トップウォーター

銀足車道

夜の多摩川


 あれから数日経って、アカネさんとは度々メールのやり取りをした。俺は確実に恋をしているが、アカネさんにとって俺はどういう位置づけなのだろうか。浮気相手だろうか。あの日、俺達は抱き合った。酔った勢いではなくて、悲しみの慰みという流れの中で、俺達は何度もキスをして抱き合った。確かに俺はマイナーコードだった。悲しくて暗い響き。けれどもメジャーコードと交わることで、悲しみは美しい曲へと昇華するのだった。ティッシュを三枚取り出すと俺はあの時のことを思い出してオナニーをした。
『今夜、聖蹟桜ヶ丘、多摩川河川敷で会いましょう』
 アカネさんからのメールが届いた。アカネさんの大好きな場所。
『何時?』
 俺は返信をしたが、返ってきたのは次の言葉だった。
『さて、何時でしょう。あたしを見つけてみて』
 俺は、聖蹟桜ヶ丘へ電車で向かった。アカネさんの出した体感型ミニクイズ、かくれんぼのようなものに正解しなければ、もう会えないような気がした。早めに行って、アカネさんが隠れる前に見つけてしまおうという算段だった。
 聖蹟桜ヶ丘駅に着いた俺は、足早に多摩川河川敷に向かった。空は夕焼け。五時のチャイムが鳴った。これをゴングにして俺はアカネさんを捜した。姿はない。おじさんが犬と散歩をしている。野球少年がバッドを片付けている。だんだん、日が暮れていく。川辺から河川敷を見上げてアカネさんがやってこないか確認した。アカネさんの姿はない。日が落ちた。満月が煌々と輝いている。街に灯りが燈る。星がちらほら。美しき東京の夜。
 河川敷を歩きながら、アカネさんの姿を探すがどこにもない。人もほとんどいない。時々河川敷を走り抜けていくランナーとすれ違うくらいだ。
 川の上流に行ったり、下流に行ったりしながらアカネさんを捜したが見つからない。まばらな人の顔を「こんばんは」と言って、顔を覗き込む作業には照れた。時計は午後十時を回った。発想を転換してみる。まさかとは思うが川辺、河川敷ではなくて、川にいたりしてと俺は川に目をやる。
 暗闇の中、白い服を着た女性が川に腰までつかっている。アカネさんに違いない。女性は腰をかがんで川の中へ沈んでいく。いけない。俺は水しぶきを上げながら駆け足で川に入った。女性の元へ向かう。女性が顔を沈める寸前で俺は抱き上げた。
「一体、何してんだ!」
「えへへ。見つかっちゃった」
 俺はアカネさんをおんぶすると川辺をまで歩いた。アカネさんを芝生の上に静かに下す。
「さすが、修人君」
 俺はアカネさんを強く抱きしめた。
「死んじゃダメだアカネさん」
 俺の目から大粒の涙が零れた。鼻水もだらりと垂れてぶらぶらと揺れた。
「好きなんだよアカネさん」
「その言葉、ずっと聞きたかった」
 アカネさんは微笑んでいた。
「あたし、決めた。トキアと別れる」
 アカネさんは清々しく言った。
「その言葉、ずっと聞きたかった」
 俺はそう言って鼻水を服の袖で拭った。

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