ドS勇者の王道殺し ~邪悪な本性はどうやら死んでも治らないみたいなので、転生先では自重しないで好きなように生きようと思います~

epina

ドS勇者と新たなる旅立ち

 それからの僕たちは大忙しだった。
 寸断されたインフラの回復、行方不明者の捜索、人間区画に流れてきたエルフ難民と元々の住民との調停などなど。
 街の復興に裏側から貢献するために盗賊ギルドを奔走させてたら、瞬く間に一ヵ月が過ぎてしまっていた。

「バリンガスー。盗賊ギルドが街の復興頑張らなきゃいけないの、やっぱり納得いかないよー」
「盗む物は人がいてこそ生まれる。街と人なくして盗賊は食っていけないと何度も言っているだろう、ユディ」
「こんなの僕が憧れたナイトフォックスじゃないやーい」

 なんとバリンガスの正体は盗賊ギルドの総元締めであるナイトフォックスだった。
 正確には引退しているので違うらしいんだけど、各支部長に対しては隠然とした影響力を持ち続けているんだとか。

「カルザフもこっち手伝ってよー」
「悪いな小僧。俺もナイトフォックス稼業が忙しいんだ」
「ずるいよー! 僕も《フライングフォックス号》で夜の空を飛びまわりたい……」

 カルザフはバリンガスの後継者として、ナイトフォックスの活動を開始していた。
 まあ、この街での盗み稼業は自粛しているので《フライングフォックス号》であちこち出張してるらしいけど。

「どうぞ! おまたせしましたー!」

 最近のティーシャは盗賊ギルドのバーで、ウェイトレスとして働いている。
 最初のうちはハーフエルフは不吉だって煙たがられていた。
 だけど彼女のことを馬鹿にしたり侮辱すると、何故か路上で裸になって発見されたり、下水に落ちたりと不幸に見舞われるため――もちろん、僕がギフトを使ったからだ――美貌とかわいらしさが素直に評価されるようになった。
 今では盗賊どもに大人気である。

「ティーシャ、僕にもブランデー一杯ちょーだい!」
「そんなこと言って、仕事中は駄目ですよ! めっ!」

 ひどい。
 そんなこと言われたら飲める日は永遠に来ないよ。
 僕の仕事はいつ終わるの……。

 その日の夜、僕は決意した。

「よし、ティーシャ。僕は何もかもほっぽりだして逃げる! いっしょに来て!」
「えええええええっ!!」

 上納金は惜しいけど、こんなところにいられるか!

 こうして僕は盗んだ《ナイトローダー》で走り出したのである。




「よかったのかよ、バリンガス。本来なら支部長がやらなくていい仕事まで押し付けて、こんな形で追い出しちまってよ」
「いいのさ。あいつは勇者だ。こんな街の支部長で終わるような器じゃない。それに、ナイトフォックスは夜を自由に駆け抜けてこそだ」




 ピゥグリッサが再び合流したのは、僕らが森の中で魔物に襲われているときだった。
 自分よりも大きなグロウベアを瞬く間になぎ倒し、僕らの前に颯爽と馳せ参じたのだ。

「いや、助かったのは私の方だ。頼むから水と食料を分けてくれ……」

 どうやら森の中で迷ってサバイバル生活をしていたらしい。
 ちなみに聞くところによると、ピゥグリッサは“魔人還し”という二つ名の元魔人ハンターだったらしい。
 道理で強すぎると思ったよ。

 こうして再びピゥグリッサに恩を売りつけることに成功した僕は、強力なお供にすべての戦闘を押し付けることに成功した。
 まあ基本的に《ナイトローダー》のスピードで逃げていたのが、ピゥグリッサが瞬殺するようになっただけなんだけど。

 いや、でも本当に高性能だよ《ナイトローダー》は。森の中でも木々の合間をスイスイ走れるんだもの。
 二人乗りだからピゥグリッサがいると乗れないんだけどね。
 起動キーの中に小さくして収納できるので、今は僕のポケットの中だ。

