(異能で)右手が疼くとは限らない

唯田夜路

壱 力の始まり

 今は昔。
 
 体内に魔力を持ち、魔術を扱うことにより一人で何事もこなし、何にも困らない生活を送っていた魔術使い達のことを魔術者と、
 魔力を持たぬ代わりに技術力を持ち、仲間と力を合わせて科学や工学を発展させた技術使い達のことを技術者と呼んだ。

 しかし、彼らが対峙することは無かった。魔術に頼るところは魔術に頼り、技術に頼るところは技術に頼った。

『技術力』では
技術者の間にそれぞれ、技術の得意、不得意があった。建築に特化した者、製造に特化した者、様々であり、それぞれが教えあって、協力して『技術』というものを、作り上げていった。
 
 一方『魔力』は
 生の存在に近く、守りや補助等の力になる聖なる魔力と、死の存在に近く、攻撃や強化の力になる邪な魔力があった。

 生物の生死によって黒と白の『ネア』が生まれ、魔術者はそれぞれを、体内にエネルギーとして吸収し、反応を外部に起こすことで、魔術を扱った。

 そんな自然の摂理から溢れる、白ネアと黒ネアをそれぞれ管理し、世界に安定をもたらす存在、それが、白王と黒王。そして、彼らは魔術者の使うネアのバランスをはかり、暴走せぬよう管理していたのだった。
 
 しかし、ある時、技術者と呼ばれる者達は魔術に負けない力を作り出した。
 作り出してしまった。
 
 「飛行機」と呼ばれる物と「銃」と呼ばれる物だ。 魔術がなくとも、空を飛び、魔術がなくとも強力な攻撃が打てる。魔術者が知らないうちに技術者達は、魔術の力とは違う新たな強さを手に入れていた。
ある日白王は、進化し続ける技術力の賜物を見て思った。

 「人を傷つけるものが沢山できている。まるで技術者も、黒魔力を使えるようになったようだ。あまりにアンバランスだ。これはまずいかもしれない」と。
もちろん生の力、『白ネア』に満ちた白王は黒魔術など扱ったことはなかったが、
しかし、彼は技術の力を危惧していた。

…そしてとうとうその時は来た。
技術者達が紛争を起こした。
技術者同士で戦いが起こったのだ。

 団結力の強い人種である『技術者』であったからこそ、技術者達にはグループができる。
そのグループ間では貧困差や戦力差ができ、さらにはナワバリをも主張し、それぞれがそれぞれの力を、恐れ、おびえ、嫉妬し、戦争を始めたのだ。

 もちろん魔術者達もただ傍観しているわけではなかった。
 しかし、彼らの技術は、もう、魔術でどうこう出来る範囲でなくなっていたのだった。

 流れ弾に撃たれた魔術者、空爆に巻き込まれた魔術者、戦いを止めようとしてやられた魔術者……
白王は悲しかった。彼の力によって、戦争で怪我したものはたちまち回復した。彼は沢山の魔術者の傷を治した。戦いに巻き込まれた技術者も、めいっぱい癒した。
 でも戦争は止まらなかった。そして、気付いた時には魔術者も戦争に加わっていた…
 
 一方の黒王は焦っていた。
 多くの人々が傷つき、亡くなるのを眺める中で、彼に出来ることは命を奪う行為がほとんど。
 黒王には傍観することしか出来なかった。
 そんな黒王を見る白王にとっては、黒王の力が欲しくて、欲しくて、たまらなかった。
 守ってばかりではダメなのだと。本当に大事なもの達を守るには、傷つけることも、時に、必要なのだと。
 
 白王は側近の白魔術と関わりの強い大魔術者達と共に、黒王の城へと向かい、技術者に対し挙兵するように説得を試みた。
「私たちは攻撃魔法をほとんど知らないのです。黒の王たる黒王よ。どうか兵をお上げください」
しかしながら、黒王は拒んだ。命は尊いと。武力で物事は解決せぬと…
 破壊を知る黒王だからこその苦悩の決断だった。
 
 白王は落胆した。
 もちろん、白王は黒王の言うことも分かった。
 白ネアの管理者として深く賛同すべきことだった。

 しかし、白王は見てしまった。
 帰った我が城に倒れる、何十何百もの人々を…
 白王は発狂した。
  頭がおかしくなるほど泣いて、頭がおかしくなるほど回復魔法を使って、頭がおかしくなるほど動かぬ者を埋葬して、頭がおかしくなるほど鉛の玉や化学物質を取り出した。白王は本当におかしくなった。

