永遠の抱擁が始まる
第一章 二人の抱擁が始まる【そして死神はフードを被る1】
「あたしが怖い話嫌いなの知ってるでしょ!?」
 
責めると彼は「ごめんごめん」と笑って、あたしのグラスにシェリーを注いでくれた。
前菜は平らげてあるから、あたしたちの今の使命は次の料理を待つことだ。
 
「でもさ」
 
ふと彼の顔を覗き込む。
 
「今の話って、いつ作ったの?」
 
彼はというと、まだ愉快そうに薄笑いを浮かべている。
 
「なかなか良く出来た話だったろ?」
「そうかなあ」
 
あたしは首を傾げた。
 
「最後になんで主人公のお医者さんが死んじゃったのか解らなかった。あと、あれもわかんない。ほら、えっと、振り向かない人?」
「振り向かざる者、ね。それが?」
「奥さん、なんで背中を向けてたの? 最初から主人公に襲いかかればいいと思うんだけど」
「ああ、そのことか」
 
彼は再び可笑しそうに笑う。
 
「次の話で解るよ。二組目の遺骨の話だ」
「もう怖い話は嫌」
「大丈夫だよ。もう怖い話はない」
 
言って彼は自分のグラスにもお代わりを注いだ。
そして死神はフードを被る
 
 
 
さらった女の子が死神だった。
いやマジでだ。
うっかりしましたとか、そういうノリじゃ済まされない。
犯罪者が人間失格なのだとしたら、僕なんざ犯罪者としても失格である。
 
スタッガーリーの一人娘を誘拐すべく、小心者の僕にも実行可能っぽい計画を立て、ガクガク震えながら待ち伏せをした。
やってきた若い女の人に、僕はどうにか声を振り絞る。
 
「おおお、お父さんが大変なんです!」
 
声が上ずったのは演技ではなかった。
 
「とにかく大変なんで、行きましょう!」
 
我ながら芸術的な慌て具合だ。
 
娘はというと、ものの見事に全く動じていない。
 
「お前は何か勘違いをしている」
 
冷静な声色だった。
 
「勘違いじゃないんです! あなたのお父さんが、もう大変なんです!」
「大変なのはお前だ。私に父がいるのか?」
「いるじゃないですか! いやここにはいないけど!」
「どこだ」
「こっちです!」
 
娘の手を引こうと手を伸ばす。
彼女はそれを、すっとかわした。
 
「触るな。案内してもらおう」
 
最近の若い女の人は王様みたいな喋り方をするのだなあ。
足の震えや胸の鼓動を抑えながら、ぼんやりとそんなことを思った。
 
隠れ家に到着してする最初の仕事はドアに鍵をかけることだ。
次の仕事は、謝ること。
 
「ホントすみません! 実は、お父さんが大変というのは嘘、ってゆうか。ええ。でもまあ、あの、ここでしばらく人質になって下さい! 危害とかは加えないんで、お手数ですけどもどうかお願いします」
「私に父がいるというのも嘘なのか?」
 
不意を突くような質問をされ、言葉に詰まる。
 
「え?」
「二度言わせるな。私に父がいるというのも嘘なのか?」
「え?」
 
問いの意味が解らない。
この子、なんで父親を存在から疑っているんだろう。
椅子に腰を下ろし、足を組んで落ち着いている態度も人質の様子にしては不自然だ。
 
「あのう、スタッガーリーさんの娘さんですよね?」
 
恐る恐る訊ね返すと、娘は何かしらを察したような顔をした。
 
「そういった本人確認は、最初にするべきだ」
「ですよねー」
 
なんてこった、しまったァ!
と、心の中で絶叫する。
背筋に嫌な汗が噴き出し始める。
僕はこともあろうに誘拐する相手を間違えていたらしい。
スタッガーリー家とは無縁無関係の、赤の他人をさらってしまっていたのだ。
 
「ホントすみませんでした! 人違いでした!」
 
目覚しいスピードで腰を直角に曲げる。
どうお詫びしたら許してもらえるのかまるで見当もつかないけれど、取り敢えず今はこうすることしか思いつかなかった。
 
「人違い、か。確かに私は人とは違う」
 
不思議な発言に顔を上げる。
僕はそこでとんでもないものを見た。
 
「おうわあ!」
 
二度と発音できそうもない奇声を発し、同時に後方の床に尻をつく。
目を疑えば疑うほど、自分の視力の良さを呪った。
 
「どうだ。『人違い』であろう」
 
ガイコツだ。
椅子に腰掛けた骨がなんか言ってる。
さっきまで若い女性だったはずが、いつの間にか白骨に姿を変えていた。
理科室に置いてあるような模型なんかじゃない。
膝の上で両手の指を絡ませて組んだ。
動いてる。
 
「これが私の本当の姿だ」
 
骨が声を発した。
本当の姿とかって、いきなり簡単に見せてもらえるものなんだ。
と、驚愕とは裏腹に呑気なことを考える。
 
「ももも、元の姿にもどもど、戻ってください」
 
どうにか口を動かす。
するとガイコツはすぐにさっきの娘の姿に変化した。
 
「デザインとしては人間と同じなのに、怖いのか」
 
同じっちゃあ同じだけど、人が骨だけの姿になるにはまず死ぬことから始めなきゃいけないわけで。
なんて冷静に返したかったけれど、僕の心境はそれどころじゃない。
大パニックだ。
 
