魂/骸バトリング

ヒィッツカラルド

7・対決

わいらの突然な登場に、軒太郎と憑き姫が車外に飛び出す。

薄笑いを浮かべながら述べる軒太郎。

「そっちからお出ましか、手間が省ける!」

憑き姫は無表情で述べる。

「いい覚悟よね。私たちを襲うなんて──」

薄暗い国道の上で睨み合う三者。

わいらの双眸が怪しい色に輝き二人の退魔師を睨み付けていた。

「何ヤラ、妖気ヲ感ジテ追ッテ来テミレバ、普通ノ人間ナノカ?」

わいらは鰐のような口で器用に喋っていた。

「マアイイ、普通ノ人間ノ肉ハ、美味クナイウエ、妖気モ少ナク生モツカナイ。貴様ラフタリヲ喰ラッテ、妖気ヲ蓄エルカ――」

「かたごとの日本語しかしゃべれないのに大きなことを言うわね。殺してあげるわ」

自分たちを喰らうと言うわいらに憑き姫が鋭い眼光を向ける。

すると彼女の左手の上に魔道書にも似たカードファイルが一冊現れた。

「大塚氏、一旦お逃げなさい。終わったら電話で連絡しますから」

「ダメです三外さん。ガードレールにぶつかったショックでタイヤがパンクしています!」

「じゃあ、早くスペアに替えなさい!」

「は、はい!」

軒太郎がイラつきを見せる。

そして黒縁の眼鏡を外した軒太郎が怪しい瞳をわいらに向けた。

律子は車内から二人の背中を見ている。

此処に来て初めて二人から人間でない気配を強く感じ取った。

何かが怖いのだ。

律子が見守る中、軒太郎の足元にタールのような真っ黒な影が広がっていく。

そして生き物の如く波打つ漆黒は、軒太郎の脚を染め替えるように登り全身を包み込むと黒い衣類に変わって行く。

軒太郎の風貌が一身する。

黒いテンガロンハット、黒いロングコート、黒い上下のスーツ、黒のカウボーイブーツ。

黒、黒、黒、黒。

ワイシャツと首に巻くマフラー以外は真っ黒な姿だった。

おそらく心も黒い。

そんな表情だ。

髪の毛も灰色の長髪に変わり先程までのセールスマンのような風貌は欠片も残っていない。

まさに別人である。

一方、憑き姫がクリアファイルの中から一枚のカードを取り出すとカード名を唱える。

「茨巫女 ザ・ホーリーコスチューム」

唱えた憑き姫がカードを宙に投げると突然カードが輝き巫女の姿をした少女が一人現れた。

まるで幽霊の如く両脚が地面から離れておりプカプカと浮いている。

憑き姫と同じくらい長い黒髪と赤い袴が風もないのに揺れていた。

そして巫女服の少女が風に流されるように後ろに下がり背中から前を向いた憑き姫と重なり合っていく。

すると憑き姫のワンピース姿が巫女の衣装へと替わった。

「変身したわ……」

替わる二人を見ていた律子が呆然としている。

衣装が替わった二人が一歩だけ前に出た。

威圧に空気が重たく押される。

わいらも相手が発する妖気の大きさを感じ取っていた。

「貴方の魂を、私のコレクションに加えてあげるわ」

「お前の骸は、俺様が頂くぜ!」

「ヤハリ妖怪カ、貴様ラモ!」

憑き姫がクスリと笑う。

「いいえ、ほんのちょっとだけ人間の枠をはみ出しただけよ」

軒太郎が怪しく笑う。

「元々は人間。ただ独自の妖術と独自の科学を極めてしまっただけだ。一種の天才なんだよ」

「御託ハイラナイ。イイカラ我ニ喰ワレロ!」

わいらが大きな口を開いて飛び掛った。

戦闘開始である。

軒太郎の黒いコートがふわりと広がると中から一丁の銃が抜き出された。

レミントンM1100をベースに小型化カスタムが施された黒いボディーのショットガンだ。

弾丸には散弾の鉛玉ではなく妖怪の髪を束ねて鍛え上げられた針の束がホットシェルの中に詰まっている。

一度に装弾できるシェルの数は四発まで、その散弾銃を腰の高さで構える軒太郎が安全装置をOFFにした。

「喰らえ、デカブツ!」

緑の巨体を舞い上げ飛び込むわいらに向かって軒太郎が引き金を引いた。

薄暗くなり始めた山中に乾いた銃声が響き渡る。

「ブギャー!」

髪の毛針の散弾が、わいらの顔面を捉えて棘だらけにした。

わいらは地面に落ちると顔面に突き刺さった無数の髪の毛針を両手の鉤爪で払い取りながらのた打ち回る。

