永遠の抱擁が始まる

悪魔めさ

第四章 三人の抱擁が始まる【エンジェルコール4】

「考え直したほうがよろしいですよ」
 
 おじちゃんに何度目かの念を押す。
 
 女の子の件はおじちゃんの要望通りに手はずを整えてある。
 そのために消費するポイント数も納得してもらった。
 これで腕の痛みを感じずに、女の子は幸せな少女時代を過ごせるはずだ。
 
「ではロウ君、次の願いを叶えてくれたまえ」
 
 おじちゃんは頑固だった。
 僕は「そんなことにポイントを消費させるべきではございません」ってたくさん言ったのに。
 
「ロウ君、君の願いを叶える。それが私の願い事だ」
 
 だってさ。
 僕としてはお客様にポイントの大切さを知ってもらうことだって重要なんだ。
 無駄使いさせたくないよ。
 真の取り引きに持っていきにくくなるじゃないか。
 
「お客様、ポイントは大切になさってください。最初に付与させていただきました千ポイントはお客様の来世、つまりご自身の未来と引き換えに、ご自身で得たものでございます。わたくしなどのために消費されるべきではございません」
「構わんと言っている。優秀なボーイにチップを払わなかったら、それは私の恥だ」
「しかし」
「私は元々、来世のことなど考えていなかった。死ねばそこで全てが終わると思っていたからね」
「さようでございましたか」
「ああ。そもそも私がどんな生物に生まれ変わろうと、今の記憶は失っているんだろう?」
「はい、前世の記憶は残りません」
「だったら何も問題はない。虫としての人生もやってみれば案外悪くないかも知れん」
 
 要するに、おじちゃんは願い事を叶えてもらえることをただのラッキーだと思っているみたいだ。
 それにしても「虫としての人生も悪くないかも」か。
 言われてみたらそうかも知れないなあ。
 
「君の願いは何だね?」
 
 おじちゃんからの質問に思わずハッとする。
 業務上、僕は嘘を言うことができない。
 
 でも、僕の願いって何だろう?
 
 おじちゃんに一万ポイントあげて、魂を貰うこと?
 なんのために?
 お給料をたくさん貰いたいからだ。
 お金をたくさん貰いたいのは何故だろう。
 色んな買い物をしたり美味しいものを食べたり、遊びに出かけたりと贅沢がしたいからだ。
 じゃあなんで僕は贅沢をしたいんだ?
 満たされたいし安心したいし、幸せを感じたいから。
 幸せでいたかったら、悩みがあったら邪魔だよね。
 僕に悩みってあったっけ?
 あ、人間でいうところの「天使」にいつかまた戻れたらいいな。
 悪魔やってると何かと嫌な想いすることが多いからね。
 
「正直に申し上げます。わたくしは──」
 
 そこで言葉をぐっと飲む込む。
 天使になりたいなんて言ったら、僕が悪魔だってバレちゃうじゃないか。
 
「なんだね? 続きを言いたまえ」
「失礼いたしました」
 
 どうしよう。
 僕は嘘をつけない。
 嘘をついたら罰を受けてしまう。
 
 悪魔にとっての罰とは、人間にされるということ。
 それだけはごめんだ。
 あんな何の能力もない生き物になんてされてたまるか。
 
 こうなったら仕方ない。
 このお客様に本当の取り引きを持ちかけるのは諦めよう。
 
 僕は恐る恐る、ゆっくりと口を開く。
 
「わたくしは、天使に戻りたいと考えております」
「天使?」
「はい、さようでございます」
 
 天使と悪魔は同じ生き物なのに、なんで呼び分けられてしまうのか。
 答えは意外と簡単だったりする。
 
 天使は自分よりも他者を優先する性質があるのね。
 なんだか信じられない感覚だけれども、それが彼らにとっては当たり前のことなんだ。
 でも悪魔は違う。
 自分本位で他人を利用しちゃうの。
 
