トップウォーター

銀足車道

約束

『今日は楽しかったです。また釣りに行きましょう』
 家に帰るとゆかりちゃんからのメール。俺はコンビニで買ったパスタを食べながら返信をする。
『俺も楽しかったよ。また行こうね』
 するとすぐに返信が来た。
『いつにしましょう?』
『来週の日曜日はどうかな?』
『OKです。また連絡します』
 こうしてゆかりちゃんとの約束が決まった。けれども心が乗らない。そればかりか少し面倒だったりする。アカネさんとの釣りに比べて楽しみ五十パーセントオフ。大安売り。まいったな。それはアカネさんと比べているからだと気づいた。
 テレビの音楽番組。ゲストはアカネさんだ。アカネさんは熱愛騒動について聞かれて「ご想像にお任せします」と答えた。俺は想像する。勅使川原はアカネさんの手料理を食べて、白い歯を見せながら「おいしいね」なんて言ったりしてキスをする。最悪だ。俺はテレビを消した。
 俺のこのやりきれなさを埋めるのは、ゆかりちゃんだ。俺は心を無理矢理、ゆかりちゃんに向ける。食べ終えたパスタのオレンジ色が、白い容器にへばりついていた。

 一週間後の一碧湖。夏は真っ盛りでセミはやかましく鳴いていた。大合唱だ。生命の歌だ。それは、俺とゆかりちゃんの新しい恋の讃美歌となり得るだろうか。
「ゆかりちゃん待った?」
「いいえ。今、着いたところです」
「どこから攻めようか」
「また浜からで」
「OK」
 浜に着くと子ども達がカラーボールでキャッチボールをしていた。黄色いカラーボールは夏の青空に曲線を描いて飛んで行った。
「修人さんは、スポーツは何かするんですか?」
「いや、運動音痴でスポーツは全然ダメ。しいて言えば釣りかな。ゆかりちゃんは?」
「あたしは、小学生から高校生までバスケットボールしていました」
「バスケかあ。まったく意外だな。ゆかりちゃんは、木漏れ日に当たりながら、読書しているイメージだな」
「あはは。そうですか。本はあんまり」
 夏の日差しにやられて地面に干からびたミミズ。ブラックバスに食われるより先に絶命した。ミミズだって何かを食って、食われる運命にあった。衰弱して死ぬのと、食われて死ぬという自然に押し付けられた二択の中でさまよった。
「ゆかりちゃんは今日もワーム?」
「はい。それしかわからないので」
 考えてみれば、俺もルアーはトップウォーターしかやっていない。水面の芸術に心を奪われたが、水中を想像することにだって醍醐味があるかもしれない。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品