トップウォーター

銀足車道

初夏

 ピピピピピピピ。目覚ましが鳴る。目覚ましが一番輝く瞬間。ピピピピピピ。最高潮のボルテージ。けれどもうっとうしい。頭がズキズキと痛い。またやってしまった。飲み過ぎた。マスターに相当な愚痴を言ったに違いない。「マスター、昨晩はすみませんでした」一言、メールを送った。俺はため息をついてベッドに仰向けになる。俺の恋は終わった。本当に俺にはもう何もない。真っ暗闇。灯りなんてどこにも見当たらない。闇の中で、ロッドを振り続けるしかない。あとひと月後には静岡踊り子文学賞の発表。きっと、それもダメだろう。俺は新聞を床に広げ、アルバイトの募集欄を見つめる。大きなため息がそこに降りかかる。そこにボリーがやって来て新聞をくしゃくしゃにした。
「そうだな。散歩の時間だな」
 首輪にリードを付けて外に出ると燃えるような日差し。危うく俺は焦げそうになった。七月の半ばにしちゃ暑いな。真夏日だ。厚い毛に覆われたボリーもこれには参っているに違いない。ボリーを見る。ボリーはこちらを見つめ返して、パチリとウインクすると、勢いよく坂道を登っていく。身体が重い。俺は引っ張られるようにして登って行った。
「ボリー、少し休もう」
 坂道を登り切ったところで俺の息は完全に切れてしまい、その場に座り込んだ。汗が地面にポトリと落ちて小さなシミをつくった。横を見るとキレイな百合の花が咲いていて、白く可憐な花はちっとも暑さを感じさせなかった。その上に股を広げたボリーはどっさりと糞をした。白い花はそれを軽く受け流した。これから、本格的に夏がやってくる。
 家に戻ると携帯電話が鳴っていた。俺は素早く動きそれを手に取る。マスターからだ。
「修人、今日暇か?」
「毎日暇ですよ」
「そうか。じゃあ釣りに行こう」
「えっ、いいんですか?」
「決まりだな。十時に一碧湖で」
 車のラジオからは例の熱愛宣言が話題に上っていて、アカネさんの方は沈黙を決めているらしかった。新人歌手に熱愛はマイナスでしかないとか、勅使川原トキアの出演する映画の宣伝になったとか、勅使川原トキアには責任感と男気があるなど。そんな話で盛り上がっていた。俺は釣りに集中しよう。集中しようとするのだが気になってしまう。芸能ライターは結婚間近との見解を示した。俺はたまらなくなってラジオを消した。車のエンジン音、空気を切り裂く音は心地よかった。今日、四十センチ超えのブラックバスを釣ろう。そう決意した。

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