 その後の白王は黒王にも黒魔術にも頼らなかった。
 技術力に頼った。
 仲間に技術者を襲わせ、その武器で自ら戦った。
 銃を撃った。剣を振った。毒で侵した。
 白魔術で全ての攻撃を退け、傷は全て癒した。 これぞ無双であった。
 しかし、白王の管理する白ネアは、ついには濁り、汚れ、形を無くした。
 そして、気付いた頃には白王は殺すことだけを考えていた。殺せば必ず戦いは終わると。
 私達の思想だけになれば安全な世界になるのだから。

 ネアのバランスが崩れる。
 この戦争はもはや、技術者の戦争ではなくなっていた。
 魔術者が技術者を殺し、技術者が魔術者を殺し、魔術者が魔術者を殺していた。
 その影響は人族の枠を超えた。
 
 そんな時、白魔術を主に扱う魔術者の二人、後に勇者と賢者と語り継がれる大魔術者の彼らは、世界に安定をもたらすために旅立った。
 ちょうどその時、黒王も感じとった。
 世界の秩序が崩れそうな今、もう昔の白王はいない。世界の摂理を戻せばならぬと。
 それが自分にたった一つのできることだと。
 そこで黒王は、後に黒王と共に語り継がれる彼の従者、そして先述した勇者、賢者と共に争いではない方法で、世界を塗り替えることを決心した。

 まず、黒王は、乱れ切った世界をもとに戻すため、「技術者」を彼の従者ありったけの黒魔術で、別世界に隔離した。
 技術者はあまりに力を持ちすぎていた。
 黒王はもう、技術者と魔術者は共存出来ないと考えたのだった。
 次に黒王は、勇者と賢者に技術者が消えた後の世界の安定のさせ方を教え、彼らに未来を託し行動させた。
 
 最後に黒王は、魔術者の力である「魔術」自体を「黒魔術」「白魔術」垣根なく破壊した。
 つまり、黒王は、白王とともに管理していたネアの制御を完全に破壊し、魔術者へのネアの供給を一切遮断したのだった。
 これにより、有り余る魔力を管理する側であった白王と黒王を除く、全ての魔術者は魔術を失った。
 それでもなお駆逐を続ける白王を止めるため、黒王は、今回の戦争の死で生まれた、世界のバランスを壊しかけるほどの大量の黒ネア全てをかけ、白王を封印した。
 そうしてなんとか世界のバランスは保たれたのだった。
 破壊しつくされた世界を眺める黒王は従者の迎えを待つことなく、ついに力尽きた。

 魔術者達は、世界から技術者が消えると家の建て方もアートの生み出し方も食物の作り方さえも分からなくなった。
 ネアの供給が断たれたから、自分たちでなにも出来なくなった。
 そんな中、彼らにはそれぞれが特に得意だった魔術がたったひとつだけ残っていた。
 そのそれぞれ異なるたった一つの魔術の力だけは、ネアの供給がなぜか己の身体でできるのだった。呼吸によって、できるのだった。
 人々の持つ唯一の魔術は「水を操る」「身体能力を上げる」「運が上がる」「幻覚を見せる」と様々だった。
 これが後に、一人も同じ能力を持たないことから「異能力」と呼ばれることになった。
たった一つの力で生きていくことになった彼らにとって、異能力は、協力、平等の道へと彼らを導いたものでもあると言える。
 
 上記これらの話は、長い長い魔術史に残る現代魔術史の一部であり、今の世の中を知るうえで、最も重要な歴史である。
 ―歴史の教科書p.306~469人族による技魔術世界紛争p.0~58シューレ書記に基づく伝説より抜粋して引用

 しかし、最近、ネアの流れに干渉があることを、一部の種族は感じ取っている。
 ちなみに技術者の世界線自体は今も昔も隔離されている。
 その中には、技術者と結婚した魔術者達や、いわばハーフの魔術者も技術者の世界線に、残されたままだと言われている。
 もちろん逆も然りであるが。
 しかしながら、この微々たる問題が後の争いと新たな物語を作り上げることになるなど、だれが想像しただろうか。




魔術・異能の仕組み
生死の繰り返しによって生まれた魔力をエネルギーとして、ネアに干渉し、異能や魔術を使用する。

ネアとは
生死の循環によって生まれたエネルギーのこと。自然界に流れる。黒と白に一般的に分けられ、形はない。
体内魔力の回復は空気中のネアを一定時間に一定量無意識に吸収して行っている。

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