トップウォーター

銀足車道

返信

 手紙を出してから二週間近く経った。郵便受けがガタンと鳴った。玄関を出て封筒を取り出すと差出人は白石アカネ。
「おおー」
 俺から驚きの声が漏れた。漏れた声はそのまま空気に溶けてなくなった。誰の耳にも入らずに。急いで封を開けてみる。

 親愛なる修人君へ

 お手紙拝見しました。四月二十九日、十九時にロゴスで会えませんか?お話ししたいことがあります。詳しくはそこで。

 かしこ

 二十九日って今日だ。手紙が間に合ってよかった。俺は胸を撫で下ろした。そして小さなため息を吐いた。まだ時間がある。俺はパソコンのスイッチを入れた。
 「ベイトリール、糸、絡まる」で検索をした。糸が絡まることをバックラッシュという。ここにもブラックバス釣りの詩の世界が広がっている。釣りに英語を混ぜることでイメージが浮き出てくる。アメリカの世界が日本列島に押し寄せてくる。
 ふいに萩原朔太郎の詩が読みたくなり、俺は詩集『青猫』を開いた。
 言葉によって浮き上がるイメージの世界に酔いしれた。言葉は爆弾だった。爆発して俺の世界をこじ開けて侵入した。言葉は糸だった。心地よく、心地よく、俺の心に絡みついた。
 詩の一言一言が織りなす世界の余韻、何度も感嘆のため息を吐いた。俺は、萩原朔太郎の世界に閉じ込められた。
 午後四時のチャイムが鳴って、俺は我に帰った。萩原朔太郎の世界から脱出することができた。
 外に出て近くの自動販売機に向かった。缶コーヒーを買った。手に持つと熱くて火傷しそうだ。火傷したら厄介だ。ブラックバス釣りに支障がでるかもしれない。これを0コンマ何秒のなかで考えて、俺は手を離した。地面に落ちた缶コーヒーは坂道を転がっていく。しまった。逃げられる。新鮮、ピチピチの缶コーヒー。俺はそれよりも素早く動いた。齢、三十。とても新鮮とはいえないが缶コーヒーよりも運動神経はあった。
「あちち」
 と言いながら俺は缶コーヒーを捕まえて、ズボンのポケットに押し込んだ。さあ、こいつを飲みながら研究だ。
 バックラッシュは何故起こるのか。インターネットで調べた結果、それは、ルアーが飛んでいくスピードよりもリールの回転が上がることで、糸の放出が間に合わなくなり、起こるということだった。この間は、力いっぱい投げようとしてロッドを振ったため、それに合わせてベイトリールは回転した。しかしルアーはそこまでの回転を必要としていなかった。そのため、ルアーが飛行するには余分の回転に、糸は浮き上がり絡み合ったのだ。これを解決する方法として、ますロッドにルアーの重みを乗せて投げるという方法が紹介されていた。なるほど、ルアーの飛行スピードにリールの回転を合わせるのだ。
 そして着水の際には必ず、親指でリールの回転を止めることとあった。着水しても糸が放出されると糸は行き場を失って絡まるのである。これについて、俺は説明書を読んで知っていた。親指で糸を止めることをサミングということも。前回の俺は、それ以前の問題であった。
よし、次の釣行ではルアーの重みを感じて投げるのだ。こうして俺の研究は終わった。缶コーヒーは口を空けてボーっとしていた。

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