恋愛・ラブコメ短編集

狭山ひびき

聖女は魔王に嫁ぎます! 3

 連れてこられたのはおどろおどろしい魔王の城――ではなくて、なんかとっても可愛らしい部屋だった。

 白やピンク、黄色など淡い色で統一された広い部屋。大きなベッドの上には、小柄なわたしの身長くらいはある大きな真っ白いテディベアが乗っている。

 魔王様に抱きかかえられたまま、きょろきょろと部屋の中を見渡していると、くすりと笑われた。

「気に入ったか?」

「えと……、はい」

 気に入ったかと言われれば気に入った。

 だって、塔の部屋は殺風景で、硬いベッドのおんぼろな机と椅子しかなかったから。

 魔王様はわたしをそっと床に下ろしてくれる。ふかふかの絨毯が素足に気持ちいい。魔王様はそこでふとわたしの足に傷ができていることに気が付いて、またわたしを抱え上げると、今度はソファに座らせた。

「傷だらけだな」

 それはそうだと思う。だって裸足で連れてこられて、歩かされて、重たい拘束具で拘束されていたから、たくさん傷ができているはずよ。痛みよりも驚きの方が強かったから、さっきまで痛いことを忘れていたんだけど、気づかされたら急に痛くなってくる。

 魔王様はわたしの足に手を当てて、優しく撫でた。すると、足の傷が一瞬で治って、わたしは目を白黒させた。

 両方の足の怪我を治癒した魔王様は、今度はわたしの手を取って、手首の拘束具の痕を直してくれる。

「ほかに痛いところは?」

 首を横に振ると、魔王様はホッとしたように笑った。

 うん、やっぱり一見冷たそうだけど、とっても優しそう。

「あの、魔王様」

「ジオルドだ」

「ジオルド、さま?」

「様はいらんが」

「じゃあ、……ジオ?」

「……どうしてそうなるのかはわからんが、まあ好きに呼べばいい」

 何となく呼び捨てはしにくいから「ジオ」と勝手に愛称呼びにしちゃったけど、ジオルドは嫌な顔はしなかった。

 ジオルドはわたしの隣に腰を下ろして、さっきから頭をよしよしと撫でているの。

 頭を撫でられたのははじめてだからびっくりしたけど、撫でられるって気持ちがいいのね。気持ちがいいからされるまま、わたしは訊ねた。

「わたしは生贄だけど、どんなふうに殺されるの? 頭からバリバリ食べられちゃったり、切り刻まれたりする? マディーが三日三晩甚振られるって言っていたけど、できればあんまり痛くしないでほしいの」

 わたしは真面目に訊いたんだけど、ジオルドってば目を丸くした後で、突然吹き出しちゃった。肩を揺らして笑うから、さすがにムッとしますよ。殺す方はいいかもしれないけど、殺される方にはとても重要な問題なのよ!

「生贄は、悪魔のために殺されるって?」

「そう聞いたもの」

「この千年の間にずいぶんと変わったものだ」

「……違うの?」

「違うな」

 ジオルドはわたしの頭を撫でるのをやめて、ひょいとわたしを膝の上に抱え上げた。

 わわっ! 男の人に膝に抱っこされるのなんてはじめてよ! さっきお姫様抱っこされたのもはじめてだったけど!

 あわあわしているわたしをよそに、ジオルドは楽しそうにわたしの頬をくすぐるの。

「そもそも千年前、どうして悪魔が人間の国を侵略したのかわかっているか?」

「ううん」

「俺たちが人間の国を侵略したのは、花嫁を探すためだ」

「……へ?」

「まあ、探して攫って帰るのだから、人間の国からしたら侵略以外の何物でもないのだろうが」

「あの……?」

「悪魔は悪魔同士の間では繁殖力が極めて低くてな。だから子供を産ませるために人間の女を攫うようになった。人間は女を守ろうとするから――、必然的に悪魔と人間の間で戦争が起こったというわけだ」

 なんかいろいろ突っ込みどころがあるけど無視しよう。花嫁ほしくて攫う悪魔も悪魔だけど――、どうしてそれが「悪魔が世界を滅ぼそうとした」なんて壮大な話になって語り継がれていたのかしら? 女を取り合って戦争したって言うのが恥ずかしかったのかしら? よくわかんない。だから無視。

「それで、当時の王が生贄を差し出すと言った。国は五十年に一度、悪魔の嫁として一人の娘を差し出すとな」

「五十年に一人って……、そんな割合でいいの?」

「悪魔にとっての五十年なんて一瞬だからな」

 へー。よくわかんないけど悪魔って長生きなのね。

「じゃあ、生贄を差し出すから悪魔は人間の国を襲わないの?」

「そんな約束はしていない」

 は?

