100年生きられなきゃ異世界やり直し~俺の異世界生活はラノベみたいにはならないけど、それなりにスローライフを楽しんでいます~

マーくん

第1話 それは突然にやってきたのです

もう60年にもなるのだな。

定年退職して早3ケ月。

早朝に起き出す習慣は未だ抜けきらないが、年齢のせいにしておこう。





この世界、そう君達が住んでいるこの日本では、西暦2045年政府の年金政策の不手際発覚により、法律でサラリーマンの定年退職年齢が75歳に引き上げになった。
これにより、かつての老後という考え方が大きく崩れた。

生涯働き続ける者が大半になり、現在では老後という言葉は一部の富裕層にのみ与えられている。

もっとも、生涯働き続けることで、痴呆症の患者が激減したことは、思わぬ副産物ではあったが。

幸いにも、わたしはこれから老後を過ごせる身分ではある。


平凡なサラリーマン生活をそれなりに送ってきたわたしだが、若い頃から密かに集めた財産があるため、極少数にしか与えられ無い、老後を謳歌出来そうだ。

えっ、平凡なサラリーマンが何故勝ち組になれたかだって?

君にだけ教えてあげよう。

実はわたしは魔法が使えるのだ。

この魔法を使えないはずの世界でね。

何故魔法が使えるかについては、こちらの世界では僅か10数日にしかならなかったが、あちらで経験した100年余りのわたしの不可思議な人生を語るしかあるまい。

この話は、ロッキングチェアに座る私がその膝の上でまどろむ猫のミーアと共に過ごした、数奇な100数年間の回想である。




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「広志、お前クラスどこになった?」

「なんだ健二か。B1だよ。お前は?」

「俺はA2だ。なんだよお前、もうちょっと頑張ればAクラスだったのによう。

この学校じゃAクラスとBクラスが雲泥の差だってことは、お前も良く知っているだろうに。

編み物ばっかりやってるからじゃねえか。

本当、お前の可愛い物好きは度を越してるからな!」

「しようがないだろう。可愛いは正義だ。」

走ってきたのか、背後から近寄ってきて、俺のことを残念そうな顔で心配してくれているのは、親友の健二。

中高一貫の進学校に入学して早3年。

高等部のクラス分けが発表されたのだ。

中等部では常に上位にいた健二とは、この学校に入ってからの付き合いになる。

「広志、2年になる時にまたクラス替えがあるらしいから、その時に上がれるように頑張るんだぞ。

俺も勉強付き合ってやるからな。」

持つべき者は親友ってことか。

「健二、ありがとうな。でも編み物と可愛い物集めはやめないからな。」

「はー、全くお前ってやつはよー。」

俺達は勝手知ったる高等部への渡り廊下を歩いて行く。

進学説明会を聴きに高等部の教室に行くのだが、この渡り廊下、なんと宙に浮いているのだ。

いや正確に言うと、浮いているように見えるが正解か。

この渡り廊下、なんでも戦国時代に作られた城の中に設置されていた吊り橋だったそうで、この学校が創立した時に、初代学長がここに移設してきたそうだ。

幾度か校舎の建て替えは行われているみたいだが、この吊り橋だけはそのまま残してあると言われている。

浮いているように見えるのは、橋を支える柱と吊り紐が裏手の山の緑と同化しているせいだ。

ご丁寧に校舎の一部まで緑色に塗られている。


山を背にこの吊り橋を見ると、柱と吊り紐だけが見事に消えて、橋本体だけが宙に浮いているように見えるのだ。

誰かがアップしたSNSで爆発的に拡散されて、唯一学校が一般公開される秋の文化祭には、見物客ですし詰め状態になる始末だ。


「あっ!」

中等部の校舎を抜ける手前で健二が何かを思い出したみたいで、高い声を上げる。

「広志、すまない。
忘れもんしちまった。先に行っておいてくれるか。」

「分かったよ。向こうで待ってるわ。早く来いよ。」

「悪い」と言いつつ後ろを向いて走り出す健二を見ながら、俺はゆっくりと渡り廊下を歩き出した。


そういえば、この渡り廊下は、いろんな噂があるんだったよな。

夜になると狐の化け物が現れるとか、ふざけていて落ちた女の子の霊が出るとか、神隠しにあった生徒がいたとか。

いわゆる学校の七不思議ってやつだ。

まあ古い吊り橋なんだけど、今まで壊れたり、修理した記録もないらしい。

そんな由緒正しい文化財なんだから、不可思議なことのひとつやふたつあってもおかしくないと思う。

そんなことを考えながら、渡り廊下を半分くらい渡ったところで、急に濃い霧に包まれた。

前が一瞬で見えなくなり、後ろを振り返っても何も見えなくなってしまっている。

こんな時は動かないに限るよな。

しばらく、うーん5分くらいかな。

しだいに霧が晴れてきた。

すっかり霧が晴れた前方には、あるはずの高等部校舎は無くなり、代わりに鎮座する大きな石の上には一匹の狐がいた。





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「広志、すまない。
忘れもんしちまった。先に行っておいてくれるか。」

