僕が主人公じゃない方です

脇役筆頭

9.人違いされるのは主人公じゃない

「いや、危ないところだったね。探すのに手間取ってしまって申し訳な…」

ヴァルクーレは笑いながら嬉しそうに振り返るが、俺の顔を見るなり言葉を失う。

「誰だ君は!?」

あまりの衝撃事実に俺も驚く。人違いと見て間違いないだろう。グラノスを見るとグラノスもびっくりして俺とヴァルクーレを代わる代わる見ている。端的に気まずい。

「…ッ!そうか、すまない。儀式の邪魔をしてしまったようだ。しかし、俺たちの目的は最初からこの『斧』だ。これは貰っていくよ。」

少し焦ったように話すヴァルクーレに見下すような視線を送られる。戦う意思がないことを示すためか、助けた俺をグラノスに乱暴に突き飛ばす。俺は少し悲しさを覚えつつ倒れそうになるが、グラノスが優しく受け止めてくれた。好き。

剣を握る手と別の手には『斧』が握られていた。辺りを見回すと、遠くから分かるほど見事に腕が折られたジムが、仰向けに倒れている。主人公でも敵には容赦がないようだ。

グラノスも俺と同じようにジムを見ていると、視線に気付いたヴァルクーレがジムに寄っていく。トドメでもさすつもりだろうか。

「俺がやってしまったが治してやってほしい。少しやりすぎてしまった。」

ヴァルクーレは誰かに話しかけるように空中に向けて囁くと、ジムの周りに光が集まりだし、すぐにジムの腕がグシャ!と言う音と共に元どおりに戻る。この音は聞いたことあるな…。

「俺の入手した情報が間違いだったようだ。生贄が捕虜から選ばれたって聞いたから急いで来てみたんだが…。」

そう言いながら軽く地面を蹴り、重力を無視するかのように家を飛び越えていく。それを見届けたグラノスは大きなため息をつく。

「『斧』が持っていかれちまったな。」

「『斧』ってなに?」

質問すると少し間を開けてから腰に吊るしてた錠で手と足を手際良く拘束され、キャンプファイヤーに投げられる俺であった。



いうまでもなく、燃えている最中に痛みに耐えきれず即気絶したのだが、目を覚ましたのは夜の砂浜だった。全裸の状態で半分波に打たれている。このまま発見されたらまた猿の真似をしないといけなくなる。

いや、絶対だめだ。ウッキーとはお別れした。いつまでも引きずってはいられない。

俺は俺を隠すため魔法で草を生やす。砂場では碌なものが育たないな…。それに爆死してからどうも魔法の調子が悪い。どうしたものかとあたりを見渡す。

無人島というイメージではなく、明らかに都心に近い海岸沿いといったところか。自然というより人工物が目につく。すぐそこに船が停泊しているし。

人に見つかった時、瞬時に離脱ができるように風の魔法陣を足に書き込んでおくか…。俺がうずくまって書き込んでいると、隣に木の板が漂流しているのが目に入る。とりあえずこれでどこかに忍び込んで服を頂戴するか。

ゆっくりと立ち上がり、目立たないようにと姿勢を低くして移動する。イメージはむs…いや、トカゲだ。虫はもういい。また燃やされたらたまったもんじゃない。

とりあえず防波堤のような場所にたどり着く。海側から見たら丸見えではあるが、ここは死角なはず。まさか全裸男が身を潜めているとは思うまい。夜の海辺を散歩するようなロマンチックの止まらない奴がいたならば、むしろ進んで俺という存在が台無しにしてやる。

「うわっなにお前。」

早いな。さっきフラグ立てたばっかなのに。しかもこの感想で女である。もっと甲高い悲鳴とかあるでしょ。まあそんな反応をして欲しいわけではないし、静かなのはそれはそれでありがたいのだが。

「いや、その…。」

あれ、俺ってなんだ?今彼女に提示できる説明文として、『トカゲをイメージした裸の男です』ぐらいの見たまんまの同じ情報しかないような気がする。不死身とか、魔法を使えるとかは自己紹介として適さない。

俺が口を閉じ視線を落とすと、身を守るように上げていた腕がブランと下がる。少し沈黙が続き、状況はともかく雰囲気だけはロマンチックになる。

微動だにしない俺から顔をそらした彼女は、何を思ったのか羽織っていた服を一枚手渡し思わぬ提案をしてくるのだった。

「…暇?」

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