヴァインたちの表情は暗い。

『なあシャロさん、そのパクスってところには酒場はあるのか?』

 シュヴァインが一縷の望みをかけてシャロに尋ねる。

「いいえ、酒場どころか、お店は一軒もありませんよ?」

『がはっ!?』

 シャロの無慈悲な回答に崩れ落ちるシュヴァイン。

『……何を遊んでいるのです。早くパクスへ行きますよ?』
『待ってくれキタカゼ……さん。どうせ向こうは朝までは野営しているんだから、そこまで急がなくてもいいだろう?』

 このままパクスへ行ってしまったら、間違いなくお終いだ。必死で懇願するパーティメンバーたち。


『……まあ、夕食もまだでしたし、少しぐらいはいいでしょう。ただし、お酒は駄目です。飲みたければ、この町で買って行って、パクスで無事イソネさんを見つけてからにしなさい』

 キタカゼも、飲まず食わずで働かせるほど鬼ではない。良い仕事をするには、体力・気力の充実が必要なことは理解している。


『あ、ありがてえ……よし、目一杯食うぞ。動けなくなるくらい……ぐべらべほぉぇぁ!?』

 まさかの許可に、喜び過ぎて調子に乗ったシュヴァインがキタカゼにぶっ飛ばされる。

『……腹八分目です。仕事中だということを忘れないように。まったくこの豚野郎は……』


「……あの、彼は大丈夫なんでしょうか? 顔の形変わっちゃってますけど……」
『ご心配なく。いつものことですから』

 心配するシャロに気にするなと流すキタカゼ。

「は、はあ……」

(上級冒険者は変わり者が多いとは聞いたことがあるけど、本当にそうだったんだ……)

 近隣の町を含めても、A級冒険者は在籍しておらず、留守中のギルドマスターも元B級冒険者でかなりの変わり者ではある。

 少ないサンプルではあるが、シャロの頭にはしっかりと刻み込まれてしまう。

(イソネさんたち……大丈夫かしら?)

 食事スペースへと向かうパーティの後ろ姿を見つめながら、シャロは思わずそうつぶやくのだった。 


***


『……キタカゼ! 今どこにいる?』 

 食事をとっていると、ツバサから念話が入る。

『ネストという町の冒険者ギルドです、女帝さま』
『そこからそれほど遠くない場所で、大規模の魔物の移動が観測された』
『……分かりました』

 キタカゼの表情が変わる。嫌な予感がするのだ。

 詳しく聞けば、自分たちが向かう方向。まさにターゲットであるイソネたちがいる場所ではないか。

『……出発しますよ。今すぐに』

 突然立ち上がり、出発を告げるキタカゼ。

『ち、ちょっと待てよ! まだ食ってる途中……』 

『時間がありません。置いていきますよ』 
『わ、分かった。仕方ねえな……』
 
 支払いだけ済ませてギルドを出る一行。

『キタカゼさん、何かあったんですか?』

 ただ事ではない様子が気になるシュタルク。

『……魔物の進軍が確認されました。詳細不明ですが、最低でも数千〜一万。しかもターゲットが遭遇している可能性が高いです』
『なっ!? それってヤバいんじゃあ……』
 
 衝撃を受けるパーティメンバーたち。

『だから急いでいるのです。分かったら走りなさい』

 高い身体能力を生かして疾風のように町の出口まで駆け抜ける。幸い夜なので目立つことはなかった。

(フリューゲル、準備は?)
(町の外で待機している。いつでも行けるぞ)

 フリューゲルのスピードなら、パクスまで2分もかからないが、今のキタカゼにとっては長すぎる時間だ。

(くっ……これは私の失態です。この任務の重要性を十分理解していながら、最後の最後で気が緩んでしまいました)

 キタカゼの判断は極めて妥当なものであったのだが、すぐに出発していればと考えてしまうのも無理はなかった。

 もし、ターゲットに何かあれば、自分の命程度では到底償い切れない。取り返しがつかないのだ。

 愛する主が、自分を信頼して任せてくれたというのに……

 ギリッと食いしばるキタカゼの唇から薔薇色の血が流れる。

 
 町を出た瞬間にフリューゲルがメンバーをかっさらうように両手足で掴み、そのまま夜空に消えてゆく。


(お願い……間に合って……)

 祈るような、懇願するようなキタカゼのつぶやきは、あっという間に置き去りにされ、夜の闇に溶けていった。

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