トップウォーター

銀足車道

ショック


 喫茶店ロゴスに俺はいて、シーフードピザを注文する。しばらくして、運ばれてきたそれに心は踊る。ブラックバス釣りをする人をバサーと呼ぶといったが、俺はシーフードピザーだ。しかし、しばらくシーフードピザは食べられなくなる。それは雇用保険が切れたことが大きく影響している。貯金を崩しながらの生活で、静岡踊り子文学賞を逃すとなればいよいよ定職につかなければならない。この三か月、ブラックバス釣りの方は順調といえば順調。あいまいな表現にしたのは、五月、六月の釣行では、三回行けば一回は釣れるくらいだったが、今月の七月からはまったく釣れない。まもなく七月も中頃になろうとしている。
 アカネさんのCDの売れ行きは好調だった。音楽チャート雑誌メロディで最高十五位にまで上り詰めたのだ。アカネさんのことを忘れることが出来ないまま月日は流れた。忘れるために釣行を重ねたが、一碧湖に行く度に、アカネさんとの釣りが浮かんでしまうのだ。アカネさんは俺のことをどう思っているのか。間違いなく忘れていることだろう。なにしろ、アカネさんは有名人、俺にはアカネさんに会う資格が無い。メールを送ったこともあったが返信はなかった。
「修人、これ読んだか?」
 マスターが険しい顔つきで週刊セピアを差し出した。マスターの険しい顔つきは珍しく、まったく様になってないので俺は噴き出しそうになった。しかし、次の瞬間、一気に青ざめた。表紙にはこう書かれていた。
「勅使川原トキア、熱愛発覚。お相手は新人歌手白石アカネ」
 頭がくらくらして倒れそうだった。天井のプロペラは止まったまま。あれが回転したら銀河まで行ってしまう。洒落にならない。
 ジャックダニエルを飲んで深呼吸した。そして週刊誌をめくる。そこには、「美しい人生は、美しい歯から」でお馴染み勅使川原トキアがアカネさんと車の中でキスをしている白黒写真。勅使川原のマンションに入っていく二人の後ろ姿。二人は付き合っているのだろうか。いや待て。酔った勢いで一晩だけ過ごしたってことも考えられるじゃないか。またジャックダニエルを流し込んだ。止まりそうな心臓を動かすために。
「かわいそうな。修人だな」
 マスターがテレビの音量を上げた。画面には「勅使川原トキア、熱愛宣言」とテロップ。
白い歯を見せながら勅使川原は言った。
「白石アカネさんとは、真剣に交際させていただいております。皆様、どうか二人を温かく見守って下さるようお願い致します。それではこれから映画の撮影がありますので、失礼いたします」
 俺は氷のような冷たい目で勅使川原を見つめた。そして煙草を大きく吸って吐いた。巨大な煙がロゴスに上がり、天井のプロペラに絡みついた。もういい。プロペラは動いていい。俺を銀河まで連れてってくれ。星屑になるからさ。
「マスター、俺、もう釣りに命かけるからね」
「土台、無理な話だよ。アカネは芸能人、お前は一般人」
「マスター、俺はね。未来の大作家なんだよ。今は埋もれてるけどね。作家になってメシが食えるようになったらアカネさんを迎えに行くつもりだったんだ。それももう止め。マスター、俺は釣りに生きるよ。俺は、大バサーだ」
「そうかい。そうかい。あんまり飲みすぎるなよ」
 マスターは優しかった。そりゃ、そのチョッキも似合うわけだ。マスターは年老いてもシャープな体型を維持している。その細いシルエットを包む黒のチョッキ。とてもダンディーだ。

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