辺境暮らしの付与術士

黄舞@ある化学者転生3/25発売

第111話

空には雲ひとつなく波は穏やかで心地よい風が吹いていた。
船出には良き日だと、その場に集まった者達は口々に声を上げた。

「サラさん、皆さん。ご無事で! ここで皆さんの帰りをお待ちしてます!」

アイリは旅立つサラやカイン達に向け激励を飛ばし、無事を祈った。
その他の造船に関わった者達もシバやカイン達に声をかけた。

「いいか? 俺がいない間もサボるんじゃねぇぞ。お前達で船の一艘くらい作っとけ!!」

シバの言葉に造船所の者達が『おぅ!!』と答える。
カインはコハンと一緒に船にかけた付与魔法の綻びがないか最終確認をしている。

やがてカインがシバに向かい大きく首を縦に振った。
シバとコハンは船倉に設置された魔道核へと降りていき、互いに手のひらを魔道核に当てた。

「よいか? それでは始めるぞ?」
「ああ!」

シバの返事にコハンは魔道核に魔力を込め始めた。
以前と同様にその魔力に応じて魔道核は眩く輝いている。

シバが念じると、独りでに帆が開き、船腹に設置された何本ものオールが、一斉に漕ぎ始めた。
やがてカイン達を乗せた船は沖へ向かって進み始めた。

「ひとまず、出だしは順調のようだな。しかし驚いたな。船員の居ない船が動くなんてなぁ」

事前に説明を聞いていたが、実際に見るのは初めてだったアオイは、目を輝かせながら遠ざかる陸地を眺めていた。

「魔道核って凄いですよね。全てを自由自在に自分の意思で動かせるなんて」
「守るべき人が増えると隙ができるからね。俺としてはありがたいよ」

ソフィの言葉にアオイはそう返した。
他の皆も魔道核による船の操作、というのを目の当たりにして物珍しそうに眺めていた。

シバとコハンが特訓した結果、既に二人は魔道核の性能を余すことなく理解していた。
その一つが乗り物の完全操作。

船倉に居るシバではあるが、この性能の力で船の中はもちろんのこと、外の様子も分かる。
また船のいたるものを自在に操ることが出来る。

リヴァイアサンと戦うにあたり、非戦闘員である船員達の安全確保がカインの悩みの種だったが、シバとコハン二人で魔道核による操作が可能なため、その憂いは払拭することが出来た。
シバとコハンも船内から出る必要が無いため、船さえ無事なら二人の安全も確保できる。

「あ! 見て! なんて生き物かしら?」
「あれはバレーンと呼ばれる動物だな。この街の人の話によると幸運を運ぶ魚だと呼ばれているらしい。あんな大群で見れるのはそれこそ珍しいんじゃないかな?」

サラの指差す先には船ほどの大きさはあろうかという巨大な魚が群れで泳いでいるのが見えた。
時折水上に顔を出しては、頭の上にある穴から飛沫を上げている。

「大きいわね……襲ってきたりしないのかしら?」
「これも街の人の受け売りだが、大人しい性格をしているらしい。こちらからなにかしなければ人や船を襲うことはまずないらしいよ」

バレーン達はまるでカイン達の乗る船を先導するように、進行方向の先を悠々と泳いでいた。

「そういえば、バレーンにはこんな話があってね。彼らは海の中で歌い、その歌で仲間達と意思疎通を図っているらしい」
「まぁ。なんか素敵ね。あら? なにか聴こえない?」

サラは耳を澄ます。バレーンのいる方角、進行方向から微かに歌声のようなものが聴こえてくる。
悲しいような嘆きにも似た女性の歌声にも聞こえる。

「これがバレーンの歌声かしら? すごく物悲しい……まるで何かに嫉妬した女性の歌にも聞こえるけれど」
「そんなはずは……さっきの話はあくまで空想で、バレーンの歌声なんて聴いた事がある人などいないといっていたのに……」

アオイは怪訝な顔をして歌声のする方を睨んだ。
しかしアオイの目には優雅に泳ぐバレーンの群れ以外特に気になるものは見えなかった。

「カインさん! あの大きな魚の群れもしくはその先に気になるものは視えるか?」
「特に無いですね。ただ、この聴こえてくる歌声のような音の発信源はあの魚では無さそうです。魚とは距離がそれほど変わっていないのに、歌声は先ほどからどんどん大きくなっている気がします」

カインの言葉に他の人達は不穏な空気を感じた。
一方、船は順調に進み程なくして目的の地域にたどり着くところまで来ていた。

「見て! あそこに居るの!!」

先ほどのバレーンを見つけた時とは打って変わり、緊張した声色で進行方向の水面に浮かぶ複数のものを指差した。
青い海に藍色の藻のようなものが無数に浮かんでいる。

近付いて見るとそれは全て人の髪の毛だった。
アイリが描いた絵と同じ、カイン達がベヒーモスの角を街へと運ぶ際に見かけた女性。

その女性と全く同じ顔をした女性が、海の中に浮かび顔を出し口をぱくぱくと動かしている。
その口の動きに合わせて先ほどから聞こえる歌声が奏でられていた。

まるでそれは船乗り達の中で言い伝えられる、歌声によって人を惑わせ、海の中へと引きずり込む女性の姿をした魔物のようだった。

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