「あああ、あなた、なんなんですか!?」
「死神だ」
 
これで「ああ、死神だったんですか。だからかー。それで納得っす」なんて切り返せたらその人のは全世界神経の図太さランキング上位に入っているだろう。
 
「死神って……?」
「その通称は人間が勝手につけただけだ。したがって私は死の神様というわけではない」
 
なんだそっかー、だったら安心。
だなんて思えるものか。
 
「両親の記憶なんて無いからな。私がどうやって生まれたのかを私は知らない。そこでお前が父の存在を思わせるから興味を持って来たのだが」
「ホントすんません!」
「嘘だったわけか。それはいけないな」
「ホントすんません!」
 
ここまで「ホントすんません!」を連呼するのもなかなかない体験だけれども、他に言葉が出ないのだからしょうがない。
死神とは具体的に何なのか、正体が骨って以外に他にどんな能力や特徴があるのかを知りたいなとは少し思ったけど、正直な気持ちとしては帰っていただきたい。
 
「ホントすみません! でも、あの、人違いだったんで、お引取り願えないでしょうか……?」
「そうはいかない。常々、獲物の生態や常識について知っておきたいと思っていたからな。しばらくはお前を観察することにした。だから私はお前の魂を喰わずに正体を明かし、嘘をつけないようにもしておいた」
「なるほど」
 
あまりに当然のように言われたので、思わず普通に相槌を打ってしまった。
えっと、どこに突っ込むべきだろう。
獲物って単語がさらっと出たのは何故?
僕の魂を食べるとか何とかって、どういうことですか?
嘘がなんだって?
 
「お前が私の質問に正確に答えられるよう、まずは私の事情を覚えてもらおう。前情報として死神の知識を持っておけ」
 
なんか勝手に仕切ってる。
 
「死神が他の生物と最も異なる点は食事にある」
 
どうやら帰ってはくれないようだ。
 
「通常の動物は有機物を捕食し、エネルギーを得て血肉に変換させるが死神は違う。喰うのは人間の魂だけだ。肌と肌が触れ、離れた瞬間に食事を自動的に開始する。なのでしばらくは素手で私に触るな」
 
用が済んだら触ってもいいと解釈できる。
 
「あの、魂を食べられちゃうとどうなるんですか?」
「知らん。魂を喰われたことがないからな。私は」
 
ごもっとも。
 
「ただ、少なくとも死体は残る。抜かれた魂は私の一部になるわけだから、もし死後の世界があるとするならば、喰われた魂はそこに行けないだろうな」
 
ただ死ぬってだけでも嫌なのに。
 
「物質的な肉体があるのに食料が霊的な物であるという点が死神の特色になるわけだ。摂取時には直に対象に触れなければならない。そのために必要な能力が、今お前が見ている擬態だ」
 
もう僕のほうが帰ってしまいたい。
 
「催眠術の一種だ。こちらが想定する姿形を相手の脳に直接認識させる。今お前が聴いているこの声も、実は錯覚だ。私が実際に喋っているわけではない。喋ろうにも私には声帯がないからな」
 
要するに「娘に見えるけどホントは骨で、人間のやり方で喋ろうとしたらカタカタ鳴るだけですよ」ってことか。
 
「魂は人間の物が一番だ。動物の魂を喰うことも可能だがそれらはいくら摂取しても満たされない。だからこそ私は人間の街を点々としているというわけだ」
 
そこを僕が間違ってさらってしまったというわけだ。
 
「さて。私についてはそんなものだ。理解したか?」
「え、あ、はい。たぶん」
「では訊こう。今のこの私の姿、初対面でいきなり人に触れることに適しているか?」
 
突然の質問に戸惑う。
彼女が今の姿ではなく、例えば柄の悪い大男や酷く顔色の悪い亡霊みたいな風体だったら警戒されてしまって、初対面の相手に直接触れるというのは難しいだろう。
でも、今目の前にいるような若くて可愛らしい女の子の姿だったら、そりゃちょっとは相手の地肌に触れる確率が上がるかも知れない。
どうしよう。
そのことを教えたら犠牲者が増えてしまうじゃないか。
 
「いやあ」
 
犯罪者失格ついでだ。
僕は口を開く。
 
「もっとこう、なんて言うんですかね? 髪を振り乱して血の涙を流しながらやたらシャカシャカと無駄に動く機敏な老婆のほうがいいと思います。嘘だけど」
 
応え終えた瞬間「あれ?」と、つぶやく。
可笑しそうに死神が笑った。
 
「そうか。この姿では駄目か」
「え? え、ええ。そうですね、良くないです。嘘だけど」
「ではしばらく、このままの姿で行動するか」
 
納得されちゃった。
そもそも僕は、どうして嘘を嘘だって自分から暴露しちゃっているのだろう。
 
死神が何事もなかったように続ける。
 
「どうしてこの姿が良いのか、他にはどんな姿が警戒されずに済むのか、そういった法則を私は知らないからな。しばらくはお前に憑いて、人間を間近で研究させてもらうとしよう」
「あの、それはいいんです」
とだけを返したつもりなんだけど、自然と口が滑ってまたしても「嘘だけど」と、僕の口は僕の意に反して付け足している。
「あれ? まただ。なんで勝手に口が……?」
「お前はもう嘘を言えない。正確には、嘘を口にすることは出来るが、直後にそれが嘘だと自供してしまう」
「なんですって!?」
「二度言わせるな。自分の身で体験済みだろう。暗示の一種だ。この擬態が『脳の思い込み』を利用しているように、私はそういった暗示をかけることに長けている。お前はいきなり私に嘘をついたからな。それでは困るので嘘と誠を判別するための術をお前にかけておいた」
 
あっさりと重大なことを告げられる。
嘘を言うと、勝手に口が動いてしまうだなんて、そんなバカな。
確かめなくちゃ!
 
