辺境暮らしの付与術士

黄舞@ある化学者転生3/25発売

第85話

金属を擦るような音が絶え間なく続いている。
部屋の外には連絡を受け、中にいるドワーフの鍛冶師が出てくるのを心待ちにしているカイン達の姿があった。

やがて音が止まり、部屋の扉が内側に開けられ、中から一人の小さな老人が姿を現した。
手には一振の銀色に輝く刀身を持つ剣が持たれている。

「おう。お前さん達か。いやぁ。いい仕事をさせてもらった。おそらくわしの生涯で一番の出来じゃろう」

そういうと老人はカインに、たった今鍛えたばかりの剣を手渡した。

「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」

恭しく礼をするカインの背中をばしばし叩きながら、老人は快活に笑った。

「武器は使ってなんぼだ。欠けたり折れたりは剣を作る側の不手際よ。しかしその剣は折れんぞ。わしが保証する」

サラはカインが持つその剣の美しさに見とれていた。
刀身は総ミスリルで作られ、青白く淡く光り輝いている。

柄の中央には、ニィニィから餞別としてもらった、オリハルコン製の花飾りが埋め込まれている。
グリフォンを討伐した次の日、ソフィと一緒に、二人のために作ってくれたという髪飾りと共に貰ったものだった。

髪飾りはサラは三つ編みの付け根に、ソフィはツインテールにしている髪の結び目にそれぞれ付けていた。
ちなみにソフィも持っていた杖を、カインに整形してもらった総ミスリル製の杖に持ち替え、先端にオリハルコン製の花飾りを埋め込んでいる。

「これでようやく旅立てるな。あ、その前にこの剣に付与魔法をかけないといけないか」
「そうだね。旅の途中でも出来ると思うけど、何が起こるか分からないから。それに移動はあれに乗っていくんでしょう?」

サラが指差した先には一体の大柄なグリフォンが佇んでいる。
ソフィが眷属として羽化させた風の精霊と将来子孫を残したいと、ソフィに忠誠を誓ったグリフォンだった。

ソフィはグリフォンの言葉は理解できないが、同じグリフォンの肉体と母体となったメスのグリフォンの知識を幾ばくか持った風の精霊を介して、このグリフォンと意思疎通が図れた。
グリフォンの名はゼロと言うらしい。グリフォンの言葉で猛き者という意味だという。

ソフィが確認したところ、ゼロは三人を乗せて空を自由に駆け巡ることなど造作もないらしい。
フーの母体となった、闇堕ちしたメスのグリフォンに付けられた傷も今はすっかりと癒え、普段はフーの指導係として空の飛び方や風魔法の使い方などを教えている。

まるで娘を育てるような愛情で接するゼロだったが、時折見せるフーのわがままには厳しく、フーはその度ソフィに不平を言って、ソフィを笑わせた。

「それじゃあ、本当に世話になりました。また近いうちに必ず来ます!」
「ああ。カインさん。あんたは国の恩人だからな。いつでも気兼ねなく来てくれ」

「カインさん!」

別れの挨拶をしているカイン達に一人の女性とそれに付き添うように歩く男性の姿が近付いてきた。
ニィニィとその夫、ボルボルだ。ニィニィの腕には小さな赤ん坊が抱えられている。

「昨日生まれたばかりなんです。男の子です。カインさん。どうかカインさんの名前をこの子にあげるのを許してください」
「構いませんが、ドワーフはみな同じ音を二回繰り返すのが常じゃなかったですか?」

「そうですね……」
「それじゃあ、カンカンなんてのはどう? ララさんがお父さんのことそう呼んでるし」

サラの提案にカインはまたかと、手を額に当てた。
昔からサラのネーミングセンスは悪いのだ。

「良いですね! そうします!」

カインの予想に反して、ニィニィとボルボルはその名前が気に入ったようだ。

「それではまた!」

カインはニィニィとボルボルともしっかりと手を握ると、ソフィの指示に従い、ゼロの背へまたがった。
不思議なことに風を少しも感じないまま、ゼロは空高く舞い上がり、三人を目的地であるカリラ海峡へと運ぶため、目をつぶりたくなるような速度で飛んでいった。



「こ、この私が退役ですと?!」

コリカ公国の場内の一室でジュダールは上官である男に向かって唾を飛ばしながら叫んでいた。
上官は鬱陶しそうな目でジュダールを見ながらため息混じりに説明を始めた。

「まずその腕だ。その腕では近衛兵を担うことは無理だろう」
「確かに腕を無くしてしまいましたが、この私には長年培った経験と実力、そして成果があるのですぞ?! 退役ではなく軍事顧問という役職もあるではないですか!」

なお食らいつくジュダールに、さらに大きなため息をつくと、上官は一通の書簡を見せた。
それはルティが父へ送ったもの一つで、旅の途中ジュダールが行った数々の言動に対する苦言が書き記されていた。

「これを見てもそんな口がきけるか? お前は従うべき貴族の令嬢の護衛中にこれほど恥知らずのことをしたのだ。そもそもその腕もお前の自業自得だろうが! 剥奪ではなく退役というのは温情と知れ!」

その言葉を受けて、ジュダールは何も言い返すことが出来ずに、とぼとぼと家路へと向かった。
手には退役の際に渡される僅かばかりの金が握りしめられていた。

公国近衛兵はその職務に相応しいだけの、高給を支払われていたが、好色なジュダールはそのほとんどを夜の女へと注ぎ込んでいた。
見栄を張るため使われた金は高額で、ジュダールはほとんど蓄えを残していなかった。

憤懣やる方無いジュダールは、僅かに残った金で、普段一滴も飲まない酒を買い、毎日のように飲んでは潰れた。
元々酒に酷く弱いジュダールは少しの量で酔うことが出来たが、毎日繰り返される飲酒に身体は悲鳴を上げ、今や昔の栄光は見る影も無くなっていた。

ある日、酒に酔った勢いで、夜道をとぼとぼと歩いているところを、後ろから強盗に襲われ、僅かに残った金とその命を奪われた。
明くる日見つかった遺体を見ても、その誰もがかつて公国近衛兵を担った事のある人物だとは思わず、身元不明人として、共同墓地に埋葬された。

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