辺境暮らしの付与術士

黄舞@ある化学者転生3/25発売

第93話

カインが持ち上げた紙に書かれていたのは、見たこともないような文字だった。
アオイは、カリラが書いたであろう日記だと言ったが、これはなんなのだろうか?

ふと最後のページの目をやると、走り書きのサインのようなものがあった。
他の紙の束にも、最後のページの下の方に、同じ文字が書かれている。

「アオイさん。こっちにある紙には見たこともない文字が書かれているんですが、読めますか? それと、どれも最後の方に同じサインのようなものが書かれています」
「なんだって? どれどれ……なんだこれは。こんな文字見た事ないな。これでも色んな地域や時代の文字を知っているつもりなんだがな」

そう言いながら、アオイはたった今カインが見ていた紙の束を読んでいく。
そして、最後のページのサインを見た後、先程自分が読んでいたカリラの日記の最後のページを確認する。

「どうやら、少なくともこのサインを書いた人物は同じで間違いないだろうな。古い、新しいはありそうだが、ほとんど一緒のサインだ」

アオイに見せられた、カリラの日記に書かれたサインを見て、カインも頷く。

「そして、このサインを書いたのは、この日記を書いた人物だと考えてまず間違いないだろう。という事は、だ。この読めない紙の束を書いたのも災厄の魔女って事になる」
「そうですね。しかし、このサインなんて書いてあるのでしょう? カリラ、とは読めなさそうですが……」

「ちょっと待て……え……と、ああ、これだ。よく見ると、こっちの読めない文字、遺跡から出土される物に書いてある文字と少しだけ似てるな」

アオイはランタンを床に置き、荷物から一冊の紙の束を取り出し、ペラペラと眺め始めた。
カインが見た所、その紙はどうやらアオイの冒険で得た知識を書き溜めた冒険日誌のようだ。

「えーっと、これが、こうだから……レブ……レベ……か? だめだな。やはり読めん。遺跡の出土品を調べているような奴らに見せたら、何か分かるかもしれんがな」
「しょうがありませんね。仮にこれが祖母の日記だとしたら、他人に見せたいとも思いません。それにこれだけの量、簡単に運ぶのも難しいですし」

カインは改めて、アダマンタイトで作られた、書庫の中を観察する。
ところ狭しと積まれている紙の束が、もしも全て日記なのだとしたら、一体何年分になるのだろうか。

カインはカリラに直接年齢を訪ねたことは無いが、カリラの死後、噂で聞いた限りでは、長命で知られるエルフなどよりも長い時を生きているようだった。
しかし、ここにある紙の束の数は、それを加味してもなお余りある程だ。

ふと、カインは紙の束に埋もれたある物に気が付いた。
それは生き物の牙か骨で出来たような、一対の短剣だった。

カインはその短剣を掘り出すために、紙の束を丁寧に退け始める。
アオイもその様子を見て、カインが何かを見つけたことに気付き、紙の束を退けるのを手伝った。

やがて姿を現した短剣を、カインは両手に持つ。
何故か初めて持つはずのこの短剣は、カインの手にしっかりと馴染んでいるように感じた。

「魔物の骨……いや、牙か? それにしてもそんな真っ黒な牙を持つ魔物など、聞いたことも無いがな」

カインにはこの短剣の色は分からなかったため、てっきり骨や牙の色と同じ、真っ白なのだとばかり思っていたが、アオイの言葉では、この短剣は黒い色をしているらしい。
カインも自分の知識の中で、黒い牙や骨を持つ魔物など、思いつかなったが、この際そんな事はどうでもいい様な気がした。

「せっかくなので、この短剣は祖母の形見として持っていこうと思います。生前に貰った形見は、既に娘に引き継いでしまったので」

カインは、つい先程まで共に過ごした、娘とその戦友のことを思い出した。
残念ながらカリラから貰ったミスリルの杖の大半は、既に失われてしまったが、先端の部分は今もサラとソフィの胸元で二人を状態異常から守っている。

サラの持つペンダントは元々その効果が付与されていたが、ソフィもドワーフの国でミスリル製の杖を手に入れることが出来たため、同じ効果に変えていた。
ソフィのペンダントに元々付与していたものは、杖にかけ直したためだ。

カインが一瞬、物思いに耽っていた時、轟音が鳴り響き、部屋が激しく揺れた。
カインはいつもの癖で、部屋の外へ視界を伸ばそうとするが、アダマンタイトの壁に阻まれ視ることが出来なかった。

床に座って読める日記を読み漁っていたアオイも、腰から剣を抜き放ち、臨戦体制になっている。
その間も、二人が居る部屋は、外から何か強い衝撃を受けているようで、大きな音が部屋中にこだまし、部屋全体が揺れるように動いていた。

「外に出ましょう!」

カインは一言叫び、部屋の外へと飛び出した。
アオイも間髪入れずにその後を追う。

世界で最も硬いとされるアダマンタイトで出来たこの部屋を、どうにか出来るとは思わないが、この部屋の中にいる以上は、何が起こっているのかを知ることは出来ない。
仮に開いている入口から、部屋の中へ攻撃を受けたら、逃げ場がない二人は、為す術もなくやられてしまうだろう。

二人が外へ出ると、既にアダマンタイトで作られた部屋以外は、粉砕されていた。
カリラの寝室だったはずの出口は、今やただの瓦礫の上と化している。

「おい……まじかよ……嘘だろ……?」

外に出たアオイが、先程から二人が居た空間に揺るがしていたものの正体を目の当たりにして、信じられない、とばかりに呟く。
カインも遮る壁がなくなった視界の中で見たもの、それはこれから討伐する予定のリヴァイアサンと双璧をなす伝説の魔物だった。

二人とも、その名は知っていたものの、実物を見たのは初めてだった。
いや、この世界に生きる人間で、その姿を見たことがある者は皆無だった。

何故ならば、その魔物と遭遇した者は須らく、出会ってしまった自分の運命を呪いながら死んでいったのだから。
しかし、二人は間違いなく目の前のそれが、その魔物だと本能的に理解した。

ベヒーモス。リヴァイアサンと対をなすと言われる、伝説的な魔物。
頭部からは凶悪な一対の角が生え、頭頂から背中そして強靭な尾にかけてたてがみがなびいている。

四足歩行を主体とすると思われる四肢は、おかしいほどに筋肉で膨張し、前足に生え揃った爪は、その全てが長剣ほどの長さを誇っていた。
繰り返しアダマンタイトの部屋に体当たりをしていたベヒーモスは、カイン達の気配に気付いたようで、おもむろに顔をカイン達の方へ向けた。


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まだまだ30位付近で踏ん張っています。
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