「セリアーノを覚えているか?」

 ピゥグリッサの神妙な問いに、僕は頷いた。

「もちろん。忘れるわけないですよ」

 あの日、セリアーノと戦った日を境に僕の中で何かが変わった。
 魂じゃなくて、勇者としての意識とかそのあたり。
 あとはティーシャだね、ティーシャ。
 何がとは言いづらいんだけど。

「そういえばなんであのとき、すぐいなくなっちゃったんですか? わたし、お礼をしたかったのに……」

 そういえばピゥグリッサがいなくなって、ティーシャは寂しがっていたっけ。

「私はクアナガルではお尋ね者だからな。魔人が倒れて衛兵が駆けつける前に早急に脱出したかったのだ」
「本当にごめんなさい。わたしのせいで……」
「いいんだ。それに君たちと別れたのは、それだけが理由ではない」

 首を横に振ってから、ピゥグリッサは僕を睨むように目を細めた。

「私はあのとき、君の……勇者ユエルの魔人の倒し方を認められなかった」

 ピゥグリッサには僕のギフトについて詳しく話したわけじゃない。
 それでも僕がひどく残酷な方法でセリアーノを始末したことはピゥグリッサを含め、あの場にいる全員が気づいていた。
 あのように暴走した魔人は苦しむことなく塵に還すことがせめてもの供養なのだと、当時のピゥグリッサは去り際に語っていた。

「今でも、あれしか方法はなかったと思いますよ」
「わかっている。君を責めるつもりはない。だが、あのまま君たちの側にいたらあのときの私はきっと……」

 ギリリッと拳を握りしめるピゥグリッサ。
 確かに殴られても文句は言えない。

「それに、セリアーノが君のことを問答無用でフォルガート扱いしてきたらどうするつもりだったんだ?」
「それはありません」
「……何故言い切れる?」
「カルザフが先にセリアーノを裏切っていないからですよ。もしユエルだと名乗り続けている僕を強引にフォルガートにしたら、一度認定したカルザフを……フォルガートを自分が裏切ることになる。そんなことをすれば起源を見失ったセリアーノは滅びます。だから彼女はあんなにも僕の口から『本物のフォルガートは僕だ』と言わせたがったんです」

 ピゥグリッサが驚いた顔をした。

「あのときの意味不明のやりとりは、そういうことだったのか。だから君は自分がユエルであることを一切譲らずに……」
「僕がフォルガート認定されたら《恋慕》でセリアーノを倒せなくなりますからね」

 カルザフの魅了をすぐに解いたのも『フォルガート』に余計なこと口出しをされないためだ。
 放置してたら思わぬイレギュラーが発生した可能性もあったからね。

「《恋慕のギフト》とやら、私には使うなよ?」
「ご安心を。何があろうとピゥグリッサさんだけには絶対に使いません」
「そ、そこまではっきり断言しなくてもいいんだが……」

 何故か落ち込むピゥグリッサをよそに、僕はセリアーノのことを思い出していた。

 ピゥグリッサにはああ言ったが、実を言うと当時の僕にセリアーノがフォルガートを裏切らない確信はなかった。前後の見境を失ったセリアーノは僕を巻き添えにして爆発していたし。
 セリアーノが新たなフォルガートを求めたのは僕が裏切ったときと、死んだとき。だからといって、それ以外のケースでもセリアーノがカルザフを偽物扱いしない保証はなかったから。

 心配が杞憂だったと知ったのは、それこそセリアーノの最期を見たときだ。
 彼女はもっと自己矛盾に苦しみ、すべてを呪い、血の涙を流しながら滅んでいくものだとばかり思っていた。
 だけど《恋慕》で僕に惚れたセリアーノは幼子おさなごのように純真な瞳をしたまま、誰にも迷惑をかけることなく、ひとり静かに逝った。

 正直、普段の僕からすれば興醒めのラストシーンのはずなのだけど……僕はセリアーノを憐れんでしまった。道化だの喜劇だのと言ったのは負け惜しみに過ぎない。
 ましてや、僕に惚れて死んだ『少女』にティーシャを重ねてショックを受けたとあっては。
 殺さねばならない敵に《恋慕》は二度と使うまい。そう思わされた。

