悪魔座

不動 聖

依頼人

海沿いのオフィス街から少し離れた住宅街を足早に歩いている女性がいる。

髪は少し茶色掛かったロングヘアー、目鼻立ちの整った美人で、歳は二十代中頃だろう。

白のブラウスにひざ丈の黒いタイトスカートという服装はいかにもキャリアウーマンを連想させる。

その美女こと春日麗奈は知人のライターに紹介された探偵事務所に向かっていた。

腕時計を見ると午後2時。
すでに約束の時間から一時間も過ぎてしまっている。

今日の仕事は午前中で終わるはずであった。

生放送で全国ネットの人気情報番組。
その中で各地域の料理店を紹介するコーナーがあり、麗奈はリポーターとして老舗料亭で店の紹介と食レポをする事になっていた。

だが、コーナーが始まる開始の合図を待っていた時、突然番組の途中で緊急速報のニュースが流れて来た為、番組内容が大きく変更になったのである。

番組スタッフの指示で麗奈は撮影班と共にしばらく待機していたが、結局その日の撮影は延期となり、今後の日程調整の打ち合わせが長引いてしまった。

解散になった時点で1時を過ぎていた為、探偵を紹介品川に電話を掛けるも応答がない。

仕方なく急いでタクシーに乗り込み、近くまで来た時にはすでにこの時間になってしまった。

(こんな事なら探偵事務所の連絡先を聞いておけば良かった)

軽く後悔しながら教えられた場所へ急ぎ足で向かう。

(それにしても今時インターネットにも載せていない探偵事務所って本当に信用できるのかしら)

間に合いそうに無ければネットで電話番号を調べてれば良いと思ったのが、いけなかった。

インターネットのどこにも月陰探偵事務所の情報が無かったのである。

忙しかったせいもあるが事前に確認しなかった自分も悪い。
焦りと自分自身へのイラつきで少し顔が熱くなってくる。



子供の頃から麗奈は人に何かを伝える仕事につくのが夢であった。

大学進学と共に上京し勉強とアルバイトに励む一方でアナウンススクールにも通って厳しいレッスンをこなしていた学生時代。

休む間もなく体を酷使する日々が続き、疲労で倒れそうになったことも気持ちが折れそうになったこともあったが、夢の実現の為に歯をくいしばって耐えてきた。

その甲斐あってテレビ局のアナウンサー採用試験を受け見事一発合格。

大学卒業と共に入社した直後にメイン番組で起用され、新人アナウンサーとして出演するとすぐに人気が爆発。

局の後押しもあり大型新人としてメディアへの露出も多かった為、僅か数年で局の看板アナウンサーまで上り詰め、ピーク時はレギュラー番組数本。
ドラマにも端役で出演するなど、まさしく人気絶頂であった。

しかしその人気の最中、状況が一変する出来事が起きる。

数ヶ月前、突如大物俳優とのスキャンダルがスクープされたのだ。

その俳優とは何度か共演したことがあるし打ち上げでも話をする機会も多かった。

普段から優しく、誰にでも気軽に話しかける親しみやすさもあったので好印象を持ってはいたが、そもそも相手は子持ちの妻帯者。

麗奈にとって異性としての感情は全く持っていなかったが、ある日の打ち上げ終わりで二人になった時にホテルに連れ込まれそうになった事がある。

麗奈はその場を走って逃げて事なきを得たが、その一部始終をパパラッチに撮られていた。

そして週刊誌に都合の良いところだけを掲載された挙げ句、不倫スキャンダルとして大きく報じられる。

麗奈はテレビやSNSを通じ必死に誤解を訴え続けたが事態は収まらず、世間の対応も冷たくそのまま人気が急落。

徐々に担当していた番組からも降板させられ、今まで親しくしていた人間達も離れていった。

テレビ局内での周囲の冷たい視線や肩身の狭い思いが続き、とうとう耐えられなくなると入社当初から慣れ親しんだテレビ局を退職した。

フリーになってから数か月が経ち、少しずつ仕事も入ってきてはいるが収入面では局アナ時代と比べると目を覆いたくなるほど減少している。

空いている時間を使って新聞やニュースをチェックをしたり、営業活動も行っている。

その為、心身共に疲労が蓄積していて、特に25歳の年齢で感じるとは思わなかった肩凝りがひどい。

(そういえば最近マッサージにも行けてないな)

全身の筋肉の張りを感じ、改めて体へのケアが足りていないことを実感する。

軽く自分で肩を揉みながら歩いていると携帯のGPS機能がゴールを示す住所の建物にたどり着いた。

(・・ようやく着いた)

大きなため息をつきながら見上げると、その建物はヨーロッパを思わせるレンガ調の一軒家。

探偵事務所と言うよりどちらかというとイタリアンレストランの様に見える。

良く見ると小さく門扉の柱に小さく【月陰探偵事務所】の看板が掛けられていた。

(ここに間違いないようね。でも、本当に大丈夫かしら)

麗奈は不安を感じながらインターホンを鳴らした。

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