爺さんと婆さん

鹿 みのん

たぬきちと火操術

ある山の深い森の奥にポツンと立つ小屋。夕暮れ時、そのすぐ外に、爺さんとたぬきちがいた。

「どうしたの爺さん!水浸しで、こんなに弱ってしまって…。」

「話は後だ…。婆さんに見つかる前に、ワシをここから移動させてくれ…。」

たぬきちは、爺さんを背負って、小屋の周辺にある草むらに隠れた。

「たぬきち、お前、まだ傷だらけじゃないか…」

たぬきちには、さっき受けたいじめの傷が残っていた。傷は痛むが、嫌な気分では無かった。爺さんにいじめから自分を助けてくれた恩返しをするチャンスだからだ。

「こんな傷くらい、大丈夫だよ。爺さんにさっき貰った肉で、元気いっぱいさ。」

「そうか、それは良かった…。」

「爺さん、今助けるからね。」

たぬきちはそう言い、自分の隠れ家に爺さんを連れて行こうとした。

「いや、ワシはもう長くない。」

たぬきちは驚き、目を丸くして言う。

「そんな、まだ諦めるのは早いよ!」

「いや、自分の身体の事は自分が一番よく分かる。ワシはもう死ぬ。」

「そんな…。」

たぬきちは項垂れた。まだ爺さんに恩返しもしていないというのに。このまま終わってしまうのか。

「たぬきち、聞いておくれ。」

たぬきちは顔を上げた。

「爺さんは、婆さんにやられた。水操術すいそうじゅつによってな。」

「水操術…?」

「そう。水操術とは、婆さんが開発した戦術だ。水を何も無い所から顕現させたり、操ったりできる。」

「そんな術があったなんて…。」

「そして、ワシは火操術かそうじゅつ使いだ。火を出したり操ったり出来る。たぬきち、今からそれをお前に継承しようと思う。いいか?」

「僕が、火操術を?」

「そうだ。ワシは、火操術を、自分の生きた証として、お前に渡したい。」

「うん。爺さんがそれを望むなら、僕は火操術を継承するよ。」

たぬきちがそれを承諾すると、爺さんは右手をたぬきちの前にかざした。すると、その手のひらに、光の玉が現れた。

「これは…?」

「火操術の力が込められた玉だ。これに触れると、火操術が継承される。継承元の者は火操術を使えなくなり、継承先の者に火操術の力が渡る。」

「これに触れればいいんだね?」

たぬきちは、光の玉に触れた。すると、光の玉から、光の糸のようなものがたぬきちへと無数に伸び、それはたぬきちに吸収されていった。

「火操術は継承された。」

そう言うと、爺さんは動かなくなった。

「爺さん…。」

爺さんの死体が婆さんに見つからないように、爺さんの死体を自分の隠れ家付近に持ってきた。爺さんを土葬しようとした時、ある事を思いついた。

「せっかく爺さんに火操術を継承してもらったから、火操術で火葬しよう。」

たぬきちは、爺さんの死体を草で覆い隠し、早速火操術を使ってみることにした。しかし、どうやっても火は現れない。そうこうしている内に、日が暮れてしまった。

「もう寝ようか。」

その時、近くの草むらから音がした。

「誰だ!」

「クックック…バレたようだよ、いじめっ子狸のおさ。」

「おっと、流石の無能でも、今の音は聞こえたか、兎の長よ。クックック…。」

たぬきちの隠れ家の周辺の草むらからぞろぞろと現れたのは、兎と狸の集団だった。しかも、その狸達は、先程たぬきちをいじめた者達だった。彼らは皆、たぬきちに鋭い視線を浴びせていた。

「な、何をしに来た!」

たぬきちは虚勢を張る。しかし、それは兎と狸達にはお見通しのようだ。

「いやあ、無能のくせに、粋がっちゃって。」

「要件を言え!」

「まあまあ、そう焦らないでよ。そこの老人の死体を渡して貰いたいだけだからさあ。」

そこの老人の死体とは、一つしか無い。爺さんの死体だ。爺さんの死体がある事はバレているようだ。しかし、それでもたぬきちは虚勢を張る。

「何の事かな?」

「もういい、野郎共、爺さんの死体を没収しちゃいな!」

いじめっ子狸の長は、子分達に命令した。

「さ、させるか!」

たぬきちは、爺さんの死体の前に立ち塞がる。

「あ?俺らに適うと思ってんの?」

たぬきちは微動だにしない。しかし、たぬきちの脚は震えていた。

「…ふーーーーーん。クックック…そっかぁ。野郎共、やっちまえ!」

兎と狸達は、一斉にたぬきちに襲いかかった。

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