僕は思いつくままに嘘を並べ立てる。
 
「僕は大統領だ。嘘だけど。あ、ホントだ。昨日は空を飛んで鳩とスピードを競った。嘘だけど。ああ、やっぱり! くっそう。僕は今まで嘘をついたことがない! 嘘だけど。駄目か! ええい! お前のことが大好きだー! 嘘だけど。ああッ!」
「落ち着け」
「元に戻してください!」
「駄目だ」
「そうですか」
 
こんなザマじゃ誘拐をやり直そうにも絶対に失敗してしまうだろう。
さらわれる側だって、いきなり知らない男に「お父さんが大変なんです。嘘だけど」なんて告げられた日にはリアクションに困るだけだ。
僕はがっくりと地面に両手をついた。
 
死神が椅子から立ち上がる。
 
「お前は普通に生活するだけでいい。私は時に質問をするだけで、お前の邪魔はしない」
 
それを聞いて僕は「ああ」と言い、さらに首を地面に向け、曲げた。
 
隠れ家と称した小屋を出て、街に戻る道を行く。
腹が立つぐらいに天気が良い。
強い日差しが僕と死神と、木々と小鳥とをまんべんなく照らしている。
 
死神はずっと僕の横を歩いているから、知らない人が見たら健全なデートに見えるかも知れない。
僕に恋人や奥さんがいなくて良かった。
  それにしても死神だなんて。
 
僕は溜め息をついた。
こうして並んで歩いている今でも信じられない。
効率良く人の魂を喰らうために人間を研究するだなんて、僕のいないところやってほしい。
だいたい、この子はいつまで僕に付きまとう気でいるのだろう。
用が済んだら、もしかして僕は食べられてしまうのだろうか。
そんなのめちゃめちゃ嫌だ。
ってゆうか今が夏休みで本当によかった。
常に若い女性が隣にいるこの状況は、とてもじゃないけど皆に説明できない。
あと、誘拐も諦めなくちゃ。
 
色んなことを考えているうちに僕らは街に辿り付いていた。
 
「ああ」
 
数度目になる溜め息が自然と漏れる。
 
「これからどうすればいいんだ……」
「二度言わせるな。お前は普通に生活をすればいい」
「その普通の生活っていうのは、いつも女の人と一緒だと何かと困るんだよ。誰かに君のことを聞かれたらなんて応えたらいいの?」
「当たり前のことも言わせるな。そんなことはお前の采配でやれ」
「嘘も言えないのに!?」
「ある程度なら私が話を合わせてやる」
「つまり、嘘を言えるように戻してはくれないんですね……」
 
取り敢えずは便宜上ということで、僕は死神のことをエリーと呼ぶことにした。
安直な命名だったけれど、でも、とてもじゃないけど「死神さん」なんてストレートに呼ぶわけにはいかない。
そんなの誰かに聞かれたら困ってしまう。
そのことを告げたら、エリーは「そうか。エリーか」とつぶやいた。
 
「名前か。ふむ。人間から魂以外のものを貰ったのは初めてだ。そうか、エリーか」
 
なんか喜んでくれたらしい。
 
僕は知り合いに出くわさぬよう、家路を見渡す。
街は今日も賑わっていた。
出店に並んだ果実に足を止める者、通りを徐行して人波に気を遣う馬車、設置されたベンチで煙草を吹かす者。
僕の心情とは裏腹に平和な光景だ。
 
「一つ疑問があるのだが」
 
エリーが腕を組み、人差し指を顎に当てる。
 
「お前は最初、私を誰かと間違えていたな。誰と間違えた?」
「それはその、えっと、人さらいになろうと思って」
「何故だ。性癖か?」
「欲求なわけないでしょ!?」
 
人に聞かれては困る会話になりそうだ。
僕はエリーを連れてそそくさとアパートの自室に引き篭もる。
 
「僕の職業は、小学校の教師なんだ」
「ほう。それがどうして誘拐犯に転職を?」
「本職にしようとしてるわけじゃない!」
 
こういうやり取りって喜劇の中だけだと思っていたけど、どうもそうでもないんだなあ。
なんて思いながら、僕はエリーに誘拐の動機を話す。
 
僕の父親には夢がある。
最初は町外れに小屋を作り、彼はそこで塾のような活動をしていた。
さっき僕が隠れ家として利用した小屋がそれだ。
 
父は昔から子供のことが大好きだった。
 
「子供にとって、毎日のように逢うことになる大人ってのは親だ。その次が学校の先生。だから教師は人間の見本でいなくちゃいけない」
 
父さんの口癖だ。
念願を叶えて今では小学校を設立し、父は子供たちの将来を助けている。
息子としては誇らしくって、少しでも手伝おうと、それで僕は教員になった。
 
小学校を建てるにあたって父は借金をしていた。
富豪で有名なスタッガーリー氏が金を貸してくれたと父さんは喜んでいた。
担保は小学校の土地だ。
その土地は元々、祖父が遺してくれたものだった。
 
「なるほど」
 
エリーが頷いた。
 
「その金貸しがお前の職場の土地を欲しがった、というわけか」
 
察しが良い。
その通りだった。
スタッガーリーは様々な嫌がらせをして学校の評判を下げた。
あらぬ噂を流し、放火まがいのボヤを起こし、通学路に馬車を走らせ、生徒の身まで危険に晒した。
 
