トップウォーター

銀足車道

敗北宣言

 もうすぐ昼になる。釣りを始めてから二人ともアタリすらなかった。七月も終わる頃だ。一匹も釣れないまま、七月の釣行を終えてしまう。ルアーに水面を泳がせているだけの遊戯。何かが足りないとマスターは言ったが、それは一体何?心の充足ではなかろうか。アカネさんによって満たされていた心が、しゅるしゅると消えていって無くなってしまった。俺の動かすルアーには魅力がないのだ。俺は敗北宣言をした。
「ゆかりちゃん、釣りもうダメかもしれない」
「え?そんなあ。あたしは楽しいですよ。釣れなくても。修人さんと一緒なら」
「本当に?うれしいな。俺は釣れる気がしないよ」
 ゆかりちゃんの好意を胡麻化して俺は続けた。
「ルアーに魅力が無いんだよ。生命は吹き込んでるつもりだけどさ。もう一押しがない。このままじゃ一生釣れないし、いやまぐれで釣れたとしても、それは俺の釣りじゃない。よって、私、寺尾修人はここにバスフィッシングにおける敗北を宣言致します」
「あはは。何ですかそれ?本当に止めちゃうんですか?せっかく楽しいのに」
「ゆかりちゃん、こればかりはしょうがない。俺は悟ったんだ。わかってしまった」
「じゃあ、もう私達会えないんですか?」
「釣り以外で会おうよ。釣りだけの関係じゃないんだって」
「それじゃあ。これから美術館行きません?近くにあるんですよ。サルバドール・ダリの絵が」
「ダリかあ。いいね。行きたいけど今日は遠慮しておくよ。また今度にしよう」
「そっか。残念です。次回、楽しみにしておきますね」
 敗北宣言後の喪失感で俺は美術鑑賞どころではなかった。心に平穏が戻ったらゆかりちゃんと行くことにしよう。今のままの気持ちじゃ、ゆかりちゃんにもサルバドール・ダリにも失礼だから。

「トップウォーター」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く