異世界行ったら、出会う女性みんな俺を好きになるので収集つかなくなっている ~スケッチブックに想いをのせて 死神に恋した男の無双&ほのぼのハーレム~

ひだまりのねこ

至難の撤退戦

 戦において、最も難しいとされているのが、撤退戦といわれている。


 人的被害の多くは、撤退戦時に発生するため、最後尾を務める殿しんがりの働きが成否を決めることになる。


「すまない、サクラ、損な役回りだが、お前が一番適任なのだ」


 馬竜を駆けながら、隣を並走するサクラに詫びるセレスティーナ。


「なにをおっしゃいますか。セレスティーナ様に言われるまでもなく、最初からそのつもりでした」


 騎士団が撤退する時間を稼ぐのが、殿しんがりの役目だ。サクラの樹木魔法は、まさにうってつけであり、攻撃力は低いものの、時間稼ぎにこれほど適した能力もそうないだろう。


 全員が砦を脱出すると、無人になったことを悟られないように、ウッドゴーレムに砦を守らせ、大樹を幾重にも展開して砦が落ちるまでの時間を稼いだのだ。


「サクラ、砦が落ちるまでに、出来るだけ距離を稼ぐぞ」
「はい、セレスティーナ様」


 エスペランサから、プリメーラまでは、町や村もすでになく、草原が続いている。サクラは、撤退しながら、草原の草を無差別に大樹化させて、少しでも魔物の進軍を遅らせる。何もなかった草原に、突然巨木の森が出現するのだから、サクラの能力は、まさに規格外の能力といえる。


 自らの後ろに森を出現させながら駆け続ける二人と二頭。


「このペースならば、じきに追いつけそうだな――む、何だあれは?」
「……道沿いに何か転がっていますね……石でしょうか?」


 近づくと、それが人の形をしていると気付く。無数の石像が並んでいたのだ。


「サクラ、状態異常を防ぐアイテムは身に着けているか?」
「大丈夫です。これは……石化でしょうか。ひどい状況ですね」


 先に撤退したはずの騎士団員が、物言わぬ姿で石像になっていた。いかに歴戦の強者であっても、不意打ちで石化攻撃を受ければ、防ぐ手段などない。そもそも、石化をする魔物など、平地にいるはずがないのだ。


「ああ、どうやら、犯人は、コカトリスのようだな」


 コカトリスは、竜の体と翼を持ち、雄鶏の頭をした魔物だ。視線で石化することができる邪眼を持ち、吐く息は猛毒を持つという、非常に厄介で、危険な魔物だ。ダンジョンに生息し、平地に出てくることはないと云われている。


 視線の先にコカトリスと戦う騎士団の姿を見つけ、セレスティーヌが剣を抜く。


 ――【飛剣 オートクレール】――


 目にも止まらぬ斬撃が風を切り裂き100メートル先にいた、コカトリスの首を落とす。とさかのある頭が、毒を撒き散らしながら地面に落ちると、周囲の植物は枯れ、土が紫色に汚染されてゆく。


――【勇敢な獅子心ブレイブハート】――


 石化が解除され、毒に侵されていた者たちも回復する。


「みんな大丈夫か?」


 サクラが騎士団員たちに駆け寄ってゆく。


「っ!! サクラ危ないっ――飛剣!」


 サクラの首を狙った一撃が、飛剣によって弾かれる。


 攻撃を防がれた男が、驚いたように目を見開いた。   


『おや……完全に気配を絶っていたんだが、よく気づいた――おっと危ない』


 セレスティーナが放っていた斬撃を軽い動きで躱す男。


「サクラ、全員連れて逃げろ、こいつは……強い。誰かを庇いながら戦える相手ではない」


 セレスティーナは、サクラたちを背に、男と対峙する。


「っ!? わ、わかりました。総員退避だ。団長の足手まといになるな」






「……さて、貴様は何者だ? 先ほどのコカトリスは、貴様の仕業か?」


 サクラたちが撤退したのを確認しながら、男に問いかける。


『おやおや、これは美しい人間ですね。大人しく私のものになるというのなら、答えてあげましょうとも』


 いやらしい下品な笑みを浮かべながら、男はセレスティーナの全身を舐め回すように見る。


「貴様のような豚のものになるぐらいなら、オークの方が幾分かましだな」


『貴様……楽に死ねると思わないで下さいね。そうですよ、私がコカトリス……というより、今回の攻撃を指揮している、魔人帝国のヴァロノス男爵です』


 男は、額に青筋を浮かべながら、般若のような憤怒の表情でセレスティーナを睨む。


「……魔人帝国? 聞いたことがない国だが……」


『もうじき大陸中の国々が、我々魔人帝国の名を知ることになりますよ。もっとも、その時、貴様ら下等な人間どもは、使えそうなやつなら奴隷か家畜、それ以外のクズは魔物のエサになりますけどね」   


「わからないことだらけだが、貴様らが倒すべき敵だということだけは、よくわかった。逃げれるとは思わない方がいい。目をつぶるなよ、一瞬で終わるからな」 


『ふん……たかが人間風情が、我ら魔人種、それも貴族種の力を舐めない方がいいですよ? 貴方方の貧弱な武器では傷一つ――ぎゃあああ』


 セレスティーナの持つ魔剣イルシオンは、アストレアに伝わる4振りのうちの一つ。魔力を通すことで、重量という概念は無くなり、鳥の羽より軽くなる。神速の白姫と呼ばれたセレスティーナが持つことで、その特性を最大限発揮する。


 ゆえに、その剣が鞘に納められた時には、ヴァロノス男爵の身体は、すでに真っ二つになった後であった。


「気に病むことはない、これを初見で躱せるものなど存在しないのだから……」


 逆に言えば、最初から本気で倒しにいったということ。一撃で倒さないと不味い。それほど、ヴァロノスからは危険なものを感じたのだ。


(早く皆と合流しなくては……)


「――ぐぅッ?!」


 歩き始めたセレスティーナの左手の、肘から先が切り落とされた。レスカテの甲冑の効果で、傷口が塞がり、血が止まる。


『……とんでもない反射神経ですね? アレを躱すとは。完璧なタイミングで首を落としに行ったんですが……おまけに、傷口まで塞がってますね』


「貴様……なぜ生きている?」


『なぜって、私たち魔人と下等な人間を一緒にしないで下さいよ。複数の命を持つのですよ、我々は!』


「……良いのか? そんな重要な秘密、敵にベラベラ喋ったりしても」


『構いませんよ、どうせ貴方は……ここで死ぬのですから! 絶対に許しませんよ、下等な人間が、よくも私の大切な命を――』


 視線で殺さんばかりに、睨み付けるヴァロノス。


「一度で死なないのなら、何度でも倒すまでだ。どうやら失った命は戻らないのだろう?」


 傷口は塞がっているが、失った血と左手は戻らない。余り長引かせると不利になる。


(ごめんなさい、旦那様。こんな手では、もう貴方の隣で戦えないし、料理も作ってあげられない……)


 でも、こいつだけは、私がここで倒さなければならない。たとえ私の命と引き換えにしたとしても。



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