 めちゃめちゃシビアな世界なんだけど、僕はあっという間に悪魔に堕ちた。
 原因は「ちょっと魔が差したことを思い描いた」から。
 仲間が働いてる横で自分だけ休んじゃいたいとか、そんなようなことを少し思ったんだった気がする。
 潔癖症な天使はわずかでも悪の因子があると天使失格って自分から判断しちゃうのね。
 
 一度でも悪魔になってしまうともう二度と天使には戻れない。
 だって過去に魔が差しちゃってるからね。
 どれだけ大昔のことなのかとか悪意の大小は全く関係ないの。
 悪意が芽生える可能性が少しでもある魂は天使にはなれないんだ。
 
 なんだけど、天使としての生活は悪魔よりも断然にオイシイ。
 仲間もみんないい人ばっかりだし、仕事もキツくないし、毎日笑っていられるし。
 
 そのようなことを僕は正直に、おじちゃんに説明をした。
 
「ですが、わたくしが悪魔だからといって決してお約束を破るようなことはいたしません。今後もお客様の願いを出来る限り低ポイントで──」
「天使に戻るためには何が必要なんだ?」
「はい?」
「君が天使に戻るための条件を訊いている。私のポイントでその条件を満たすことは可能なのかね?」
 
 驚いた。
 人間からしてみれば僕は悪魔だっていうのに、おじちゃんはまだ僕の願いを叶えようとしている。
 
「わたくしの正体は人様から見れば天使ではございません。そのような者に──」
 
 僕が言えたのはそこまでだった。
 
「関係ない」
 
 おじちゃんはやっぱり頑固者だ。
 
「私が叶えたいのは神の願いでも魔王の願いでもない。ロウ君、君の願いだよ」
 
 くっそ。
 こうなったら仕方ない。
 そこまで言うんなら僕は僕の事情を話しちゃうぞ。
 
「お客様、誠にありがとうございます」
「いや、いい」
「わたくしが天使に戻りたい理由は『今の生活よりも幸福でいられるから』といった自分本位な動機でございますが、よろしいのですね?」
「もちろんだ」
「では、さらに正直に申し上げます」
「うむ」
「わたくしが天使に戻るためには、お客様のポイントは必要ございません」
「なんだと?」
「悪魔が天使に戻るにはたった一つの方法しかないのです」
「ほう、それはどんな方法なんだね?」
 
 僕は辺りを見渡し、他のオペレーターに聞かれないように声を潜める。
 
「悪魔は、悪魔内のルールを犯しますと人間にされてしまいます」
「ほう」
「そうなれば、わたくしは人として人間界で生きることになるんですね」
「ふむ」
「唯一、天使に生まれ変わる可能性がある種族が人間なのでございます」
「そうなのか」
「はい。したがって、わたくしが本当に天使になりたくば悪魔にとっての不正行為を行い、人間にされてしまえばよいというわけです」
「人間が天使に生まれ変わるには何か条件があるんじゃないのか?」
「はい、ございます。人間が天使になるためには自己犠牲を果たすレベルのですね? 少々気恥ずかしい言葉ではありますが、愛が必要でございます」
 
 天使と悪魔は対立してる。
 僕ら悪魔としては天使に増えてほしくない。
 そこで悪魔たちは人々を誘惑するなどして、今から魂を堕落させておきたいってわけだ。
 人間が天使に生まれ変わってしまわないようにね。
 魂を取ったり下等生物に生まれ変わらせたりするのも、実は天使の数を増やさないため。
 魔王ラト様は「魂のエネルギーを集めてもう一つの太陽を創造したい」なんて言ってるみたいだけど、そこんところはよくわかんない。
 
「愛というと、それはどっちのだ? ロウ君自身が愛情を持つ人物になることが重要なのか? それとも周囲から愛されることが必要なんだろうか」
「両方でございます」
「そうなのか」
「ええ、非常に確率の低いことでございます」
 
 天使って本当に極端な生き物だ。
 愛を注げばその分だけ注がれる愛もあるだろう。
 なんて前提で考えられたルールだから、こんなにも厳しくなっちゃっている。
 もうちょっと頭を柔らかくしてほしいもんだ。
 
