世界最強のゾンビになって生き返ったが、とりあえず元の世界に帰る旅に出る

カイガ

56話「助けないワケ」



 移動の途中、俺はずっと視線を感じていた。いくつもの視線を感じていた。
 視線の主は分かっている。このクエストで生き残った冒険者どものだ。そういえば冒険者たちの犠牲者数は奇跡にもゼロだったそうだ。死んだのはドラグニアの兵士だけだとか。群れを分割させて戦ったことが大きかったそうだ。それでも死んでいった兵士どもは、よほど勝手を犯したんだろうな。愚かだな。
 で、周りの冒険者どもだが、俺に向ける視線はあまり良いものではなかった。
 
 「赤い髪の娘を背負っている少年、あいつがそうだ。一人で四体のGランクモンストールを瀕死状態まで追い込みやがった」
 「いや、俺あいつが戦っているところ見たんだが、あれは余裕で殺せていたはずだった。死なないようわざと加減していたんだ。手を抜いてGランクを死寸前にまで追い込んだんだぜ」
 「なんなんだあいつは?災害レベルの敵を何体も同時に圧倒するなんて、普通じゃねぇぞ」
 「モンストールよりも化け物だぜあいつ……恐怖さえ抱いてしまう」
 「そうは言うけどよ、あの少年が来なければ俺たち全滅してたんだぞ」
 「ああ、感謝くらいはしないと……命を救ってくれたんだからな。というわけだから、誰か礼を言ってこいよ」
 「嫌だよ、なんか近寄り難いっていうか。あんな化け物みたいな戦い方を見てしまったしな……」

 遠巻きに俺を畏怖するような言葉が飛び交っている。俺を気味悪がっている奴、怖がっている奴ばかりだ。中には感謝するべきだっていう声も聞こえるが、誰もそのことを俺に伝えようとはしない。

 (はぁ、やっぱり異物扱いされるか)

 まあ予想できたことだ。俺のこの力はこの世界の常識から外れたものなんだろう、人族の世界では特にだ。恐らく有史始まって以来の怪物が俺なんだろうな。
 まあどうでもいい、こんな奴らからどれだけ嫌われて避けられようが何の苦痛にもならない。
 そういうわけで俺は周りの声や視線を気にすることなく病院施設へ向かった。

 アレンたちの奮戦のお陰で村の被害は大したものにはなっていなかった。中心部なんかは無傷だ。そこに病院施設があり、中もしっかり整っていたので遠慮なく使わせてもらった。
  村に残っていた民の中から医療の知識と経験がある奴を呼んでもらい(俺が行くと色々こじらせてしまいそうだったから)、アレンたちとついでに他の冒険者どもの治療を任せた。

 (うーん、人を治すのって難しいな…)

 アレンの負傷した脚の治療を手伝いながら内心で呻く。これまで俺は多くの敵から固有技能を「略奪」してきたのだが、「回復」系の固有技能は手に入れていない。どれも敵を殺す為のものしかない。治すのではなく壊すしか能が無い俺だ。
 「回復」という単語が頭に浮かぶと同時に、その固有技能を使いこなしていた人物をうっすら思い出す。かつて俺のクラスの副担任をしていた奴だ。もう会うこともないだろうそいつのことを、この時何故か思い出してしまった。
 
 「アレン、傷はまだ痛むか?体力は戻ったか?」

 余計な思考を止めてアレンの治療に意識を集中する。右脚の傷はけっこう深いものだった。モンストールの牙で貫通されたと聞いた。出血量は命に関わる程ではないものの、歩くことは無理な状態だ。
 しかもアレンが負ったのは物理的ダメージだけではなかった。アレンに深手を負わせたモンストールの牙には闇属性が付与されていて、それによって体力と魔力が著しく枯らされたらしい。心身ともにアレンはかなり負傷しているってところだ。

 「うーん……右脚はまだ動かせないかな。体力と魔力も、元に戻せるまでだいぶ時間がかかりそう」

 アレンは強がるようなことはせず冷静に今の自分の状態を分析して正確に診断した。よく見ると顔色が若干悪いな。闇属性の魔力をかなり流し込まれたそうだな。

 「アレンの体内には敵の魔力がまだ入っている状態らしい。回復薬を摂取することで消すことができるらしいけど、けっこう時間がかかるみたいだ。すまんな、俺に回復系の技能があればすぐに快復させてあげられたのに」
 「ん、気にしないで。コウガのお陰でみんな失わずに済んだし。災害レベルの群れとの戦いでこれくらいの傷で済んだのはとても良い方だったから」
 
 そう返したアレンの言葉は本心から出たものだろうなと、彼女の顔を見て思った。アレンたち鬼族は前にも今回と同じくらいの規模の敵に里を襲われて、大勢の仲間たちと里そのものを滅ぼされたって話だった。対して今回は誰一人として犠牲者を出さなかった。そのことがアレンにとってはすごく嬉しくて安心したんだと思う。

