トップウォーター

銀足車道

下手な詩人

 バイクの音がしてガタンと外の郵便受けに手紙が入る音がした。アカネさんに手紙を出してから四日経った。アカネさんからの返信かなと思って、急いで玄関の扉を開けた。郵便受けを覗き込むと一枚の封筒。心が躍ったが、取り出してみると「紳士服のコダカ」からの封筒であった。会員特典の割引券が封入されていることは知っているので、それをごみ箱に捨てた。スーツを買う予定はないのだ。俺は携帯電話を手に取った。
「マスター、今日暇ですか?」
「おいおい。昼間は寝るもんだぜ。どうした?」
「釣りを教えて貰いたくて電話したんですけど」
「釣りか。いいぞ。教えてやろう。と言いたいとこだが、今日はちょっと用事がある」
「昼間は寝るんじゃないですか?」
「免許の更新さ。寝てては取れないからな」
「そうですか。わかりました。一人で行ってきます」
「アカネは?」
「いやあ、マンション行ってもいないし、手紙も返って来ないんですよ」
「うーん。どうしたんだろうねえ。一人で行くならルアーの投げ方くらいは予習しておいた方がいいぞ」
「わかりました。ありがとうございます。それではまた。近いうちロゴスに顔出しますね」
 ベイトリールの説明書を読んで、ルアーの投げ方を頭に叩き込んだ俺は、一碧湖に向かった。
 遊漁券を買った。これから俺は魚と遊ぶ。魚は俺と遊ぶ?いや魚にとっては厄介事であろう。遊びはほとんど成立しない。ただキャッチアンドリリースする点において、これは漁でない。本当にギリギリの緊張感の中で成立している遊びだ。
 歩道に被さる木々の間から光が漏れる。そんな凝った自然の演出に照らされながら俺は歩いて行く。風が木々の葉を少し揺らす。俺の行進曲には少し物足りないが、心地よい。
 砂浜のある一帯まで歩き陣取る。バックからルアーの入ったプラスチックケースを取り出しポッパーをチョイスする。ルアーを選ぶことをチョイスという。『ブラックルアー』を読んで学んだことだ。ブラックバス釣りには所々で英語が入る。それが釣りを洋風に盛り上げる。まるで詩である。釣りをする俺は詩人だ。
 俺は下手くそな詩人であった。詩の心を持ち合わせていない。詩の文体さえままならない。そんな詩人であった。
 詩人(俺)はロッドに糸を通すとポッパーに結んだ。それから唾をのみ込んで一投。詩人(俺)が投げたルアーは空中を漂わなかったし、放物線も描かず、まっすぐに飛んでいくわけでもなかった。目の先、足元にボチャン!と水面を思いっきり叩きつけた。
「なんてこった」
 詩人(俺)は嘆いた。ベイトリールの糸はグチャグチャになって複雑に絡まっていた。足元にブラックバスがいないことは明白。俺は哀れなピエロだった。絡まった糸をほどくのは、ラテン語で書かれた文章を翻訳するくらい難解なことで、俺はそれを完全に諦めた。一投しておしまい。

 

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