「おたくの学校に息子を通わせるわけにはいきませんので」
 
保護者たちがそう判断するのも必然だ。
 
このままでは学校が潰れてしまう。
借金が返せないことで、土地がスタッガーリーの物になってしまう。
 
僕は強く両拳を握った。
 
「父さんがさ、黙って、汗流してさ、焼けた教室を片づけてたんだ。それ見てたら、スタッガーリーがどうしても許せなくなって」
「群れを作って生きる種族らしい発想だな。それで金貸しの娘を誘拐して身代金を入手し、手っ取り早く職場を救いたいわけか」
「身もフタもない言い方だけど、その通りです。裁判を起こしたんだけど、スタッガーリーは口が巧くて、どうしても勝てないし……」
「サイバン? ああ、あの豪華な口喧嘩のことか」
「まあ、そうとも言えます。おや?」
 
玄関の方向からノックの音がした。
珍しいことに来客だ。
 
「エリーはここにいてください」
 
部屋に死神を残し玄関を開ける。
 
「先生」
「なんだ、お前たちか」
 
生徒たちだった。
今まさに学校の話をしていたところだったから奇遇に思う。
子供らは三人で来ていて、それぞれが神妙な顔つきだ。
 
「どうしたんだ? 遊びに来たなら、僕は忙しいから駄目だぞ」
「うん……」
 
いつもは明るい生徒が、今日は明らかに沈んでいて様子がおかしい。
僕はしゃがんで目線を低くした。
 
「どうかしたのか?」
「先生、あのさ」
「うん?」
「学校、なくなっちゃうって、本当?」
 
どうやら子供たちの間でも噂になっているらしい。
僕は精一杯に優しい表情を作り、真っすぐに子供たちの目を見つめる。
 
「誰がそんなこと言ったんだい? 学校がなくなるわけないだろう? 嘘だけど。げえ!」
 
しまった!
僕は今、嘘がつけないんだった。
 
生徒たちは三人同時に「え?」と自分の耳を疑うような顔をする。
その怪訝な表情をかき消すために僕は両手をバタバタさせた。
 
「違う違う! 違うんだ! 今のはな、そういう意味じゃなくって」
「うん? えっと、どういう意味?」
「つまりな? 学校がなくなるなんて話が嘘だってことさ。嘘だけど」
「え?」
「いやだから、学校は大丈夫なんだ。嘘だけど。違う! 嘘じゃない! 嘘だけど。いやいや、嘘なのは僕が最後に『嘘だけど』って言ったことが嘘なんだ。嘘だけど。くっそう!」
「先生?」
「エリー! 今だけでいいから解除してくれ!」
「エリーって、誰か来てるの?」
「いや? あ、ああ。そうなんだ。先生の妹がな。嘘だけど。どちきしょう!」
「どっち? ってゆうかさ、先生。もしかして、学校がなくなるって本当なの?」
「そんなことはない! 嘘だけど。いやいや、解った! 本当のことを言おう! 僕に困った質問をしないでいただきたいと、僕は今思っている!」
「なんでそこで自分発見するんですか先生」
「僕もそう思った。まあまあ、落ち着こうじゃないか」
「先生だけだよ、取り乱してるのは」
「全くだ」
 
咳払いをして、誤魔化す。
 
「ところでお前たち、そんな話どこで聞いたんだ? クラスのみんなも、もう知ってるのか?」
「うん、知ってる。学校にお金がないから潰れちゃうんだってみんな言ってる」
「マジか」
「マジ。大通りで今、ユニー達が募金活動してるし」
「なんだって!?」
 
駆け足で街に出ると、エリーも当然のように着いてきた。
人込みの隙間を縫って進む。
まだ声変わりをしていない、幼い大声が耳に入ってくる。
 
「募金をお願いしまーす!」
「僕らの学校がなくなろうとしています! 募金をお願いしまーす!」
「お願いしまーす!」
 
男子も女子も、声が枯れていた。
ずっとずっと叫んでいたのだ。
普段無口のテフラも、いじめっ子のレレイも、ガリ勉のロークスも、必死になって声を張り上げている。
 
ボヤの残骸を片づけている父を見た時と同じ感覚に陥った。
目頭が熱くなり、動悸が早まる。
 
子供たちが叫んでいる。
自分のため。
学校のため。
声をガラガラにして叫び続けている。
お前たちも、父さんが作った学校を好きでいてくれたんだな。
 
「エリー、ああいうのを見て、どう思う?」
「群れを作らなければ生きていけない種族特有の発想だと思う」
「そうか。人間は違う考え方をするんだ」
「ほう」
「僕は決めたぞ」
「なにをだ?」
「僕はさっき、訪ねて来た教え子たちに嘘をついて、それを嘘だと言ってしまった」
「あれは面白かった」
「あの『嘘だけど』の部分を、僕はこれから嘘にする! 世界初、嘘をつかない泥棒だ!」
「何を言っているのか解らん」
「学校を守るんだ」
「どうやって?」
「スタッガーリーの家に侵入するんだ。お金か、土地の権利書を盗む」
 
