線香花火

銀足車道

歌と戦(俺と喜衛門)

 月を見ました
 この月はずっと昔から
 人々の心に寄り添ってきたことでしょう♪

「攻めて来たぞー!」
石橋山の戦いが始まった。どっと軍勢が押し寄せてきた。降りしきる雨の中で喜衛門は舞った。バサバサと相手の武士を斬っていく。

 花を見ました
 この花はずっと昔から
 人々の心を朗らかにしてきたことでしょう♪
 
 喜衛門の刀が止まった。目の前の武士には、明らかに他の武士とは違った風格があった。
伊東祐親である。喜衛門は無心で刀を振った。

 あなたを見ました
 あなたはずっとずっと
 僕の心に残っていくことでしょう♪

 カキン、カキン、喜衛門の刀を祐親はすべて受けた。あっと喜衛門が足元の石につまずきよろめいたその時であった。ザクッと嫌な音がした。祐親の刀は、喜衛門の横っ腹を切り裂いた。どっと血が溢れた。

 鈴 鈴 鈴さん
 あなたの言葉
 鈴 鈴 鈴さん
 あなたの笑顔
 鈴 鈴 鈴さん
 あなたのすべて
 僕のすべて♪

 「逃げろ!逃げろ!」と頼朝は叫んだ。それに従って頼朝方の武士たちは、皆一斉に逃げていく。石橋山の戦いは完敗だった。殺される。喜衛門は、戦のなかで初めて死を意識した。ひどい雨と、暴風に煽られながら喜衛門は逃げた。腹を押さえながら走った。手は血でぬるぬるとした。喜衛門は必死で走った。

 あなたを見ていたい 
 あなたをずっとずっと
 僕の心は蜜柑色に染まっていくことでしょう♪

 歌い終えた。俺は鈴さんを見た。鈴さんは泣いていた。なぜ、泣いたのか?涙の訳。ただ、それが知りたかった。
「行くぞ、鈴。」
 そう言って永島は、鈴さんの肩を抱いたが、鈴さんはその手を振り払って、また泣いた。俺のために泣いてくれているのだと思った。そう思ったら俺の目からも、自然と涙が零れ落ちた。

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