ドS勇者の王道殺し ~邪悪な本性はどうやら死んでも治らないみたいなので、転生先では自重しないで好きなように生きようと思います~

epina

ドS勇者とソグリムの風

「フォルを! フォルはどこだ! 返せぇぇっ!!」
「チィッ……!」

 ピゥグリッサはセリアーノの攻撃をすべて受け流しながらも、攻めあぐねていた。

 強い。確かにとても強い。
 だが、骨子があまりにも脆い。

 ピゥグリッサの目から見ても、セリアーノはあきらかに暴走していた。
 普通の魔人はもう少し安定している。
 変化を経て世界との帳尻が合えば、ほとんどの魔人は理性を失って暴れたりしない。
 魔王軍のように徒党を組むことすら可能だ。

 おそらく自分の中で辻褄合わせを繰り返しすぎたのだ。
 内部崩壊を起こしつつある。
 放っておいてもセリアーノはいずれ死ぬだろう。

(しかしこのままでは、辺り一帯が消し飛びかねん!)

 セリアーノの暴風を受け流しながら、ピゥグリッサが内心舌を打つ。
 “魔人還し”の異名は二つの意味を持つ。
 ひとつは魔人の特殊能力を気功で跳ね返せることから。
 もうひとつは魔人を灰に還すことからだ。

 だが、ここまで暴走したセリアーノの風をすべて跳ね返してしまったら、大災害に繋がりかねない。
 倒すにしても放置するにしても、一度は鎮めなくてはならないのだ。

 ピゥグリッサにとっても八方塞がりのときに、さらなる不安要素が出現した。

「何故戻ってきたんだ!」

 セリアーノの頭上をはるか越えた先に、空飛ぶ珍妙な物体が飛んでくるのが見える。
 それには逃がしたはずのユエルとティーシャが乗っていた。




「見えた! あそこだ!」

 すごいなピゥグリッサ……あの魔人を相手にまだ粘ってるなんて!

「本気でやるんだな? どうなっても知らないぞ!」
「いいから、僕の言ったとおりに!」

 僕の指示を請けたカルザフが《フライングフォックス号》のスピードを思いっきり上げた。
 飛行音に気づいたセリアーノが振り返る。

「フォル! そこにいたのかっ!」
「見つかった! 行ってくる!」
「ユエル様、ご武運を!」

 ティーシャの応援を背に、僕は思いっきり飛び降りた。
 加速のついた僕の体はそのままセリアーノの方へと。

「セリアーノー! 受け止めてくれー!」
「フォルー! 今行くぞー!」

 セリアーノが幸せそうな顔で無防備に両手を広げた。
 ピゥグリッサ……ああ、そうだ、退避してくれていい!

「くたばれ、愛しき人!」

 愛憎のこもった叫びとともにセリアーノの纏う風に衝突した僕の体は、おもいっきり爆散した。




「フォ、フォルーッ!?」

 『本物のフォル』のまま木っ端微塵になった僕を見たセリアーノはショックで放心してしまった。

「ユエル……何故、特攻など……っ!」

 僕の《王道殺し》を知らないピゥグリッサが悲痛な叫びをあげる。

 ああ、不思議だな。死んでいるのに、周りで何が起きているかわかるのは。

 風も解けてボーッとしたままのセリアーノの前に、《フライングフォックス号》から降りたカルザフが立つ。
 思いっきり腰が引けているけど、指示通りの位置に立ってくれた。
 うまくいったら、後で何か奢ってあげなくちゃね。

 ちなみにセリアーノは一見すると無防備に見えるけど、あの状態で攻撃しても僕の二の舞になっちゃうからカルザフには手出しはしないよう言い含めてある。
 ピゥグリッサも何かを警戒しているのか、セリアーノにできた絶好の隙を突こうとしない。ここで打ち合わせに参加してない彼女が余計なことをしないのは本当に助かる。

「ああ、フォル。そこにいたのか」
「ひっ、魔人とかホント勘弁してくれよ……」

 あ、カルザフが無事にフォルガート認定された。
 すぐにセリアーノの顔に妖しい笑顔が戻り、瞳が赤く輝く。

「フォル。愛しているよ」
「ああ、そういやアンタは俺の愛しき人だったな……愛してるぜ」

 よし、カルザフが堕ちた。
 今だティーシャ!

「《 なんじ、服従せよっ。魂魄繊維こんぱくせんいの隅々に至るまで漂白し、わたしに染まれっ! 》」

 《偽装》で隠れていたティーシャがこっそりと《服従のギフト》を発動する。

 対象はセリアーノではない。
 カルザフだ。

 カルザフが自己申告した盗賊のクラスレベルは9。
 共犯者であるティーシャのギフトは僕のレベルを参照して11。
 本来ならこれでティーシャの《服従》が通る、のだが。

「……あん?」

 セリアーノの魅了と《服従》とが相殺されて、カルザフが正気に戻った。
 ピゥグリッサの従属の首輪のときと同じだ。
 これでカルザフは余計なことを喋らない。
 また魅了されることがあっても《服従》の予備ならある。

