終戦 戦記

黎旗 藤志郎(くろはた とうしろう)

第一章 第一話 戦火での戦果

   大葦原帝国 北方戦線。
   葦原歴三十二年十二月十七日。旧県名滋賀県の保有する琵琶湖より北の戦線を、大葦原帝国は北方戦線と称している。その北方戦線に対して、昨夜未明グレン国は壁付近に常駐する帝国軍を奇襲に近い形で攻撃を行い、塹壕や土塁といった防護施設を迅速に展開していた。
     これに対し、帝国軍は、即座に奪われた土地の奪還を目指し、帝国軍を、編成させ、本日十八日正午、両軍は武力衝突する。 


    けたたましい銃声、地面を揺らす砲撃の音は、一人の青年将校の戦意を駆り立てた。
     舞う砂塵の中で、青年の持つ瞳は紅く、白き髪は大葦原帝国人としての潔白を表す。
「桜花〇三小隊、一人残らず頭のイカれた共産主義者どもを殺せ!」
と突撃の号令をかける青年の少年の名は、
市木 聖滉いちき きよひろ
といい、階級は齢十八にして国軍省の少尉(関する。
    紺色を基調とし、胸部には赤い桜の模様が入る軍服、彼の腰に挿す刀を抜き、市木も敵陣へ突撃する部下に続く。
    冬の寒さに呼応した市木の息は、白息と化し、市木は祈るように言う。
「帝国が為、我が血を捧げんとす。」
   刀身のない、黒い柄からは見る見るうちに、赤黒い刀身が姿を現す。赤黒い刀身を伸ばす刀は、市木の神速とも言える一振一振に、付いていく。
     彼らは銃器が主流となる時代で、『桜血刀おうけつとう』と呼ばれる、自身の血液中に含まれる鉄分で、刀身を精製する刀を使う。
    この技術は、鉄資源に乏しい大葦原帝国が考案し、作り出した技術であり、大葦原帝国の科学技術が持つ賜物だった。
    しかし、この桜血刀を扱うことが出来る人間は限られており、身体的適正のある極めて稀な者にしか扱えない代物である。桜血刀を扱うためには適合手術を受けなくてはならない。手術と同時に身体能力を向上させる手術も行われる。手術では動体視力、痛覚鈍感、走力、筋力、持久力その他様々な身体能力が向上される。人員は限られ、希少ではあるが、様々な局地戦において華々しい戦果を挙げているのも事実である。
     そんな彼らを人はこう呼ぶ。
桜血隊おうけつたい
と。
    名前の由来は、華々しい戦果を挙げることから、帝国国花の『桜』、自身の血液で戦うことから『血』の文字から『桜血隊』とされている。無論、『桜血刀』もここから、由来する。市木率いる桜花〇三小隊以下二十人の帝国軍人も、桜血隊の一員である。
    ダダダダッ
と塹壕より前にいる敵から小火器による掃射が行われるが、身体能力を、向上させた彼らにとって弾丸の速さなど目で追えるのだ。敵方から放たれる弾丸を身軽によけ、市木は、柄を強く握りしめる。
「赤い桜の模様…。あいつらは桜血隊だ!」
   1人の兵士は、戦慄し、負の感情は周りにいる兵士へと伝染していった。
    彼らの速さは人外の域であり、すぐさま敵の眼前にまで迫る。市木の振る桜血刀は、見事に敵の体を切り裂いていき、部下達も次々に敵を切っていった。
    しかし、何人かの小隊員たちは、切り伏せたグレン国兵士の死体と同じように横たわる。いくら、身体能力を向上させたとはいえ、所詮は脆い人体には変わりは無いため、銃撃をくらえば、一般人と同じように死ぬ。
「グレンの共産主義者はこんなものか。呆れる。」
「少尉!敵塹壕が見えてきました。こちらも既に五、六名の死者が出ています。」
    市木の傍で桜血刀を振るう者の名は、
榎並 倫太郎えなみ りんたろう
階級は、伍長である。
「あぁ、分かっている。このまま、押し切るぞ!」
     銃を持つ者にとって、近距離戦闘など御法度。刀の間合いに入られた、グレン国軍人は為す術もなく、切り捨てられていった。
    市木の小隊員たちも少なくない犠牲を出し、遂に市木の小隊は敵塹壕の直前にまで迫った。
     市木が率いる小隊は、各々が殺した兵士の返り血を浴び、「敵を殺さん」とする鬼畜の眼光は、敵を畏怖させ、戦意を削ぐには充分すぎるくらいであった。
「各員。展開。」
     市木の後ろへ連なる小隊員たちは、塹壕に沿って横一列に並んでいく。小隊員と同じく、返り血に染まる市木は口角を上げた。
「やぁ、グレン国軍の諸君。兵士たるもの最後の一兵卒に至るまで、戦意はちゃんと灯しておくものだぞ。」
    グレン国の兵士は銃を捨て、床に腰を落とし、下顎をガクガクと震わせる。完全に戦意は消失しているが、市木は続けた。
「貴官らのその精神力…。軽蔑に値する。」
    震えの治まらない下顎を持つ一人の兵士は、今の市木率いる小隊を的確に現す言葉を放つ。
「ば…化け物め…。」
「言いたいことは、それだけか…。武人の風上にも置けない弱卒だな。」
    薄ら笑いから、無常の顔へと変わる。市木は、人差し指と中指を立て、敵塹壕へ振りかざすハンドサインをした。
「各員。滅殺せよ。」
    塹壕の上にいる隊員たちは、次々に敵塹壕内へ降りてゆき、無抵抗の兵士たちを惨殺していく。塹壕内には甲高い悲鳴と男の断末魔が聞こえる不協和音が鳴り響いた。
    その様子を、市木と榎並は塹壕の上から直接手を下すことなく見ていた。
    無表情で見る市木。
    地獄絵図から目をそらす榎並。
    両者のとる行動は、心境の表れなのだろうか。
(ここまで…する必要はあるのか…。)
「榎並伍長。貴官は今、ここまでする必要はあるのかと疑問を抱いているな。」
    榎並の体は、市木からの想定外の言葉に一瞬体を大きく震わせる。
「そ…そのようなことは。」
「貴官は分かっていないのだ。こいつらを逃がせば必ず武器をとって相対することとなる。私の副官であるならば、これくらいは理解しておけ。我が帝国に捕虜を養う予算などないしな。奴らは必ずまたここへ来る…。私のようにな…。」
「肝に銘じておきます。」
    市来が発した言葉の最後の意味は分からなかったが、「これも帝国のためだ。」と榎並は自分自身へ言い聞かせた。

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