魂/骸バトリング

ヒィッツカラルド

12・海の家で

青く澄んだ海。

眩しく情熱的な日差し。

焼けた砂浜に、咲き誇る水着ギャルと楽しく弾け合うはゃしぐ声。

海岸沿いに吹く爽やかな風が若き扇情を煽り一夏の記憶を色鮮やかなパステルカラーで描き上げて行く。

「絶景だね、昂輝君。そうは思わないかね?」

「そうですか……」

温泉街に面した砂浜で夏の日々、忙しそうに営業を続けている海の家の一軒。

海岸で戯れる人々が眺められる座敷の上。

まるで景色の良いベランダで寛ぐ休日の若旦那の風情で真っ昼間からビールを呷り、茹でた枝豆を摘む軒太郎の姿があった。

実に暢気なものだ。

この町に妖怪退治の依頼で訪れた際とは異なりプライベートの為か着ている服は堅苦しくも暑苦しいビジネススーツでは有らず。

観光客や海水浴に来ている人々と変らないトロピカルで涼しげなアロハにタンパンを履いていた。

バカンスを満喫するような軒太郎とテーブルを挟んで向かいには不死身に呪われた狼少年の五代昂輝少年が、暇そうに両手をテーブルの上で組んで座っていた。

昂輝もまたラフな格好をしている。

二人とも浜辺の景色に馴染んでいた。

妖怪わいらを退治してから二日が過ぎている。

憑き姫曰く、昂輝を二人が住む町へと連れて帰り、呪いの専門家に診断してもらう予定だった。

だが、何故か直ぐには実行に移さず、彼ら二人は夏の休暇を楽しむように、この町にとどまって居た。

まだ二人は自分たちが住む町へは帰らない様子である。

そして現在そう述べた筈の憑き姫は、海の家から少し離れた浜辺にパラソルを建てて水着姿で日光浴にまどろんで居る。

此方も暢気なものだ。

昂輝たちが居る場所からも憑き姫の幼い水着姿が窺えた。

フリルの付いた白のビキニが華奢で小柄な少女をロリロリしく着飾っている。

クールで大人びた態度を見せる憑き姫だが、やはり少女だ。

スレンダーな水着姿がとても可愛い。

その手の趣味ある者たちには歓喜の余り、ブルッと震いが全身と脳裏に走る程の美少女であった。

目の保養になる。

その小さな美顔にサングラスを掛けてカラフルなビニールシートの上で浮き輪を枕にのんびり横になって居る憑き姫。

先程から眺めていても動く気配は殆ど見せない。

どうやら寝ている様子だ。

時折、憑き姫の周りをナンパな輩がうろつき声を掛けようか悩んで見せる。

やや幼さが残る憑き姫の年齢を推測して、低く見積もったのか諦めて去って行く光景が何度か見られた。

ナンパ師も犯罪は犯せないのだろうが、その光景を何故か昂輝は若干の安堵を感じながら眺めていた。

この二日間、昂輝は二人に引っ張られて町の案内や小間使いのようなことをしていた。

早くも情が映り始めたのかも知れない。

「軒太郎さん、僕を連れて町を出るんじゃなかったんですか?」

昂輝がビールをジョッキで飲む軒太郎に問う。

この二日間で同じ質問をするのは何度目だろうか――。

分かっていながらも、ついつい繰り返す昂輝。

そしていつも同じような答えしか返ってこない。

「焦るなよ、少年。呪いは逃げ出したりしないから」

――出来れば逃げ出してもらいたい。

そう思いながら諦め顔を作る昂輝。

だが、軒太郎の言うことも一理ある。

昂輝に掛けられた呪いは直ぐにどうこうなる代物ではないと憑き姫も述べていた。

急かし焦っても解決しない。

一日二日ぐらいの無駄も対した問題にならないだろう。

気長に解決を目指すべきかと昂輝も黙考にふける。

そして夏の塩風が降り注ぐ日光と交差しながら温もりを混ざり合わせる。

すると海の家の中に涼しく吹き込む。

その風に爽快な笑みで軒太郎が皿に盛られた枝豆を一つ摘み上げた瞬間、テーブルに置かれた彼のスマートフォンが賑やかに昭和の名曲を奏で始めた。

鳴り響くスマホからの着信音。

軒太郎は摘んだ枝豆を皿に投げ戻し直ぐさま電話に出た。

ただそのようすを昂輝は見守る。

「はい、もしもし、お砂姉さんですか?」

着信音の違いから直ぐに電話の相手を何者か悟った軒太郎が、電話にも関わらず営業スマイルを眼鏡の下に作り出し応対した。

おそらく笑顔を作るのは癖なのだろう。

漆黒の先頭モード時とは別人である。

此処数日の付き合いの昂輝だが、黒衣に変身していない時の軒太郎は、誰かと話す際に必ずと言っていいほど笑顔に変わる。

笑顔は悪いものではない。良いものだ。

人生の最悪を迎えている昂輝に取っては、まがい物にも映る軒太郎の笑顔すら心を癒やす微少な薬となっていた。

独り薄暗い家に籠もって居るよりもましだ。