 「それより、コウガ。クィンたちにモンストールたちの止めを刺させたって聞いた。わざと死ギリギリの状態にさせて、みんなを強くする為に残したんだって。私も、止めを刺したかった…」

 アレンは少しむくれた顔で俺をじとーっと見つめる。けっこう拗ねてる感じだなこれ。

 「悪い…。アレンだけ全く動けなかった状況だったし、仕方なく……な。その代わり今度は一緒にああいったレベルの敵と戦おうぜ。いっぱい戦って強くなろう。俺がついてやるから」
 「コウガと一緒に?二人で……?」
 「ああ二人でだ。コンビ組んでモンストールや魔物どもを狩りまくろう」
 「………うん。二人で一緒に、コウガとペアで…!約束だよ?」
 「ああ。次は必ずだ」

 アレンは大変満足したらしく、頬を少し赤らめて緩んだ笑みを浮かべた。機嫌を悪くさせずに済んだようでよかった。
 慣れない治療作業を済ませてアレンを安静にさせる。この状態だと明日も休ませる必要がありそうだ。今日含めて二日くらいはこの村に泊まろうか。明日には残っているモンストールの群れがドラグニア王国を襲ってそうだな。
 あんな国がどうなっても俺には関係無い。助けに行く価値も無い。まあほんのレベル上げとして、後日ゆっくり討伐しに行くのもありだとは思っているが。まあ案外連中が群れを返り討ちにする可能性もあるかもな。
 そんな考え事をしていたら向こうからこちらに近づく気配がしたので見ると、クィンが俺のところに来た。

 「コウガさん……改めて、私たちとこの村を救っていただき、ありがとうございます」

 クィンはぺこりと丁寧にお辞儀をして礼を述べた。

 「そんなにかしこまらなくてもいいぞ。クィンたちも俺にとっては知らない仲だし。むしろ一緒に旅をしているパーティメンバーだしな。目の前でピンチに陥ってたら助けるさ」
 「パーティですか、嬉しいです。ですがここは、兵士としてのお礼を言わせてください。さっきのは私個人としてのお礼でしたので」

 さっきってのは戦場でのことか。兵士としてって、いちいち律儀だな。

 「………アレンさんの負傷の原因は、私にあります。モンストールと打ち負けて不覚を取ったところを襲われて、そこをアレンさんが助けてくれたんです。結果彼女があのような傷を負ってしまいました。アレンさんが割って入ってくれなければ私が今のアレンさんのようになっていたか、殺されていたのかもしれません…。私が未熟だったばかりにアレンさんを窮地に立たせてしまいました」

 クィンは自責の念にかられた様子でアレンが負傷した時のことを語った。クィンの肩に手を置いて話を続ける。

 「アレンは、仲間想いで優しい子だ。アレンがああしたってことは、クィンのことも鬼族たちと同じくらいに仲間だって思ってるんだろうよ。アレンにもしっかりお礼を言わなきゃだな。“私のせいで傷を負わせてしまってごめんなさい”じゃくなく“助けてくれてありがとう”って」
 「そう、ですね…!アレンさんも私にとって命の恩人です」

 クィンは俺の言葉を嬉々として聞き入れた。話は終わり……かと思いきや、クィンはまた深刻そうな顔をして俺を見た。まだ何か言いたげだな。

 「さっきコウガさんは、他の冒険者の方々は助けたつもりはなかったと言っていましたね…。コウガさんはこの村に来るまでにもいくつかの町や村へ行って、侵攻してきたモンストールの群れと戦ってきたのでしたよね?」
 「ああ、ドラグニア王国へ向かったの以外の群れは、俺が殲滅しておいたぞ」
 「そのことは、兵士として感謝しています。ですがその……町や村にいた民や冒険者の方々は、どうなさったのですか?」
 「どう、とは?」

 質問の意味は分かってはいるがあえて尋ねてみる。

 「今回の私たちのように、窮地に陥っていた人々を助けることをしましたか…?」

 クィンはどこか縋るような感じで尋ねてきた。対する俺は淡々と答えを言う。

 「率先して人助けをする…なんてことはしなかったな。俺はただモンストールどもを討伐することだけに集中していた。その結果助かった奴らは何人かはいたが、正直どれだけ助かったのかは分からん」
 「…………本当に、あなたはただ、モンストールを討伐することに専念しただけだったのですね…」
 「エルザレスの屋敷で言った通りだ。“人助け”はしないって」

 (村や町の民を助けには行かねーけど、モンストールの群れと戦うだけなら、手を貸すぜ)
 (誰かも知らない奴なんかを積極的に助けようとなんて、俺は思わない)

