僕のことを愛してください(仮)

みーなつむたり

14話 助けも呼べずにただ、泣くだけ


昼食を、工場の社員食堂で食べられなくなって、一ヶ月が経とうとしている。

工場裏手にある、段ボールや使い古しの資材を一時保管収納する倉庫の横に、無造作に放置されていたコンクリートブロックが瑞季の昼食スペースだった。

いつものようにブロックに座り、お昼用に買ったスティックパンを一本取り出すが、やはり今日も食欲が湧かない。
昨日と変わらず、パンと一緒に買ったお茶を飲むだけの昼食。

「はぁ。」

嘆息ついて、空を見上げる。
今日はどんより曇っていた。

「瑞季ちゃん、」

不意に名前を呼ばれ、はっと振り向くと、予想外の人が倉庫の側に立っていた。

「君島さん、」

瑞季の母親の同期、君島だった。

「瑞季ちゃん、お隣、座ってもいい?」
「あ、はい。どうぞ。」

君島は「よいしょっと」掛け声と共にコンクリートブロックに腰掛ける。
驚く瑞季に笑顔を見せて、

「これ、食べない?おにぎり。瑞季ちゃん、昆布好きだって、祥子さんが言ってたのを思い出したの。」
「・・・お母さんが?」

途端に「瑞季」の脳裏に浮かぶ母が、そっと微笑んで、ふっと消えた。

「お口に合わないかもしれないけど、」

君島の厚意を無にはできない。

瑞季は「ありがとうございます」と笑顔でそれを受け取り、「わ、美味しそう!」と少し大袈裟にはしゃいで見せた。

「・・・っ」

だが、一口口に含んで、刹那汲み上げたのは、猛烈な吐き気だった。

吐き出してはいけない。
その一心で咀嚼を繰り返す。しかし瑞季の額からは冷や汗が吹き出て、生理的な涙がボロボロ零れた。焦って袖で涙を拭い、必死で飲み込んだ。

「・・・」

瑞季は、君島の顔が見れなかった。
決しておにぎりが不味かったわけではない。
身体が、食べ物を拒んでいるのだ。

「瑞季ちゃん、無理させて、ごめんね。」

君島は寂しそうに笑って立ち上がった。

「違うんです!美味しかったんです!本当です!私、全部食べますから!」

瑞季は君島を見上げて必死に説明した。説明すればするほど嘘臭く聞こえるかもしれない。だが、おむすびを自分のために作ってくれたことが本当に嬉しかった気持ちだけは伝えなくてはと、強く思った。

「ありがとう。でも無理しないでね。」

君島の遠ざかる背中が涙で滲む。

なぜこんなに食べ物を受け付けないのか。
瑞季はほんの少しだけ、「瑞季」の身体を妬ましく感じ、君島のおむすびを無理やり頬張った。

「・・・うっ」

途端に抑えられない嘔吐感に襲われ、その場に一気に吐き出してしまった。

「う、うう、」

両手で顔を押さえ、瑞季はもう、泣くより他に術がなかった。

・・・

瑞季が退院しておよそ1ヶ月。
新堂は仕事に邁進することで何かを吹っ切ろうとしていた。

そんな矢先の電話だった。

休憩時間にスマホを見ると、午前中に着信があった。
救急医、谷口からだった。
かけ直そうとも思ったが、なぜか億劫になって止めた。

その日は救急搬送が立て込んで、結果半日残業を余儀なくされた。

帰り際、意図して避けていたスマホを開くと、やはり谷口から着信があった。

緊急の用件なら署に直接かけるはず。

嫌な予感しかなく、ロッカールームで画面を見ながらしばらく躊躇っていると、不意に背後から「おい」と声をかけられた。

「うわ!」

持っていたスマホを落としそうになって慌てて振り返る。

「ちょ、なんなんですか!俺こう見えてもヘタレなんですよ!驚かさないでくださいよ内田さん!」
「ヘタレなのは知っている。お前に何度電話かけても繋がらないって、谷口先生から俺のところに電話があったぞ。」
「え、え!?内田さんとこにも?」
「谷口先生から伝言だ。『下咲さんが痩せて大変なのは新堂がヘタレのせいだと重光看護師が怒っている』そうだ。」
「・・・。は?」
「下咲瑞季は今、食事ができずに標準体重を大きく下回っているそうだ。拒食症の疑いがある」
「え?なんで、・・・え?」
「とりあえず、病院行ってこい。」

新堂の顔が一気に強ばる。

そのままロッカーを閉めるのも忘れて、新堂はリュックを掴んで飛び出していった。



          

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