「私のポイントは、その愛情を操作するに役立つかね?」
「可能ではございますが、それをやってしまうと今度は天使にとっての不正行為となってしまいます」
「そうか」
「ですのでお客様、わたくしの願いは結構でございますよ。わたくしは人間としての生活を望んではおりませんし、リスクを犯してまで天使に戻りたいとも思っておりません」
「そうか。では、もっと簡単な願い事はないのかね?」
「そうですね。それではいつかわたくしに希望ができましたら、そのときは必ず報告させていただきます。お客様とお話させていただいたところ、遠慮は失礼に当たると感じましたので隠すことはいたしません」
「分かった、信用しよう。思いついたときは必ず願いを言ってくれたまえ」
「かしこまりました。それよりもお客様」
 
 僕は本来の仕事へと戻る。
 
「例の天変地異まで、まだ十六年もございます。そのことをお考えになられたほうがよろしいかと存じます」
「ふむ。確か時間の操作は出来ないんだったな」
 
 ん?
 時間を操作したがってる?
 今度はなんだ?
 
「ええ。残念ながら、過去や未来を変えることはポイント数以前の問題でございまして、不可能なんですね」
「では、やはりルイカ親子は十六年後に死んでしまうのか」
 
 どうやらまだあの親子のことを気にしているみたいだ。
 どこまでお人好しなんだろう、この人。
 普通だったら自分が助かるための準備を進めるべきじゃない?
 
「私のことを気にかけてくれているのかね?」
 
 ちょっと沈黙しちゃったもんだから、僕が何を考えているのか読まれちゃったらしい。
 おじちゃんは言う。
 
「私はもうこんな歳だ。天変地異の際に生き延びたとしても、文明が無くなった後の世界では生きられまい」
「滅多なことを」
「いや、事実だろう」
「では、こうされてはいかがでしょう?」
 
 生きる喜びを思い出させればそれだけポイントの大事さが解る。
 希望をちらつかせるっていうのが僕の営業スタイルだ。
 ポイントの大事さが解れば魂を犠牲にしてでも一万ポイントを欲しがるに決まってる。
 
「ポイントの消費は著しいのですが、お客様を若返らせることは可能でございます」
「ほう、そうなのか」
「はい。これにはいくつか方法がございまして、手段によってポイント消費量が異なるんですね」
「ふむ」
「まず、一気に若返ってしまっては周囲から怪しまれてしまいますので、ゆっくりと細胞を若返らせるといった方法がございます。これは八百七十ポイント必要となりますが、お勧めでございます。何歳まで若返るのかといったご年齢も、もちろんお選びいただけます」
 
 すると何故なんだかおじちゃんは無口になる。
 反応薄いなあ、興味ないのかなあ。
 僕は一応、様子を探りながらも案内を進める。
 
「また、若返りだけを目的とするならば三百九十ポイント以内で済みます。これは若い人間の新しい死体を修復し、そこにお客様の魂を移植するといった手段なんですね」
「いや、うん、解った」
「ありがとうございます」
「そのことはまた今度に考えるとしよう」
「さようでございますか」
「今はまだあの親子のことが気にかかる。天変地異の際、つまり十六年後だな。その頃の三人の情報を知りたい」
「かしこまりました」
 
 僕はモニターの前で姿勢を正す。
 
「それでは具体的に何をお知りになりたいのか、詳しくお願いいたします」
 
 すると、おじちゃんは次々と質問事項を繰り出す。
 僕はそれを聞きながら、復唱しながらキーボードを叩いて願い事欄を埋めていった。
 
 それにしてもホント人がいいっていうか、なんというか。
 この人が天使になっちゃうんじゃないか?
 ってぐらいの善人だ。
 でもまあ僕と最初の取り引きしちゃってるから彼の来世は小動物に決定なんだけどね。
 
 それにしても、さっきから引っかかる。
 
 頭の中では何故かさっきおじちゃんが言った言葉がぐるぐると回っていて取れない。
 何気ない一言だったんだけど、なんでこんなにも印象深く残っているんだろうか。
 
「虫としての人生もやってみれば案外悪くないかも知れん」

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