僕のことを愛してください(仮)

みーなつむたり

12話 別れ


退院の手続きを説明に来た看護師は、この2ヶ月、特に親身になってくれた同い年の重光だった。
重光は治療費についての説明から、退院の日に用意するもの、後日持ってくる書類、保険の手続きのための診断書の申込書等々、今後自分がすべきことを端的に教えてくれた。

「下咲さんはこれからが大変だもんね。事情を知ってる人、少ないわけだし」

重光は、石田が首を切ったときに救急の谷口医師と共に処置に当たった看護師の一人だった。そのため、入院後も様々な面で援助してくれていた。

「で?退院の日は新堂君来るの?」
「あ、はい。有給取ってくださいました。」
「へぇー・・・」

目を細め、ニヤニヤしながら重光は「よかったねー」とむふふと笑った。

「?・・・はい、ありがとうございます。」

重光の笑みの意味がわからず、瑞季は首を傾げてお礼を述べた。

・・・

「入院費とかの目処は立ちました?」
「あ、はい。お金は、瑞季さんのお母さんの、その、保険金があるみたいです。それでなんとか・・・。後で高額医療費の控除の申請などもできるみたいです」
「そうですか。なら、他の書類は?えっと、」

勤務明けの新堂と書類の見直しを行いながら、瑞季は「あ、そう言えば、」と徐に話し始めた。

「俺、瑞季さんの元の職場で働けそうです。昨日、職場の工場長が来られて、ご厚意に甘えることにしました。」
「おお!そうですか!仕事があれば生活の見通しもたつし、助かりますね。」
「そうなんですよ。」

自分の事のように喜ぶ新堂の目にも、確かに瑞季は嬉しそうに見えた。だが新堂と目が合うと瑞季は不意に目を伏せ、一瞬笑顔を消した。

「?何か、あったんですか?その工場長って人と、」
「いえいえ!何もないです!」

両手を横に激しく振って否定する瑞季は、もうこれ以上聞かれたくない様子で、普段よりも明るいトーンで書類と向き合いだした。

「・・・」

自分たちは、聞かれたくないことを聞けるほどの距離感ではない。
それは新堂も理解していた。だが、故意に低い声音で新堂は聞いた。

「何かあったんでしょ?話してもらえませんか?」

その新堂の真剣な面持ちに、瑞季は持っていた書類をサイドテーブルに置いて、俯いた。

「・・・本当に、何もありません。俺はこれから、瑞季さんの居場所を守るために、頑張るだけですから。」
「瑞季さんの居場所?これから頑張るのは下咲瑞季さんのためなんですか?」
「・・・はい。俺は、・・・俺は、下咲瑞季さんではないから。彼女のために、頑張るだけです。」
「今、話してるのは下咲さん、あんただろ?これから生きるのも、あんたですよ?」
「いえ。・・・俺は、俺なんかが、瑞季さんとして生きるなんて、」
「今日までリハビリ頑張ったのも、こうして話してるのも、今の下咲瑞季だろ?なんでそのまま生きる選択肢はないんだよ。その体を返して、そしたらあんたどうなるんだ?」
「俺は、・・・あの時死んだんだから、」
「それは下咲瑞季も同じだろ!」

新堂は立ち上がり、強い口調で瑞季を怒鳴りつけた。途端に瑞季は怯えた顔になり、泣きそうになった。

同室の患者の視線を感じる。
瑞季は俯き、唇を噛み締め涙を堪えた。

「・・・すみません。今日はもう帰ります」

床に置いていたリュックを乱暴に掴み、新堂はそのまま病室を出ていった。

・・・

退院の日、約束の時間前に到着した新堂は、グレーの軽自動車から降りることなく見舞い客用の駐車場で待っていた。
五分後、瑞季が少ない荷物を抱えて病院の出口から出てきた。

その姿を確認すると車から降り、瑞季から荷物を受け取った。そのまま車のトランクに積む。

その様子を見ることなく瑞季は後部座席に乗った。ドアの閉まる音を聞きながら溜め息を吐いて、新堂は運転席に乗り込んだ。

タクシーにでも乗っているように道のりのみしか話さない瑞季に若干苛立ちながら、新堂はハンドルを握った。
30分ほど車を走らせると、相当築年数が経過したと思われる古いアパートに到着した。

「入院中、色々と、本当にありがとうございました。新堂さんのお陰で頑張れました。」

車から降り、荷物を受け取った瑞季は深々と頭を下げた。

「下咲さん、これから、その、頑張ってください。」
「はい。新堂さんも。」

瑞季はぎこちなく笑うと、再び頭を下げて踵を返し、気持ち早足でアパートへ向けて歩き出した。

新堂は、瑞季がアパートへ入ったのを確認した後、車に乗り込みエンジンをかけた。

「・・・くそっ」

アクセルをいつもより強めに踏み込む。

最後まで、新堂も瑞季も、お互いの連絡先を聞くことはなかった。



          

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