やべえ、今日由香里も誘ってやることになってたっけ。

すっかり忘れてた。


俺は慌てて後戻りして由香里との待ち合わせ場所に急ぐ。

中等部の教室だからすぐ近くだ。

走ればすぐ由香里と落ち合い、広志と合流出来るはず。

10メートルほど戻ったところで、由香里を見つけた。

「健二、あんた私を忘れてたでしょう。ほんとにあんたってやつは!」

「悪い、悪い。」

「全く!ハンバーガーでも奢りなさいよ!」

色気より食い気ね。

「はい、はい分かり「ちょちょっと、健二!あれ何?」 えっ?」

驚く由香里に促され後ろを振り向いた俺は、目の前の光景に唖然としてしまう。

渡り廊下の真ん中あたりだろうか、広志が高等部棟に向かっているはずの場所が、もの凄い勢いで広がった霧で見えなくなってきている。

ものの数秒で、広志の姿は全く見えなくなってしまった。

「広志ー、広志ー。」

呼び掛けてみるが返事はない。

由香里とふたりで、しばらく広志の名前を呼んでいたら、霧が晴れてきたようだ。

しかし霧がなくなったそこに広志の姿はなかった。

俺達は急いで高等部の説明会場に向かった。

そして、やはりそこにも広志の姿はなかったのだった。



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目の前にいる狐は2本足でしっかりと岩の上に立っている。

後ろには古いお堂があり、その狐の周りだけ薄明るく光り輝いていた。

「君はヒロシ君だねー。」

ちょっと間延びした声で俺に話しかけてくる。

「ええ、あなたは?」

ラノベ大好きな僕としては、この現状は何となく自然に受け入れることができた。

「わたしは、ミケツカミ。
君達が『お稲荷さん』と呼ぶ神だよー。

突然で驚いたー?

って、あまり驚いていないみたいだねー。

まぁいいか。

ヒロシ君、悪いんだけど、ちょっと別の世界に行って欲しいんだよー。

良いかなー。」

いや、良いかなーって言われても。

でもラノベのど定番だからね。そんなに違和感無いかな。

「別の世界って、やっぱり剣と魔法の異世界ですか?」

「剣と魔法?
まぁ、刀も神通力も有るから一応はそうかも知れないねー。

君に行って欲しいのは、この世界の並行世界なんだー。」

「並行世界って、俺達の世界と同じ様で少しだけ違う世界ってこと?」

「そうさ、君達の世界と元々は同じー。

でもね、時間軸が違うんだよー。

それとね、時の流れも違う。
例えばさー、君達の世界では恐竜は滅んでるでしょうー。

でも、その世界では滅びずに進化して残っているとかねー。」

そうか、やっぱり並行世界(パラレルワールド)ってあるんだね。

「並行世界があるのは分かったんだけど、そこで何をするの?」

「実はね、何もしなくていいんだよー。100年間居てくれるだけでいいんだよー。」

「100年も!
だって僕の寿命がどのくらい残っているか知らないけど、後100年も生きるなんてたぶん無理だよ。」

「そこは大丈夫さー。時間の流れも環境も違うからねー。
少なくとも寿命では100年以上は確実に生きられると思うよー。

寿命ではねー。」

そこ、何で寿命を強調するかなー。

「今の話し、ちょっと引っかかるんだけど。何か寿命以外で死ぬことがあるって言い方だよね。」

「そう聞こえたー?そうだよねー。だって恐竜の子孫が残っている世界だよー。
君の居た世界とは常識が違うからねー。

だから、君にお願いしたいことは、何としても100年間は生き続けて欲しいってことなんだー。」

「生きるだけ?ほんとに何にもしなくていいの?例えば魔王を倒すとか?」

「そうだねー。ただ100年間生きてくれれば、それでいいよー。君がやりたいことをしていてくれればそれでいいんだよー。」

「逆に言うとそれほど100年生き続けるのが難しいってこと?」

「うーん、あんまりそこについては話せないかもー。
でも、君にはいくつかの能力をあげるよー。それを使って生き延びてねー。

じゃー頑張ってねー。」

ポーン!

「あっ、おい、狐の神様!」

つい今まで目の前にいた狐の神様ミケツカミは、言いたいことだけ言って消えてしまった。



















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