無理矢理引っ張り出され小間使いとしてこき使われている。

それでも軒太郎や憑き姫に付き合いながら外に出ていたほうが精神的に宥められていた。

少なくとも死にたい、自殺をしたいと絶望的衝動に駆られる間が減っている。

夏の日差しが心の憂き目を少しずつ焼くように――。

軒太郎が言った『お砂姉さん』と呼ぶ名前。

向かいで聞いていた昂輝にも聞き覚えがあった。

確か憑き姫が昂輝の呪いを見て貰うと告げていた人物の呼び名である。

その人物が電話の相手のようだ。

「ええ――、はい――、はい、分かりました。では、直ぐに迎えに行きます。そこでお待ちを」

軒太郎が会話を終えて電話を切る。

そしてスマホをテーブルの上に戻した軒太郎が昂輝に言った。

「昂輝君すまないが、駅までお砂姉さんを迎えに行ってくれないか」

「はあぁ?」

思わず間の抜けた声を溢す昂輝。

どうやら軒太郎たちは呪いの専門家と言われる人物を、この町に呼び出したらしい。

それを昂輝は話の流れから推測して何となく悟る。

「ええ、いいですよ。で、どんな人なんですか?」

迎えに行くべき人物の特徴を問う。

「白い服に鍔の大きな白い帽子を被っている筈さ。清楚で気品のあるエロっぽいが貞操の固い女性だよ。見かければ一目で分かるさ」

「はぁ~……」

一部失礼な表現も有るが、そこは敢えて突っ込まない。

おそらく外出の時は同じような服装を選ぶ女性なのだろう。

軒太郎は特徴を簡単に予想して昂輝に伝えたのだ。

ならば直ぐに分かるだろうと昂輝も安易に考え席を立つ。

こんな小さな町の駅だ。観光客が多いとはいえ、そのような目立つ帽子を被っている女性も少ないだろう。

直ぐに気付くだろうと考えた。

「じゃあ、行ってきます」

「ああ、おねがいね。私はここでのんびり待っているから」

気の無い言い方で少年を見送る軒太郎。

昂輝が海の家からサンダルを履いて出て行く。

そして熱く焼けた砂を踏みしめ浜から出ようとした時である。

後ろから憑き姫が追って来た。

「どこいくの?」

彼女の声に振り向く昂輝は少し驚いた表情を見せていた。

憑き姫に声を掛けられるとは思ってもいなかったからだ。

そして、気持ちが落ち着くと言葉を返す。

「お砂姉さんってかたが、駅に到着したらしいから迎えに行くんですよ」

「へー……」

憑き姫に敬語で答える昂輝。

昂輝の年齢は17歳。もうじき18歳になる。

憑き姫の年齢は見た目12歳ぐらいだ。本人曰く15歳。

彼女の話が本当ならば昂輝よりも二つ年下である。

それなのに何故か昂輝は彼女に敬語を使ってしまう。

憑き姫の凛とした存在感が昂輝にプレッシャーのようなものを掛けてそうさせていた。

嫌いとか、苦手とか、付き合い難いとかでない。

ただ、彼女と居ると昂輝は、よく分からない物を意識してしまうだけだ。

本人も次期に慣れるだろうとたかをくくっている。

元々昂輝は人付き合いが苦手なほうではなかった。

あの事故が、なければ……。

両親の自殺が、なければ……。

未だに明るく普通の高校生だったのだから……。

憑き姫が眠たそうな瞳で昂輝を見上げる。

ぼぉ~っとした感じが多い娘である。

「じゃあ、私も行くわ」

可愛らしい水着姿に肩から大き目の白いタオルを羽織る彼女はそう言った。

「一人でも大丈夫ですよ」

笑顔で答える昂輝。

「貴方、お砂姉さんの顔、知らないでしょ?」

「いつも白い服を着て、白い帽子を被っているって軒太郎さんから聞きました。駅で待って居るそうなので直ぐに分かりますよ」

いつもとまでは言っていない。

「でも、独りで寂しくない?」

「え……?」

思わず言葉に悩む昂輝。

「まあ、詰まらないかも知れないけど、寂しくはないと思うよ……」

「きっと帰りはお砂姉さんと二人で気まずい空気になると思うわよ」

気まずくなるのか? 

そんなにヤバイ人なのか?

でも、行きは行きで憑き姫と二人で気まずくなりそうだと思う。

「いいから行きましょう」

そう言いながら砂浜の出口に向かう憑き姫。

「あっ、ちょっと……」

昂輝がその後ろ姿を追った。

砂浜を出て直ぐの国道を横断した憑き姫が振り返り昂輝の顔を見上げる。

切れ長の瞳が透き通り真夏の太陽を反射させながら潤んでいた。

目と目が合う。

綺麗な瞳だと昂輝が照れながら視線を外した。

初心である。

こうして二人で駅まで向かう事と為った。



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