トップウォーター

銀足車道

葛藤

 携帯電話が鳴った。アカネさんからだ。ざわつく心を落ち着かせて、いつもよりワンテンポ遅れで電話に出る。
「ごめん、修人君。ちょっと急用が入って行けなかった」
「ああ。いいよ。下北沢を堪能できたし」
「今から行ってもいい?」
「え?」
「修人君のアパート」
「あ、ああ。いいよ。三鷹駅に着いたら連絡頂戴」
「うん」
 アカネさんがアパートに来る。俺は拳を天高く上げた。丸助がこちらをじっと見ている。俺は部屋に散乱した本を棚に戻し、空き缶やペットボトル、煙草の箱、ポテトチップスの袋などをゴミ袋に入れた。小さな引き出しを開けて、コンドームを確認した。俺は腕組みをして、しばらく立ち止まった。浮気は不純だよな。俺はいたって純粋にアカネさんを想った。そしてコンドームをゴミ袋に投入した。外のゴミ捨て場にゴミ袋を置いた。これで俺とアカネさんがセックスをすることは無くなった。張りつめていた緊張の糸は緩んだ。緩んで思うのは、アカネさんとセックスしたいということだった。俺はもう一度、ゴミ捨て場を見た。溢れてくる後悔と迷い。一陣の強い風が吹いて俺を冷静にさせた。俺はゴミ袋からコンドームを取り出すとポケットに入れた。
 コーヒーを飲みながら執筆していると携帯電話が鳴った。『三鷹駅に着きました』と、アカネさんからのメール。俺はノートパソコンを閉じると玄関を出た。雨が降っていた。
 歩きながら俺はまだ迷っていた。性欲と冷静。本能的なものと理性的なものがうごめいていた。浮気は不純だよな。
 三鷹駅に着いた。アカネさんを捜す。赤、黒、透明、青。カラフルに街を彩る傘。構内に入ると改札の近くに帽子を被ってサングラスをかけたマスク姿の女性。周りと違う雰囲気。俺の顔を見た女性が近づいてくる。
「やあ、修人君」
「アカネさん。ちょっと怪しいなその恰好」
「そうでしょ。でも一応、変装しないとね」

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