エリーはそれで「発想が成長していないな」とだけつぶやいた。
 
責めると彼は「ごめんごめん」と笑って、あたしのグラスにシェリーを注いでくれた。
前菜は平らげてあるから、あたしたちの今の使命は次の料理を待つことだ。
 
「でもさ」
 
ふと彼の顔を覗き込む。
 
「今の話って、いつ作ったの?」
 
彼はというと、まだ愉快そうに薄笑いを浮かべている。
 
「なかなか良く出来た話だったろ?」
「そうかなあ」
 
あたしは首を傾げた。
 
「最後になんで主人公のお医者さんが死んじゃったのか解らなかった。あと、あれもわかんない。ほら、えっと、振り向かない人?」
「振り向かざる者、ね。それが?」
「奥さん、なんで背中を向けてたの? 最初から主人公に襲いかかればいいと思うんだけど」
「ああ、そのことか」
 
彼は再び可笑しそうに笑う。
 
「次の話で解るよ。二組目の遺骨の話だ」
「もう怖い話は嫌」
「大丈夫だよ。もう怖い話はない」
 
言って彼は自分のグラスにもお代わりを注いだ。
そして死神はフードを被る
 
 
 
さらった女の子が死神だった。
いやマジでだ。
うっかりしましたとか、そういうノリじゃ済まされない。
犯罪者が人間失格なのだとしたら、僕なんざ犯罪者としても失格である。
 
スタッガーリーの一人娘を誘拐すべく、小心者の僕にも実行可能っぽい計画を立て、ガクガク震えながら待ち伏せをした。
やってきた若い女の人に、僕はどうにか声を振り絞る。
 
「おおお、お父さんが大変なんです!」
 
声が上ずったのは演技ではなかった。
 
「とにかく大変なんで、行きましょう!」
 
我ながら芸術的な慌て具合だ。
 
娘はというと、ものの見事に全く動じていない。
 
「お前は何か勘違いをしている」
 
冷静な声色だった。
 
「勘違いじゃないんです! あなたのお父さんが、もう大変なんです!」
「大変なのはお前だ。私に父がいるのか?」
「いるじゃないですか! いやここにはいないけど!」
「どこだ」
「こっちです!」
 
娘の手を引こうと手を伸ばす。
彼女はそれを、すっとかわした。
 
「触るな。案内してもらおう」
 
最近の若い女の人は王様みたいな喋り方をするのだなあ。
足の震えや胸の鼓動を抑えながら、ぼんやりとそんなことを思った。
 
隠れ家に到着してする最初の仕事はドアに鍵をかけることだ。
次の仕事は、謝ること。
 
「ホントすみません! 実は、お父さんが大変というのは嘘、ってゆうか。ええ。でもまあ、あの、ここでしばらく人質になって下さい! 危害とかは加えないんで、お手数ですけどもどうかお願いします」
「私に父がいるというのも嘘なのか?」
 
不意を突くような質問をされ、言葉に詰まる。
 
「え?」
「二度言わせるな。私に父がいるというのも嘘なのか?」
「え?」
 
問いの意味が解らない。
この子、なんで父親を存在から疑っているんだろう。
椅子に腰を下ろし、足を組んで落ち着いている態度も人質の様子にしては不自然だ。
 
「あのう、スタッガーリーさんの娘さんですよね?」
 
恐る恐る訊ね返すと、娘は何かしらを察したような顔をした。
 
「そういった本人確認は、最初にするべきだ」
「ですよねー」
 
なんてこった、しまったァ!
と、心の中で絶叫する。
背筋に嫌な汗が噴き出し始める。
僕はこともあろうに誘拐する相手を間違えていたらしい。
スタッガーリー家とは無縁無関係の、赤の他人をさらってしまっていたのだ。
 
「ホントすみませんでした! 人違いでした!」
 
目覚しいスピードで腰を直角に曲げる。
どうお詫びしたら許してもらえるのかまるで見当もつかないけれど、取り敢えず今はこうすることしか思いつかなかった。
 
「人違い、か。確かに私は人とは違う」
 
不思議な発言に顔を上げる。
僕はそこでとんでもないものを見た。
 
「おうわあ!」
 
二度と発音できそうもない奇声を発し、同時に後方の床に尻をつく。
目を疑えば疑うほど、自分の視力の良さを呪った。
 
「どうだ。『人違い』であろう」
 
ガイコツだ。
椅子に腰掛けた骨がなんか言ってる。
さっきまで若い女性だったはずが、いつの間にか白骨に姿を変えていた。
理科室に置いてあるような模型なんかじゃない。
膝の上で両手の指を絡ませて組んだ。
動いてる。
 
「これが私の本当の姿だ」
 
骨が声を発した。
本当の姿とかって、いきなり簡単に見せてもらえるものなんだ。
と、驚愕とは裏腹に呑気なことを考える。
 
「ももも、元の姿にもどもど、戻ってください」
 
どうにか口を動かす。
するとガイコツはすぐにさっきの娘の姿に変化した。
 
「デザインとしては人間と同じなのに、怖いのか」
 
同じっちゃあ同じだけど、人が骨だけの姿になるにはまず死ぬことから始めなきゃいけないわけで。
なんて冷静に返したかったけれど、僕の心境はそれどころじゃない。
大パニックだ。
 
「あああ、あなた、なんなんですか!?」
「死神だ」
 
これで「ああ、死神だったんですか。だからかー。それで納得っす」なんて切り返せたらその人のは全世界神経の図太さランキング上位に入っているだろう。
 
「死神って……?」
「その通称は人間が勝手につけただけだ。したがって私は死の神様というわけではない」
 
なんだそっかー、だったら安心。
だなんて思えるものか。
 
「両親の記憶なんて無いからな。私がどうやって生まれたのかを私は知らない。そこでお前が父の存在を思わせるから興味を持って来たのだが」
「ホントすんません!」
「嘘だったわけか。それはいけないな」
「ホントすんません!」
 