 状況は整った……あとは僕がとどめを刺す。

「やあ、セリアーノ」

 セリアーノを挟んでカルザフの反対側に蘇生した僕は、和やかな調子で声をかけた。

「貴様は偽の勇者……まだ性懲りもなく生きていたか!」
「少年!? 君は確かに死んだはず!」

 怒るセリアーノ。
 ピゥグリッサも瞠目しているが、今は無視だ。

「何を言ってるんだい。僕は君の恋人だろう?」
「ふざけたことを。私の恋人は、フォルガートただひとりだ!」

 曲刀が振るわれ、風の刃が僕の首を跳ね飛ばす……と思いきや。

「何をしているユエルッ! こいつを挑発するな!」

 目にもとまらぬスピードで駆け付けたピゥグリッサが風の刃をインターセプト。
 おかげで僕は今日二度目となるはずだった斬首を免れた。

「本当に強いですね、ピゥグリッサさん。死ぬのは痛いから嬉しい誤算でした」
「死ぬのが痛いで済むか! いいか、私から離れるなよ!」
「その調子で僕を守っててください。魔人セリアーノは勇者の僕が倒します」
「なんだと? いったい何をするつもりだ」
「まあ、見ててください。僕の戦い方を」

 すぅっと目を細めて、僕は魔人セリアーノに真正面から相対した。

「もはや君とは語るまいと思っていたんだけどね、セリアーノ。これが最後だから聞いておきたいんだ」
「私は貴様と語る舌などもたんっ!」

 セリアーノの怒涛の攻撃が繰り出されるけど、すべてピゥグリッサが捌いてくれる。
 本当に何者なんだろうか、この人は。

「君はフォルガートが好きなんだよね?」
「ああ!」
「君はフォルガートだけが大好きなんだよね?」
「そうだ!」
「君はフォルガートだけに愛を誓っているんだよね?」
「ええい、くどい! 何度言わせる!」

 返事のたびに強烈になっていく風の刃をピゥグリッサが巻き取り、散らしていく。

「私が愛する男性は、この世界にただひとり。フォルガートだけだっ!!」

 街の中心で高らかに宣言された告白に、僕は疑うような視線を向けた。

「それは、本当に?」
「……なに?」
「ただひとつの愛なんてあるのかな。君が向ける愛情は本当にひとりの男だけに捧げられているのかな」

 セリアーノの背後に視線を向ける。
 はいカルザフ、そこで「俺!? いや、マジ無理勘弁!」って顔しないでね。
 今の君はフォルガートなんだから。

 そう、この作戦は男がふたり必要で。
 しかも僕がフォルガートのままじゃ成立しない。

「無論だ。それこそが私の……セリアーノのアイデンティティだ」

 僕の問いかけに胸を張って応えるセリアーノの姿はとても真摯的で、まさに騎士と呼ぶに相応しかった。

 魔人セリアーノ。
 その起源は『一途いちず』。

「そうなんだね」

 ふぅ、と僕は息をつく。
 そして我ながら残酷な響きでもってささやいた。
 
「じゃあ、君の愛が本物かどうか試してみよう」
「…………えっ」

 セリアーノが何かに気づいた。

「あ、ああ……」
「どうしたの?」

 僕が微笑みかけると、セリアーノの頬が激しく紅潮した。

「あ、あなたはフォルなの?」
「違う。僕はフォルガートじゃない。勇者だ。勇者ユエルだよ」
「いや、あなたがフォル……」
「フォルガートはあっち」

 僕はカルザフを指差した。

「え? ああ、そうだ。彼こそが私の愛しき男……え、じゃああなたは……」
「僕はユエル」
「いやでも、あなたが、でもこっちにも……」
「そっちがフォルガート。僕はユエル」

 幾度となく繰り返されるやりとりは無限に続くと思われた。
 しかし、気づいてしまう。
 彼女が魔人セリアーノだからこそ、その異変に。

「……フォルがふたり?」
「違う。僕はユエル。フォルガートは彼。この世界にただひとりの男だ。彼を愛しているんだよね?」
「そうだ。フォルはひとりしかいない。絶対に、私が愛している人は」

 ピゥグリッサとカルザフが絶句し、ティーシャが息を呑む。

「じゃあ、この気持ちはなんなの?」

 ぽろぽろと。
 セリアーノが涙を流し始めたから。


「さっき試すって言ったでしょ?」

 まるで純情な乙女のような泣き顔を浮かべるセリアーノに向かって、僕は意地悪く答えた。

「僕は君に《恋慕のギフト》を使った。僕に『恋愛感情』を抱くっていう、勇者のギフトだよ」

 ヴェルマが言っていた。
 魔人の弱点は魔人の起源そのものだと。
 だから僕は『一途』なセリアーノに《恋慕》で『二股』を強制したのだ。

「じゃあ、この気持ちは偽物なの?」
「いいや、紛れもなく今この瞬間だけは本物だ。このギフトはまじりっ気なく、恋愛感情を内側から芽生えさせるものだ。植え付けてはいない」
「ああ……そうなんだ。私は今、勇者ユエルを……フォルガート以外の男を愛してしまってるんだ……」

 セリアーノが慟哭どうこくしながら、天を仰ぐ。



「そんなのはもう、私じゃないなあ」



 一瞬のことだった。
 フォルガートであるはずのカルザフを一顧いっこだにすることなく。
 もうひとりの想い人である僕のことも視界に入れることなく。
 その全身にそよ風を纏ったかと思いきや、セリアーノの体がサラサラと白い砂になる。
 それは大嵐のように荒れ狂った魔人にしては本当にあっけない、静かな最期だった。

「……ああ、まったく。もっと泣いて喚いて叫んで。僕好みの死に方をしてくれると期待してたのに」

 セリアーノの故郷では珍しくないであろう砂交じりの風が、あたりを吹き抜けていく。

「あなたは最後まで、僕の大嫌いな喜劇に登場する道化だったよ、セリアーノ」

 これっぽっちも笑えないまま、僕は彼女の鎮魂を心から願った。

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