トップウォーター

銀足車道

青空からハロー

 帰途、俺は伊豆高原のCDショップ「しらべ」に寄った。新譜コーナーに、白石アカネの「青空からハロー」は並べられていた。音符マークとハートが浮かんでいる青空。それを見つめるアカネさんの横顔。ポップでキュートなジャケットは周囲を飲み込んでいた。ひときわ輝いて見えた。それを一つ購入して車に戻る。CDをカーステレオに流し込む。カーステレオはウィーンという音を立ててCDを飲み込んだ。
 演奏が始まる。軽快なドラムの音、メロディを弾くエレキギター、伴奏としてのフォークギター、リズムを刻むベース、きらびやかなストリングスが混じり合いポップな世界を築き上げた時、アカネさんの歌声が乗っかる。

 ダーリン 夕方六時 日暮れる時
 あなたの胸に寄り掛かる
 あなたの指が私の髪に絡まって
 ほどけると 私 あなたを見つめるの

 
 哀愁の歌声でジャズを歌っていたアカネさんのイメージが冒頭のダーリンで崩れる。

 カーステレオが笑っている
 あなたと私の恋が浮く

 恋が浮いてどうなるのか。愛に変わるのか。俺は耳を澄ます。サビに入る。

 青空からハロー
 ドキドキのサンデーにキッス
 タンポポのボンボンで踊る恋のダンス

 キュートだな。俺の頬は緩んだ。この歌はどこまで売れるだろうか。人々の恋のBGMになり得るだろうか。また複雑な気持ちが起こり始めた。それは炎のように揺らめいて燃え続ける。俺はたまらなくなってラジオに変えた。ラジオに変えて驚いた。
「初めまして。こんばんは。白石アカネです」
「ということで本日のゲストは白石アカネさん。五月九日、『青空からハロー』でデビューしたアカネさんですが、これまでの経歴を軽く教えてください」
「静岡県伊東市出身で、地元のレストランで働きながら歌手活動を行っていました。あるライブハウスで歌った後に今のレコード会社の社長に声を掛けられて、それで、今、ここにいます」
「なるほどー。伊東市出身ですか。静岡県は良いところですか?」
「良いところですよ。海も川も山もあって。伊豆高原に一碧湖って小さな湖があってこの間もそこで友達とブラックバス釣りをしてきたんですよ」
 俺のことだ。友達か。まさか恋人なんて言えないしな。というか恋人じゃないか。ラジオは喋り続ける。
「デビューシングル、『青空からハロー』は恋愛の歌ですが、自身の恋愛について聞かせてください」
「恋愛経験は乏しい方なので、なんとも言えませんが。この間、凄く好きになった人と別れました。詩人みたいな人で、一回デートしてそこで好きになったのに、その日でお別れでした」
「へえ。恋は実らなかったと。どんなところを好きになったんですか?」
「あの人、笑いながら湖面に映る太陽を私とギザギザにしたいって言ったの。その言葉にキュンと来ちゃって」
「はははは。お洒落なことを言いますね。どんな意味で?」
「わからないんですけど。その人の無邪気なのか。あるいはもっと深い意味があるのか。帰ってからずっと考えたんです。太陽なような永久不変に近いものさえも、遮ってしまうくらいの気持ちなのかなって。私への気持ちなのかなあ」
「うーん。深いねえ。そこまで考えるアカネさんこそ詩人ではないでしょうか。それでは曲紹介、よろしくお願いします」
「みなさんの恋のお供に。白石アカネで『青空からハロー』」
 俺から零れている涙。うれしいからか、悲しいからかわからない。ただ、その揺れ動く気持ちに委ねて涙を流し続けた。アカネさんは俺のことが好きだったのだ。しかし、そんな気持ちも一気に冷めることとなる。それから三か月後、週刊セピアの報道による。

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