ここまで「ホントすんません!」を連呼するのもなかなかない体験だけれども、他に言葉が出ないのだからしょうがない。
死神とは具体的に何なのか、正体が骨って以外に他にどんな能力や特徴があるのかを知りたいなとは少し思ったけど、正直な気持ちとしては帰っていただきたい。
 
「ホントすみません! でも、あの、人違いだったんで、お引取り願えないでしょうか……?」
「そうはいかない。常々、獲物の生態や常識について知っておきたいと思っていたからな。しばらくはお前を観察することにした。だから私はお前の魂を喰わずに正体を明かし、嘘をつけないようにもしておいた」
「なるほど」
 
あまりに当然のように言われたので、思わず普通に相槌を打ってしまった。
えっと、どこに突っ込むべきだろう。
獲物って単語がさらっと出たのは何故?
僕の魂を食べるとか何とかって、どういうことですか?
嘘がなんだって?
 
「お前が私の質問に正確に答えられるよう、まずは私の事情を覚えてもらおう。前情報として死神の知識を持っておけ」
 
なんか勝手に仕切ってる。
 
「死神が他の生物と最も異なる点は食事にある」
 
どうやら帰ってはくれないようだ。
 
「通常の動物は有機物を捕食し、エネルギーを得て血肉に変換させるが死神は違う。喰うのは人間の魂だけだ。肌と肌が触れ、離れた瞬間に食事を自動的に開始する。なのでしばらくは素手で私に触るな」
 
用が済んだら触ってもいいと解釈できる。
 
「あの、魂を食べられちゃうとどうなるんですか?」
「知らん。魂を喰われたことがないからな。私は」
 
ごもっとも。
 
「ただ、少なくとも死体は残る。抜かれた魂は私の一部になるわけだから、もし死後の世界があるとするならば、喰われた魂はそこに行けないだろうな」
 
ただ死ぬってだけでも嫌なのに。
 
「物質的な肉体があるのに食料が霊的な物であるという点が死神の特色になるわけだ。摂取時には直に対象に触れなければならない。そのために必要な能力が、今お前が見ている擬態だ」
 
もう僕のほうが帰ってしまいたい。
 
「催眠術の一種だ。こちらが想定する姿形を相手の脳に直接認識させる。今お前が聴いているこの声も、実は錯覚だ。私が実際に喋っているわけではない。喋ろうにも私には声帯がないからな」
 
要するに「娘に見えるけどホントは骨で、人間のやり方で喋ろうとしたらカタカタ鳴るだけですよ」ってことか。
 
「魂は人間の物が一番だ。動物の魂を喰うことも可能だがそれらはいくら摂取しても満たされない。だからこそ私は人間の街を点々としているというわけだ」
 
そこを僕が間違ってさらってしまったというわけだ。
 
「さて。私についてはそんなものだ。理解したか?」
「え、あ、はい。たぶん」
「では訊こう。今のこの私の姿、初対面でいきなり人に触れることに適しているか?」
 
突然の質問に戸惑う。
彼女が今の姿ではなく、例えば柄の悪い大男や酷く顔色の悪い亡霊みたいな風体だったら警戒されてしまって、初対面の相手に直接触れるというのは難しいだろう。
でも、今目の前にいるような若くて可愛らしい女の子の姿だったら、そりゃちょっとは相手の地肌に触れる確率が上がるかも知れない。
どうしよう。
そのことを教えたら犠牲者が増えてしまうじゃないか。
 
「いやあ」
 
犯罪者失格ついでだ。
僕は口を開く。
 
「もっとこう、なんて言うんですかね? 髪を振り乱して血の涙を流しながらやたらシャカシャカと無駄に動く機敏な老婆のほうがいいと思います。嘘だけど」
 
応え終えた瞬間「あれ?」と、つぶやく。
可笑しそうに死神が笑った。
 
「そうか。この姿では駄目か」
「え? え、ええ。そうですね、良くないです。嘘だけど」
「ではしばらく、このままの姿で行動するか」
 
納得されちゃった。
そもそも僕は、どうして嘘を嘘だって自分から暴露しちゃっているのだろう。
 
死神が何事もなかったように続ける。
 
「どうしてこの姿が良いのか、他にはどんな姿が警戒されずに済むのか、そういった法則を私は知らないからな。しばらくはお前に憑いて、人間を間近で研究させてもらうとしよう」
「あの、それはいいんです」
とだけを返したつもりなんだけど、自然と口が滑ってまたしても「嘘だけど」と、僕の口は僕の意に反して付け足している。
「あれ? まただ。なんで勝手に口が……?」
「お前はもう嘘を言えない。正確には、嘘を口にすることは出来るが、直後にそれが嘘だと自供してしまう」
「なんですって!?」
「二度言わせるな。自分の身で体験済みだろう。暗示の一種だ。この擬態が『脳の思い込み』を利用しているように、私はそういった暗示をかけることに長けている。お前はいきなり私に嘘をついたからな。それでは困るので嘘と誠を判別するための術をお前にかけておいた」
 
あっさりと重大なことを告げられる。
嘘を言うと、勝手に口が動いてしまうだなんて、そんなバカな。
確かめなくちゃ!
 
