今夜12時、誰かが眠る。

下之森茂

戸隠花子

トイレの花子さんはグレた。

グレるという単語は現代にそぐわないが、
オバケの存在自体が時代遅れと言えた。
とにかく彼女は時代錯誤の非行に走った。

自分が忘れ去られていることに
やり場のない憤りを覚え、
方法も方向性もないままグレた。

いつの頃か忘れたが、都会では
ヤマンバギャルなるもの流行っていたので、
それを真似て日焼けサロンに通った。

さらに薄白い顔を土色のファンデで塗り、
目の周りをジャイアントパンダとは逆に
真っ白にしてアイラインは真っ黒に強調した。

ついでに真っ黒だったおかっぱ頭は、
金銀が色あせたウィッグを被る。

襟元を開けたブラウスにリボンのネクタイと、
紺地に赤色格子の入ったプリーツスカートに
サイズの大きなルーズソックスで装ったのも
指摘するまでもなくこれまた時代遅れであった。

普段は白色のブラウスと赤色のスカートで
おかっぱ頭が時代遅れと悟った本人にとっては、
どんな服装であってもそれは新鮮に感じた。

しかしヤマンバギャルは
彼女の性質に合わなかった。

ヤマンバギャルはとにかく汚かった。
メイクを落とすのを避けて何日もお風呂に入らず、
ルーズソックスは真っ黒に汚れてしまう。

彼女も元はトイレの神様として
祀られており、病魔を招く汚れは
本人にとって耐え難く3日で断念した。

アイデンティティの喪失であるのは
これまた指摘するまでもないことだが、
彼女はやはりグレていた。

ヤマンバギャルが彼女の忌避していた、
時代遅れであることに気づいた。

ヤマンバといえば同じオバケ由来の名に
わずかながらシンパシーを感じていたものの、
やはり老婆のオバケ、若者向けではないことに
気づくのは、それでもしばらく後のことである。

無駄に終わった日サロ通いを辞め、
自分に合ったメイクを心がけ、
白ギャルを目指して遅まきながら
SNSデビューを果たした。

髪型もおかっぱ頭をアレンジして
両サイドの耳元部分を短くし、
姫カットなるものに挑戦する。

都市伝説時代に獲得した名前や
年齢などの設定を利用して、
SNS上に投稿した内容は自撮りと、
トイレの清掃に関する啓発であった。

自らがトイレの神という本質を思い出し、
原点に帰り、人々から信心を取り戻そうと
画策したのである。

時代を感じさせる淡々とした語り口で、
タイルにこびりついた黒カビを丹念に清掃する
彼女の動画は奇特な人のツボを突いた。

同時に自撮り写真には反感をおぼえる者も多く、
スラングが大量に書き込まれたコメント欄は
便所の落書き同然に荒れて彼女の心も荒れた。

神様であることを自負してコメントに対し
懇切丁寧な返事を心がけていた彼女だが、
やがて相手と同レベルの応酬を始めてしまった。

無視を決め込むかトイレと同じく
鍵を掛ければすむ事であったが、
SNSに慣れていない彼女にその選択はなかった。

「汚いコメントありがとう。
 汚くって尿石と見間違えちゃった~。」

「トイレでちゃんとうんち出来てえらいえらい!」

「おじさんお掃除もちゃんとできないなんて、
 ヒトとして情けないと思わないの~?」

相手を煽るようなコメントの返信は
日に日にエスカレートするのであった。

相手への敬意はとうに失い、
挑発を繰り返す発言へと変わった。

神である自覚を、尊び奉られる目的を忘れ、
道を外れて彼女はグレた。

しかしながらSNSの住民たちはハエの如くたかり、
彼女をメスガキ呼ばわりしては
便所の落書き同然のコメントを送り、
彼女からの返信を求めた。

SNSにて彼女の求めていたはずの信仰が
不本意な形で成り立ち始めていたことは、
当事者でさえ預かり知らぬものとなった。

普段の自撮りやトイレの清掃に関する
啓発動画の投稿はだんだんと減り、
コメントの返信は増え続けて
1日の許容を超えた。

休みなくスマホをいじり、
彼女はトイレに引きこもった。

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