「生贄を差し出すと言ったのは人間の王で、俺たちは『ならもらう』と言っただけだ。襲わないとは言っていない」

「……都合よすぎない?」

「悪魔なんてそんなもんだ」

 わーお。ニヤリと笑うジオルドがはじめて魔王様に見えたよ。なんて身勝手なのかしら。

「じゃ、じゃあ、どうして悪魔はこの千年の間、人間の国を襲わなかったの?」

「聖女がいたからだ」

「……聖女?」

「生贄を差し出しても相変わらず女を攫って行く悪魔に、人間側もいろいろ策を講じたらしく、そうして誕生したのが聖女だ。千年前、神との間に何か密約でも交わしたんだろ。おかげで聖女がいるうちは俺たちは好き勝手出来なくなった。だからここ千年、さすがに出生率が悪い。今回聖女のお前がここに来たのはラッキーだったな」

 なんてこった!

 わたしがここに来ちゃったから、国は聖女の守りを失って悪魔に侵略され放題ってこと?

「安心しろ。さすがに俺はお前をもらったからな、俺の国の悪魔には手を出すなと言っておく」

「……でも、たしかあと六つの国があるって」

「よく覚えていたな」

 つまり、残り六つの国は、人間の国を攻め放題ってこと?

「ほかの国は聖女が機能しているから、攻められるのはお前の国だけだな」

 ってことは、六つの国の悪魔さんたちの嫁取り合戦がエスリール国の中だけで行われるわけ?

 国王じゃなくてもゾッとする。

 悪魔に攫われて、エスリール国の女の人、一人もいなくなるんじゃなかろうか?

 するとわたしの思考を呼んだジオルドは面白そうに笑った。

「悪魔は心のきれいな女でないと受け付けないからな。百人に一人いればいい方だ」

 悪魔のくせに心のきれいな女の人がほしいの?

 今日一日で得た新しい情報が多すぎで頭がパンクしそうよ。

 あ、でも、心のきれいな女の人ってことは――

「ジオ、わたしのお姉様のアマリリスだけど、無理やり攫ったりしないでほしいの」

 アマリリスは選ばれると思うのよ。

 ジオルドが首を傾げたから、今日泣いていたきれいな女の人よって教えてあげたら、彼は小さく笑った。

「わかった。その女だけは連れ帰るなら合意のもとに連れ帰れと言っておこう」

 今「だけ」って言ったわね。

 だけど突っ込むのも疲れたからもういいや。

 とにかく、たぶんこれからエスリール国は阿鼻叫喚の渦だろうけど、でも悪魔さんたちは国を滅ぼそうとするんじゃなくて花嫁を探しに行くんでしょ? なら、別にいいです。自由恋愛ってことで。わたし、ここでわたしをなでなでしている魔王様の花嫁らしいし、十一年間も塔に閉じ込めた国のみんなのために聖女として祈ったりはいたしません。

「悪魔のせいで疲弊した国が他国に侵略されなければいいけどな」

 ジオルドが楽しそうにそんなことを言うから、そっか、そんな未来が訪れる可能性もあるのね――なんて思ったけど、もういいや。

 アマリリスはたぶん悪魔の誰かに連れてこられると思うし、アマリリス以外に守りたいものなんてあの国にはないから、どうなろうと知ったことじゃない。

「シェイラ、結婚式は明後日だぞ」

 準備期間なんて無視ですか旦那様。

 わたしはちょっぴりあきれたけれど、次の瞬間にはおかしくなっちゃって、十一年ぶりに声を出して笑っちゃったわ。

 ――エスリール国の聖女は生贄に選ばれたから魔王の花嫁になります。

 うん、なかなかにシュールじゃない?

 まさに魔王の花嫁っぽくて、それはそれでいいんじゃないかしら?

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