線香花火

銀足車道

LINE

 ベッドに寝そべりながら考えている。冴えない俺の高校生活は、あの奇跡によって一変した。渡辺鈴が眼鏡を掛けて、話しかけてくれたあの奇跡以降も、なにかと話しかけてくれるようになったのである。
 「髪の毛切ったね。似合ってるよ」「走るの遅いね」「ここの問題教えて」「消しゴム貸して」頭にこびりついて離れない、愛おしい言葉たち。
 「え?たったそれだけ?」皆様の中にはこう思う人もいるだろう。
 しかし、冴えない日々を送ってき俺には、決して「それだけ」ではなく「こんなにも」なのである。
 恥ずかしながら「俺にも脈あるんじゃね?」とさえ、思っていた。
 俺はベッドから立ち上がると、部屋の押し入れから、刀を取り出した。椅子に座り、じっと眺めた。
 俺の祖先の北条氏は、これで人を斬ったのだろうか。まさか北条時政ではないよな。それでも北条氏一族の誰かに違いない。誇り高い気持ちになる。俺は、武士の血を引いているんだ。
 自分にとって刀とはなんだろうか。言い方を変えれば、現在、自分にとっての誇りとは?道を切り開くべきものとは?それは、カメラだろうか。
 俺は刀をしまい、デジタル一眼レフカメラのレンズを拭いた。祖先は、決死の思いで、刀を振った。俺も明日、勝負に出る。渡辺鈴を撮る。
 スマートフォンを取り出して、元村にLINEをする。
 「明日、鈴さん撮るわ」。すると、すぐさま既読がついて、返信があった。「グッドラック!」
 こうやって公言することで、この恋から逃げないようにすると決めたのである。
 朝、起きると鼻息が荒くなった。フンフンと、まるで興奮した闘牛。いかん。こんな感じで写真を撮ったら確実にキモがられる。と気づき、心を落ち着かせた。家を出て、学校へ向かって歩いているとき頭の中で武士を想像した。そして、自分と重ね合わせた。
 校門の桜は、葉桜になっていた。

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