軒太郎が舌打ちの後に愚痴った。

「ちっ、思ったよりも硬いな」

続いて憑き姫の攻撃。

「鬼々蜘蛛 ザ・スパイダーウェブ」

憑き姫がカードを取り出して投げた。

現れたのは大きな蜘蛛。

「キィキィキィキィキーーーー!!」

大蜘蛛は奇怪な声を上げると、わいら目掛けて粘着糸を投網のように広げて吹きかけた。

だが、いち早くわいらが気付く。

そして、後方に跳躍して蜘蛛糸の網を回避した。

巨体のわりに意外と俊敏である。

的を外したネットがアスファルトにへばりつく。

鬼々蜘蛛の姿が霧となってかき消えると憑き姫は次なるカードを取り出した。

「鎌鼬 ザ・ブラザーズカッター」

投げたカードの中から鎌鼬三兄弟が現れ両手の鎌を鋭く構えた。

憑き姫の前方に並ぶ三匹が鋭い瞳で口元をニヤリとさせる。

すると鎌と牙がキラリと輝いた。

「ナンナンダ、妖怪ヲ操ルノカ、コノ小娘ハ!?」

声を抗えるわいらに向けて三匹の鎌鼬が真空の刃を放った。

鋭い空気の斬撃が景色を切り裂きながら飛んで行く。

その数六撃。

「コレハ不味イ!」

わいらが逃げる。

しかし鎌鼬たちが放った斬撃の幾つかが、わいらの体を傷付ける。

緑色の体から赤い飛沫が鮮やかに散った。

するとわいらの口から苦痛が叫ばれる。

「ギィァァアアア!!」

痛みに耐えかねたわいらが逃走を始めた。

逃げるわいらに軒太郎もショットガンを二発乱射した。

発射した軒太郎の毛針弾丸がガードレールに当たり火花を散らす。

二発とも外れたのだ。

わいらはガードレールを飛び越え急斜面に並ぶ山林の中へと逃げ込んで行く。

「ちっ!」

舌打ちを漏らす軒太郎が、わいらの逃げた先をガードレール越しに覗き込む。

逃げるわいらの姿が山林を降って行くのが見えた。

木々が邪魔でショットガンでは狙いがつかない。

しかし、残りの一発を、この際だから撃ってみる。

「ちっ」

やっぱり当たらない。

舌打ちを繰り返す軒太郎であった。

「追うの?」

背後から憑き姫が訊く。

「まあ、今日のところはいいさ。民間人も居るし深追いは禁物だ」

「そうね。そうしましょうか」

「相手の力量も分かったことだしな。たいした奴ではない」

「そうね」

憑き姫が答えると軒太郎がわいらの逃げた先を信じられないといった表情で見ていた。

その表情は驚きである。

「なんだ!?」

「どうしたの?」

驚く軒太郎の横に憑き姫も並んで下を見る。

「あら、どうなってるの?」

「さあ……?」

憑き姫もキョトンとしていた。

逃げた筈のわいらが引き返してくる。

形相も必死だ。

二人がガードレールから後退り身構えた。

するとわいらが崖下から道路へ飛び出して来る。

「ヒィィィィィーーー!!」

悲鳴を上げるわいらは軒太郎たちとは別の方向へと走り続ける。

そして、わいらを追って何者かが斜面から飛び出してきた。

「なんだ!?」

パンクしたタイヤの交換をしていた剛三も気付き声を上げた。

飛び出して来た物、それは人型。

狼の頭部を持った獣人であった。

わいらを追って現れた獣人は後太郎や憑き姫に気付いて足を止める。

今度は蜘蛛のように反対側の岩肌を登り始めたわいらは、半分ぐらい登ったところで向きを変えて下の様子を伺っていた。

「あの服!」

ことを車内から窺っていた律子が狼の頭部を持った獣人が身に付けている洋服を見てあることに気づく。

黒いTシャツに、Gパン。

それに赤いスニーカー。

間違いない。

あれは此処に来る前に会っていた元クラスメイトが着ていた服と一緒だった。

「何者です、この狼男は!?」

剛三が問うように叫ぶ。

「ライカンスロープだ」

軒太郎が答えた。

「ウルフチェンジャーよ」

憑き姫が訂正する。

「あれは五代くん!」

律子が名を呼んだ。

全員正解!

軒太郎&憑き姫、それにわいらと狼男。

三つ巴の睨み合いが始まった。



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