僕は思いつくままに嘘を並べ立てる。
 
「僕は大統領だ。嘘だけど。あ、ホントだ。昨日は空を飛んで鳩とスピードを競った。嘘だけど。ああ、やっぱり! くっそう。僕は今まで嘘をついたことがない! 嘘だけど。駄目か! ええい! お前のことが大好きだー! 嘘だけど。ああッ!」
「落ち着け」
「元に戻してください!」
「駄目だ」
「そうですか」
 
こんなザマじゃ誘拐をやり直そうにも絶対に失敗してしまうだろう。
さらわれる側だって、いきなり知らない男に「お父さんが大変なんです。嘘だけど」なんて告げられた日にはリアクションに困るだけだ。
僕はがっくりと地面に両手をついた。
 
死神が椅子から立ち上がる。
 
「お前は普通に生活するだけでいい。私は時に質問をするだけで、お前の邪魔はしない」
 
それを聞いて僕は「ああ」と言い、さらに首を地面に向け、曲げた。
 
隠れ家と称した小屋を出て、街に戻る道を行く。
腹が立つぐらいに天気が良い。
強い日差しが僕と死神と、木々と小鳥とをまんべんなく照らしている。
 
死神はずっと僕の横を歩いているから、知らない人が見たら健全なデートに見えるかも知れない。
僕に恋人や奥さんがいなくて良かった。
  それにしても死神だなんて。
 
僕は溜め息をついた。
こうして並んで歩いている今でも信じられない。
効率良く人の魂を喰らうために人間を研究するだなんて、僕のいないところやってほしい。
だいたい、この子はいつまで僕に付きまとう気でいるのだろう。
用が済んだら、もしかして僕は食べられてしまうのだろうか。
そんなのめちゃめちゃ嫌だ。
ってゆうか今が夏休みで本当によかった。
常に若い女性が隣にいるこの状況は、とてもじゃないけど皆に説明できない。
あと、誘拐も諦めなくちゃ。
 
色んなことを考えているうちに僕らは街に辿り付いていた。
 
「ああ」
 
数度目になる溜め息が自然と漏れる。
 
「これからどうすればいいんだ……」
「二度言わせるな。お前は普通に生活をすればいい」
「その普通の生活っていうのは、いつも女の人と一緒だと何かと困るんだよ。誰かに君のことを聞かれたらなんて応えたらいいの?」
「当たり前のことも言わせるな。そんなことはお前の采配でやれ」
「嘘も言えないのに!?」
「ある程度なら私が話を合わせてやる」
「つまり、嘘を言えるように戻してはくれないんですね……」
 
取り敢えずは便宜上ということで、僕は死神のことをエリーと呼ぶことにした。
安直な命名だったけれど、でも、とてもじゃないけど「死神さん」なんてストレートに呼ぶわけにはいかない。
そんなの誰かに聞かれたら困ってしまう。
そのことを告げたら、エリーは「そうか。エリーか」とつぶやいた。
 
「名前か。ふむ。人間から魂以外のものを貰ったのは初めてだ。そうか、エリーか」
 
なんか喜んでくれたらしい。
 
僕は知り合いに出くわさぬよう、家路を見渡す。
街は今日も賑わっていた。
出店に並んだ果実に足を止める者、通りを徐行して人波に気を遣う馬車、設置されたベンチで煙草を吹かす者。
僕の心情とは裏腹に平和な光景だ。
 
「一つ疑問があるのだが」
 
エリーが腕を組み、人差し指を顎に当てる。
 
「お前は最初、私を誰かと間違えていたな。誰と間違えた?」
「それはその、えっと、人さらいになろうと思って」
「何故だ。性癖か?」
「欲求なわけないでしょ!?」
 
人に聞かれては困る会話になりそうだ。
僕はエリーを連れてそそくさとアパートの自室に引き篭もる。
 
「僕の職業は、小学校の教師なんだ」
「ほう。それがどうして誘拐犯に転職を?」
「本職にしようとしてるわけじゃない!」
 
こういうやり取りって喜劇の中だけだと思っていたけど、どうもそうでもないんだなあ。
なんて思いながら、僕はエリーに誘拐の動機を話す。
 
僕の父親には夢がある。
最初は町外れに小屋を作り、彼はそこで塾のような活動をしていた。
さっき僕が隠れ家として利用した小屋がそれだ。
 
父は昔から子供のことが大好きだった。
 
「子供にとって、毎日のように逢うことになる大人ってのは親だ。その次が学校の先生。だから教師は人間の見本でいなくちゃいけない」
 
父さんの口癖だ。
念願を叶えて今では小学校を設立し、父は子供たちの将来を助けている。
息子としては誇らしくって、少しでも手伝おうと、それで僕は教員になった。
 
小学校を建てるにあたって父は借金をしていた。
富豪で有名なスタッガーリー氏が金を貸してくれたと父さんは喜んでいた。
担保は小学校の土地だ。
その土地は元々、祖父が遺してくれたものだった。
 
「なるほど」
 
エリーが頷いた。
 
「その金貸しがお前の職場の土地を欲しがった、というわけか」
 
察しが良い。
その通りだった。
スタッガーリーは様々な嫌がらせをして学校の評判を下げた。
あらぬ噂を流し、放火まがいのボヤを起こし、通学路に馬車を走らせ、生徒の身まで危険に晒した。
 
