トップウォーター

銀足車道

やっちまった

 俺はアカネさんと相合い傘。傘を叩く雨の音。歩調を合わせる。鼓動は一定のリズムを刻む。見慣れた風景もアカネさんと一緒だと違って見えるから不思議だ。まるで小さな探検。
「アカネさん、用事って何だったの?」
「ちょっとね。下北沢どうだった?」
「伊豆みたいな雰囲気があったな。居心地が良かったよ。ルアーも見つけたし」
「ルアー?そんな店あるんだ」
「丸助っていうんだ。見せるよ」
「丸助。面白い名前だね」
 ビルが姿勢を正して並んでいる。三鷹という教室で行儀よく。そして授業が始まる。そういう新しい予感で溢れている。
 アパートに着いた。
「アカネさん、上がって上がって。これが丸助だよ」
 そう言ってアカネさんの方を見て驚いた。目の下に紫色をしたアザが出来ている。
「どうしたの。そのアザ?」
「修人君、あたしもうダメかもしれない」
 アカネさんの目から涙が零れ落ちた。俺はそんなアカネさんをそっと抱きしめた。理由は聞かない。どうせ勅使川原だろう。
「アカネさん、俺がついているから」
 アカネさんは俺の腕の中で声を上げて泣いた。それから俺はアカネさんにキスをして寝た。やった。つまりセックスをした。激しい雨の音の中で俺達は混じり合った。
「俺はマイナーコード?」
「うふふ」
 ベッドから起き上がると、俺は丸助を取りにデスクに戻った。アカネさんに見せるためである。すると、アカネさんの携帯電話が鳴った。
「トキアからだわ」
「貸してみて」
 俺はアカネさんから携帯電話を奪った。
「もしもし。勅使川原か?」
「ちっ、何だよ。おめえかよ。アカネに代われよ」
「嫌だ。お前さあ。アカネさんのこと大切にしないなら別れろよ。ムカつくんだけど」
「はあ?何でおめえに説教されなきゃなんねえの?」
「いいから別れろよ。可愛そうだろ」
「何、とぼけたこと言ってんの?アカネは俺に惚れてるんだ。面倒くせえなもう。切るぞ」 
 電話が切れた。アカネさんは眉をへの字にして困惑した表情を浮かべている。
「アカネさん、勅使川原のことまだ好きなの?」
「それがわからないんだな。好きなのかもしれないし、好きじゃないかもしれない。困ったことに嫌いじゃないんだ」
 アカネさんは眉をへの字にしたまま笑った。
「俺が略奪したいって訳じゃなくて、アカネさんのことを想うとやっぱ勅使川原は止めたほうがいいと思う」
「そうだよね。ごめんね。心の整理がつかない」
 アカネさんは布団を頭から被った。俺の手の上から、丸助はアカネさんを睨んだ。俺はキッチンに行ってガスコンロの火を点けた。ヤカンでお湯を沸かしてコーヒーを淹れた。アカネさんのいるベッドに向かうと、アカネさんはすやすやと、小さないびきを立てて眠っていた。俺は一人でコーヒーを飲んだ。

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