線香花火

銀足車道

恋かしら

 稲取北高校と書かれた石看板に桜が降りかかっていて綺麗。少し気持ちが前向きになって、かかとのつぶれたローファーを下駄箱に入れた。
「よう、また同じクラスだな」
 そう声を掛けられて振り返った。小学校からの幼馴染の同級生、元村初だ。
「そうだなあ。また同じ日々の繰り返し」
「なんでそうお前はいつも後ろ向きなんだよ。楽しい日々が待ってるかもしんねえじゃん?こっちまで暗くなっちまうよ」
「ははは。お前は、暗くなんかなんねえよ。図太い神経がうらやましいよ」
「はははってなんだよ。はははって。むかつくわ」
 バシッ。元村をそう言うと俺の尻を蹴った。
「行くぞ早く。遅刻しちまうぞ」
 俺は、元村と並んで廊下を走って教室へ向かった。

 息を切らしながら教室に着いた途端、窓から優しい風が吹いてきて、俺の髪を揺らした。
 教室には笑い声がちらほら聞こえたが、そこには緊張感も広がっていた。顔も名前も知らないクラスメイトがいることでちょっとした緊張感があったのだ。けれども、一年の頃にクラスが一緒だった、あるいは、部活が一緒だったりと顔見知りなクラスメイトもいて、緊張と安心が調和したような不思議な空気がそこにはあった。
「はじまるぞ二年生」
 元村に肩を叩かれて俺は席に着いた。チャイムが鳴りドアがガラガラと空いた。担任は新任の金手という先生だった。実家は喫茶店をやっているとか、ロックが趣味でオアシスのライブにも行ったことがあるとか、小学校、中学校、高校って稲取で過ごした、稲取エスカレーターだとかそんな冗談を言ったりして自己紹介を終えると、一人ずつ生徒の名前を呼んで出欠を取った。
「最後に、渡辺鈴さん」
 担任が、出席番号最後の生徒の名前を呼んだ。
「はい」
 と鈴が答え、そこに目をやった瞬間、俺の胸は16ビートで高鳴った。どうしていいかわからず、太ももの内側をつねった。可愛い。美しい。可愛い。美しい。頭が埋め尽くされていく。可愛い。美しい。可愛い。美しい。その呪文は、俺のあきらめきった日常を完全に打破した。夏みかんのように甘酸っぱいこの感覚。恋かしら。少女のような瞳で頬杖を突き、窓の外に広がる海を眺めた。


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