「おたくの学校に息子を通わせるわけにはいきませんので」
 
保護者たちがそう判断するのも必然だ。
 
このままでは学校が潰れてしまう。
借金が返せないことで、土地がスタッガーリーの物になってしまう。
 
僕は強く両拳を握った。
 
「父さんがさ、黙って、汗流してさ、焼けた教室を片づけてたんだ。それ見てたら、スタッガーリーがどうしても許せなくなって」
「群れを作って生きる種族らしい発想だな。それで金貸しの娘を誘拐して身代金を入手し、手っ取り早く職場を救いたいわけか」
「身もフタもない言い方だけど、その通りです。裁判を起こしたんだけど、スタッガーリーは口が巧くて、どうしても勝てないし……」
「サイバン? ああ、あの豪華な口喧嘩のことか」
「まあ、そうとも言えます。おや?」
 
玄関の方向からノックの音がした。
珍しいことに来客だ。
 
「エリーはここにいてください」
 
部屋に死神を残し玄関を開ける。
 
「先生」
「なんだ、お前たちか」
 
生徒たちだった。
今まさに学校の話をしていたところだったから奇遇に思う。
子供らは三人で来ていて、それぞれが神妙な顔つきだ。
 
「どうしたんだ? 遊びに来たなら、僕は忙しいから駄目だぞ」
「うん……」
 
いつもは明るい生徒が、今日は明らかに沈んでいて様子がおかしい。
僕はしゃがんで目線を低くした。
 
「どうかしたのか?」
「先生、あのさ」
「うん?」
「学校、なくなっちゃうって、本当?」
 
どうやら子供たちの間でも噂になっているらしい。
僕は精一杯に優しい表情を作り、真っすぐに子供たちの目を見つめる。
 
「誰がそんなこと言ったんだい? 学校がなくなるわけないだろう? 嘘だけど。げえ!」
 
しまった!
僕は今、嘘がつけないんだった。
 
生徒たちは三人同時に「え?」と自分の耳を疑うような顔をする。
その怪訝な表情をかき消すために僕は両手をバタバタさせた。
 
「違う違う! 違うんだ! 今のはな、そういう意味じゃなくって」
「うん? えっと、どういう意味?」
「つまりな? 学校がなくなるなんて話が嘘だってことさ。嘘だけど」
「え?」
「いやだから、学校は大丈夫なんだ。嘘だけど。違う! 嘘じゃない! 嘘だけど。いやいや、嘘なのは僕が最後に『嘘だけど』って言ったことが嘘なんだ。嘘だけど。くっそう!」
「先生?」
「エリー! 今だけでいいから解除してくれ!」
「エリーって、誰か来てるの?」
「いや? あ、ああ。そうなんだ。先生の妹がな。嘘だけど。どちきしょう!」
「どっち? ってゆうかさ、先生。もしかして、学校がなくなるって本当なの?」
「そんなことはない! 嘘だけど。いやいや、解った! 本当のことを言おう! 僕に困った質問をしないでいただきたいと、僕は今思っている!」
「なんでそこで自分発見するんですか先生」
「僕もそう思った。まあまあ、落ち着こうじゃないか」
「先生だけだよ、取り乱してるのは」
「全くだ」
 
咳払いをして、誤魔化す。
 
「ところでお前たち、そんな話どこで聞いたんだ? クラスのみんなも、もう知ってるのか?」
「うん、知ってる。学校にお金がないから潰れちゃうんだってみんな言ってる」
「マジか」
「マジ。大通りで今、ユニー達が募金活動してるし」
「なんだって!?」
 
駆け足で街に出ると、エリーも当然のように着いてきた。
人込みの隙間を縫って進む。
まだ声変わりをしていない、幼い大声が耳に入ってくる。
 
「募金をお願いしまーす!」
「僕らの学校がなくなろうとしています! 募金をお願いしまーす!」
「お願いしまーす!」
 
男子も女子も、声が枯れていた。
ずっとずっと叫んでいたのだ。
普段無口のテフラも、いじめっ子のレレイも、ガリ勉のロークスも、必死になって声を張り上げている。
 
ボヤの残骸を片づけている父を見た時と同じ感覚に陥った。
目頭が熱くなり、動悸が早まる。
 
子供たちが叫んでいる。
自分のため。
学校のため。
声をガラガラにして叫び続けている。
お前たちも、父さんが作った学校を好きでいてくれたんだな。
 
「エリー、ああいうのを見て、どう思う?」
「群れを作らなければ生きていけない種族特有の発想だと思う」
「そうか。人間は違う考え方をするんだ」
「ほう」
「僕は決めたぞ」
「なにをだ?」
「僕はさっき、訪ねて来た教え子たちに嘘をついて、それを嘘だと言ってしまった」
「あれは面白かった」
「あの『嘘だけど』の部分を、僕はこれから嘘にする! 世界初、嘘をつかない泥棒だ!」
「何を言っているのか解らん」
「学校を守るんだ」
「どうやって?」
「スタッガーリーの家に侵入するんだ。お金か、土地の権利書を盗む」
 
エリーはそれで「発想が成長していないな」とだけつぶやいた。
「文学」の人気作品
書籍化作品
-
【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~-
1280
-
オフラインで打ち合わせ 〜真面目な神絵師との適切な距離感〜-
58
-
【書籍化】婚約者に「あなたは将来浮気をしてわたしを捨てるから別れてください」と言ってみた-
-
0
-
-
【コミカライズ配信中!】社長、この偽婚約はいつまで有効ですか?(原題:花束と婚約指輪)-
63
-
ヴェルシュタイン公爵の再誕~オジサマとか聞いてない。~【Web版】-
93
-
恋と遺伝子~相性98%のおためし同居生活~-
89
-
悪役令嬢の怠惰な溜め息-
162
-
賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)-
381
-
悪役令嬢は趣味に没頭します-
2819

コメント
コメントを書く