「彼女とはもっと違う形で会いたかったです。本当にそう思いますよ」
「そうか……まあ、何はともあれよかったじゃないか!」

 僕の噛みしめるようなつぶやきを耳にしたピゥグリッサは、これ以上は追及すまいと思ったのか。
 あからさまに話題を変えてきた。

「エクリアとクアナガルが再び戦争にならずに済んだのは幸いだったな! なんでもセリアーノは少し前に騎士を除名処分になっていたそうだぞ。魔人が現れて暴れた……被害はともかく、ただそれだけの事件になったわけだ。何よりじゃないか」

 それなー。
 結局、僕の望んだ戦争は最初から絵に描いた餅だったということだ。
 おのれエクリア王国め。こざかしや。

「ところで私はなんとかしてクアナガルを出るつもりだが、君たちはどうするんだ?」
「うーん……」

 ピゥグリッサに旅の目的を聞かれた。
 ぶっちゃけ、これと言ってなーんにも考えてなかったんだよね。ノープラン。
 ほら、《ナイトローダー》を乗り回すのが楽しくってさ。

「もし決まっていないなら、私とともにハルアースに行くというのはどうだ?」
「ハルアース? 常夏のハルアースですか?」

 目をぱちくりさせるティーシャに、ピゥグリッサが笑顔で頷いた。

「ああ、私の故郷だ。あそこなら君たちをもてなすことができるし。何よりクアナガルと違って差別がない。もちろんハーフエルフの差別もな」
「そんなところがあるんですか! 行きたいです! 行きましょう、ユエル様!」
「おいしい果物もたくさんあるぞ!」

 目を輝かせて迫ってくるふたり。
 僕は腕を組んで考えるフリをしながら《伝達のギフト》を使った。

(だってさ、ヴェルマ。ハーフエルフ差別がないんだって。いい加減、名乗り出たら?)
(……マスター君、それは)

 ヴェルマは当たり前のように生きていた。
 そりゃね、影の中に隠れてる間は爆発だろうとなんだろうと関係ないんだから。
 僕の《伝達》にシカトこきやがってー。

(……私にはその資格がないわ)
(資格ねぇ。むしろここでティーシャに名乗り出ればこそ、母親としての資格を得られると思うんだけど)

 ティーシャから両親が魔人だという話を聞いてからしばらくして、ひょっとしてたらと思ってヴェルマに吐かせた。
 ティーシャがいるギルドには姿を現さなくなったから、バレバレだったとも言う。
 つまりティーシャは、グランドルとヴェルマの間に生まれた子供なのだ。

(母親として名乗る出る。それは命令なのかしら?)
(いいや、僕個人の意見)

 ヴェルマの嘆息の気配。

(それなら無理ね)
(だったら、気が変わる日を待つことにするよ)
(そんな日は来ないわ)

 それきり思念を送ってもウンともスンとも言わなくなった。

「魔人って面倒くさい生き物だよなぁ、ホント……」
「魔人だと? 魔人がどうした」
「なんでもないですピゥグリッサさん。それよりいいですよハルアース行き。他にアテがあるわけでもないし」

 ふたりが僕の色良い返事にハイタッチする。
 こうして眺めていると、種族が違うのに仲のいい姉妹のようだ。
 これほどまでに慕うピゥグリッサを僕のために犠牲にしようとしたティーシャの苦悩を思うと、感動と喜びで胸が詰まりそうになる。

「さて、ならば目指すは南だな! なぁに、検問のひとつやふたつなら破ってみせるさ」
「そこはギフトを使って平和的にいきましょうよ! ね、ユエル様?」

 僕に微笑みかけてくれるティーシャのことをジッと見つめ返す。

「……どうしたんですか?」
「ううん、なんでもない。ティーシャのことは僕が守ってあげるからね」
「き、急になんですっ!?」

 赤くなった顔がかわいかったので、思わず頭を撫でる。
 子供扱いしないで欲しそうに頬を膨らませるティーシャ。

 ああ、何としても守ってあげよう。
 世界の悪意からも。僕の悪意からも。

 どんな手を使ってでも笑わせてあげよう。
 他に何者を不幸に陥れようとも、たとえ僕自身を切り捨てようとも。

 ティーシャの幸福。
 それが今の僕にとって最大の利益メリットなのだから。

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