 クエスト前に屋敷でクィンに言った言葉を思い出す。あの通りに俺は動いた。どの村も町も、顔も名前も知らない民や冒険者を意図して助けたことは一度もしなかった。
 俺の目はただ敵しか映さなかった。鍛錬の成果を試すことしか考えず、人命救助など全くの無視。屋敷で宣言した通りだ。

 「あの時言ったことは、冗談だと思ってました。そう…思いたかった……。けれど結局あなたは……あの言葉通りにしか動かなかったのですね……」
 
 クィンは悲しそうに俯いた。俺が人助けしなかったことがそんなに残念なことだったらしい。

 「やっぱり私は、コウガさんにはその圧倒的力を使って多くの人々の命を率先して救って欲しかったです。それだけお強いのならば、多くの誰かを守ることは可能だったはずです。たとえ敵が災害レベルだろうと……っ」
 「まあやろうと思えば出来たかもな」

 クィンはキッとこちらに視線を飛ばす。その目には悲しみと非難が込められている気がした。

 「もう一度あの時の質問をしていいですか?コウガさんは何故、他人を助けようとしないのですか?それだけの力を持ちながら…目の前に窮地に陥っている人がいても、そうしないのはどうしてですか?」

 その問いにあの時答えた通りに答えようと思ったが、クィンの目を見た俺は少し黙って考えて、あの時とはまた違った答えを言っていた。

 「見捨てられたから」
 「………!?」

 ポツリと出た一言を聞いたクィンは予想外といった反応を見せる。

 「俺は生前……ドラグニア王国での実戦訓練で誰も敵わないモンストールに襲われて、俺だけ逃げ遅れて……そして誰からも見捨てられた。まあそのことはもう話したよな?
 あの時思ったんだ、俺はまだ助けられたはずだろうって。よくよく思い出してみると、誰かが手を差し伸べてさえくれれば…俺はまだ助かったはずだったんだ」
 「コウガ、さん……」
 「けど……あいつらはそうしなかった。弱かった俺を切ろうって、あいつらは一致して俺を助けることを止めたんだ。わざとそうしたんだ。元クラスメイトだけじゃない、王族や兵士どもまで……!
 死んで復活した俺は思ったんだ……一緒に召喚された連中も、この世界の人間も、ほとんどがロクな奴じゃねぇって。実際そうだった。ここに来るまでの俺がどれだけ蔑まれてきたか…!どいつもこいつも人を見た目で判断しやがって。で、力を見せたら今度は異物扱いしやがる。俺をモンストールみたいな知性の無い化け物と同列にしようとしやがる。人族なんかは特にそうだ。民度の低いクズどもが…!」

 次第に感情的になってしまいつい声を荒げてしまう。その声を聞きつけた鬼族たちや他の冒険者どもが俺たちに視線を向けてくる。

 「そんなロクでもない連中を、俺が助ける?ふざけないでくれ。勝手に殺されてればいいんだ!俺を助けようとはしなかったこんなクソ世界の仲間でもない人間どもの命を助ける?やってられるか!」

 ギロリと、俺はクィンに怒りの目を向ける。それだけで彼女は萎縮した。

 「クィン、屋敷では俺にこんなことを言ってたな……“力ある者は力無き人々を助ける為にその力を使うべきだと考えている”と。そりゃけっこうな思想だ。お前はその考えを大事にしていけばいい。
 けどな……その思想を俺に押し付けるのはナシだろ?俺は俺の思うように動く。人を助けて欲しいなんて、俺には二度と言うな」

 クィンは何も言い返さなかった。ただ……俺に悲しげな視線を向けるだけだった。どこか俺を憐れんでさえ感じられる。周りの連中も何も言わないでいた。単に俺が怖いとかそんな理由だろう。
 俺は病院施設から出て行き、あてもなくぶらつくことにする。
 今のは、きっと八つ当たりなんだろうな…。この世界に来てから死ぬまでのこと、死んでからのこと。色々鬱憤が知らず知らずのうちに溜まっていたんだ。
 気にしてない、どうでもいいと口に出して心中でも呟いてみたものの、実際は気にしていて不快感もあったんだ。
 俺はけっこう神経質で短気なところがあるってことなんだろうな。んで、クィンに他人を助けようとしなかったことを咎められたことで、ついキレちまった。
 かつて遭遇してきたクソな冒険者どもだけを判断材料に、この世界の人族はクソだと決めつけている。それがとても視野が狭いことだってのは分かっている。けどそう判断せずにはいられない。
 人間ってのは善いところよりも悪いところを見て評価を決める生き物だから。


 翌朝。無人の家を借りて寝食を過ごした俺は、今日はどう過ごそうかなと考えながら外に出て、アレンの見舞いに行く。
 病院施設に入ってアレンと会話していると、クィンが俺たちのところへ来た。

 「コウガさん、あなたに依頼します。
 一緒にドラグニア王国に来て下さい。モンストールの群れの殲滅に力を貸して下さい!!」  

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品