トップウォーター

銀足車道

フィクション

 アパートのインターホンが鳴った。葉光社の編集者だ。
「いやあ。大変なことになりましたね」
「ああ。どうしたものか」
「最終話どうします?」
「予定では、勅使川原と別れた後に俺と結ばれるはずだったのに。事実は小説よりも奇なり。とはよく言ったものですね。断筆って訳にもいけませんから、今から書きます」
 これまで小さなフィクションを織り交ぜながら書いてきたがここから先は百パーセントフィクションである。俺は小説を完結させた。

 『トップウォーター』最終話

 あの多摩川のかくれんぼの後、アカネさんは、勅使川原と別れた。
「修人君、これから会おうか?」
 アカネさんからのメールだ。窓を開けると初夏の風が申し訳なさそうに入って来るので、俺は大きく開けた。トーストにブルーベリージャム、それからコーヒー。俺は朝食を済ますと外へ出る。
「じゃあ、アカネさん。井之頭公園で」
「何時に?」
「さあ。見つけてごらん」
 メールを打ってから二十分と経った。俺はボート乗り場の近くのベンチに座り池を眺めている。葉桜が陽光を受けてキラキラとしている。恋人達が集まっている。俺は大きくのびをした。
 突然、後ろから目隠しをされた。暖かい手の感触。
「だあーれだ?」
「アカネさんか。見つかっちゃったね」
「スワン乗りたいんでしょ?」
「太陽をギザギザに」
 と、俺達の声が合わさって、顔を見合わせて笑った。アカネさんの笑顔は葉桜と同じように陽光を受けて光った。
 水面に浮かぶ太陽を目指してスワンをゆっくりと漕いでいく。
 水面の太陽は目の前だ。
「さあ、行こう」
「せーの」
 俺達は太陽をギザギザにした。アカネさんがゆっくりと目を閉じていく。初夏の井之頭公園に甘い口づけ。光の中で俺達は一つ。俺達から伸びていく光の道。手をつなぎながらゆっくり歩いて行くのだ。

「ちょっと短めだけどこれで『トップウォーター』は完結です」
 俺は原稿を編集者に渡した。
「次の連載について何ですが…」
「ああ、はい。AIについて書くつもりです。その前にしばらく休むつもりです」
「そうですか。わかりました。楽しみにしています」
 俺は伊豆に帰省するのだ。

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