ドS勇者の王道殺し ~邪悪な本性はどうやら死んでも治らないみたいなので、転生先では自重しないで好きなように生きようと思います~

epina

ドS勇者と魂の檻

 深夜、げっそりとした状態で盗賊ギルドに顔出しした。

「ふぅ、酷い目にあった……」

 バリンガスに作ってもらった玉子酒をあおってから、ぐったりとバーカウンターに突っ伏す。

 自分に使われて改めて理解した。
 勇者のギフトはヤバい。
 誰かの心を操るということは、こういうことなんだな……。
 
「よう、小僧。女に精も根も搾り取られたって顔だぜ」

 完璧に当てるのやめようよ、カルザフ。

「そっちはどう、景気のほどは」
「ま、いつもどおりだな。それよりヴェルマが生きてたらしいじゃねえか」
「ええ、そうみたいですねー」

 シアードの前支部長殺しは露見させていない。
 だから、みんなはまだヴェルマが犯人だと思っている。 

「あの女……酷い怪我だったし、てっきりくたばったもんだと思ってたが……」
「支部長も死んだと思ってたみたい。そういえば、どんな人だったの?」
「前の支部長はグランドルって人だったんだが、ヴェルマはぞっこんでな。なんというか情の深いエルフの女で……正直、今でもあいつが殺したって話が信じられないくらいだよ」

 情が深い、か。
 シアードへの復讐のためにギルドを攻撃してるってことで間違いないだろうけど、グランドルのことは人間だと思い込んでたってことかな。
 ……いや、ちょっと待って。

だったの?」
「ん? ああ、そうだぞ」
「てっきり盗賊ギルドは人間だけだと思ってたよ」

 僕は種族でどうこういうつもりはないけど、この世界の種族差別は普遍的なものだ。
 今でこそエクリア王国とクアナガル管理帝国は休戦してるけど、それでも『ハーフエルフは恋愛では生まれない』って言われてるぐらいには……。

「よくわからんが……なんというか、ヴェルマだけは例外のような雰囲気だったのさ。前支部長が連れてきたんだよ。もちろん、俺たちもエルフなんかがって思ってたが……あの女の技巧は本物だったしな。技が確かなら尊敬を集められるのが盗賊ってもんだ。だが、やっぱり所詮はあの女も人間が憎い普通のエルフだったのかもな……」

 カルザフがどこか遠い目で当時を振り返る。
 
「……グランドルは明らかにエクリア系の名前だよね? 人間とエルフでそういう関係だったってこと?」
「ああ、そういうことになるな」

 だけど、グランドルは人間ではなく魔人だったというのが、従徒になったシアードの証言だ。
 魔人は……魔王に魂を売り渡した元人間やエルフ、獣人のこと。
 『裏切りし者』だ。
 勇者である僕の敵、ということになる。

「まさか……」

 そのとき、僕の脳裏に嫌な想像が浮かんだ。
 さすがに僕の思い過ごし……だと思う。
 この世界だからこその自然な帰結かもしれないけど、いくらなんだってそんなこと……。

「どうした、小僧?」

 僕の動揺を見て取ったのか、カルザフが心配そうに顔を覗き込んでくる。

「ひょっとしたらヴェルマを捕まえられるかもしれない」

 もしもヴェルマの正体が僕が想像したとおりなら
 しばらくシアードを傀儡にしておこうと思ったけど……どうやら、使いどころがはっきりしたようだ。

「本気で言ってるのか? この三年間、ギルドの情報網に引っかからなかった女盗賊なんだぞ」
「大丈夫」

 懐疑的なカルザフに、僕はニヤリと笑みを浮かべてみせる。

「僕にいい考えがある」 




 千載一遇のチャンスがようやく訪れた。
 
(……ようやく姿を見せたわね、シアード)

 夜の港。
 もはや船が出ないはずであろう時刻に、盗賊ギルド現支部長シアードが護衛も引き連れずに現れた。
 三年間……ずっと引き篭もっていた憎き男が、ようやく表に出てきたのだ。

 ヴェルマのもとに、シアードが港で船を手配しようとしているという情報がクアドゥラ経由で流れてきた。
 こちらの動きを見るためのガセネタかと思っていたが、どうやら本当に街の外に脱出しようとしているらしい。

(影武者ではない……本人! ! ようやくギルドが安全ではないと思わせることができたのね!)

 ヴェルマ自身がギルドに近づくのは危険過ぎた。
 だからこそ盗賊ギルドの息のかかった商人にひとりずつ濡れ衣を着せ、ギルドを支援する貴族と取引していた農園に除草薬を撒き、タグリオットを使って支部の会合ををおじゃんにしたりしてきた。
 ギルドを少しずつ弱体化させ、シアードを守るころもを一枚ずつ剥ぎ取っていったのだ。

 ヴェルマは復讐のために傷を癒し、慎重に潜み、影となって生きてきた。
 グランドルとの間にできた子供にだって、もう何年も会えていない。
 生きているかすらわからないのだ。

 だが……血のにじむような努力が、遂に実を結ぶ。
 ただただ、一度きりの機会を作るため。
 魔弓につがえた一矢を放つためが雌伏しふく
 シアードが船に乗り込み、甲板から船室に入るまでのわずかな時間だけが狙撃のチャンス。

 あの女は死んだと自らに言い聞かせつつも、三年間シアードが外に出てこなかった理由。
 ヴェルマの魔弓は、ただ一度として的を違えたことはない――。

(グランドルの仇、討たせてもらうわ!)

 音もなく射られた矢が、シアードの肩に突き刺さる。
 塗っておいた麻痺毒が効いたのか、一瞬のうちに動かなくなって、そのまま倒れ伏した。

(やった!)

 歓声をあげそうになるのを堪え、頭を切り替える。

 まだ終わりじゃない。
 生け捕りにした状態でギルドに連れていき、全員の前でグランドル殺しの罪を告白させる。
 ギルドでの名誉を回復し、シアードを裁きにかけるのだ。
 そこまでしてようやく、復讐は成し遂げられる。

(それにしても、強力な麻痺毒だったとはいえ……あんなふうに倒れるものかしら。まるで、ぷっつりと糸の切れた操り人形みたい)

 違和感を覚えた。
 
 生きている人間なら、ヴェルマには視えて当たり前のはずの魂の輝きが。

(え、あいつ、死んで――)

 気づいた。
 だが、もう遅い。
 結末は既に決まっている。



「よかった。シアードを釣餌にすれば、かかると思ってはいたんだけど」



 声が聞こえた瞬間、ヴェルマは即座に動こうとした。
 相手の正体を探ったり、声の出どころを見たり、記憶を反芻したりせず。
 迷うことなく逃げの一手を選ぼうとした。
 盗賊としての長年生きてきた女の、本能の為せる業。

 しかし、すべてが手遅れなのだ。

(動けない……!)

「弓が得意だっていうのはカルザフから聞いていたけど、本当にすごいな。矢が放たれる瞬間まで、まったく位置がわからなかった」

 背後に誰かが立つ気配。

「船に細工をされてたらアウトだったかな。まあ、その時間は与えなかったつもりだけど……」

(私……弓を射った姿勢から、一歩も動けていない――!?)

「無駄だ。あなたはもう僕の《魂檻こんかん》に囚われている」




 《魂檻こんかんのギフト》は一週間に一回だけ使用できる。
 従徒を直接負傷させたか、死亡させた者を対象として発動する。
 対象を従徒の魂で形成した《魂檻》に閉じ込めて行動不能にする。
 《魂檻》に囚われた対象はギフトの対象となるとき、レベル1として扱われる。
 《魂檻》はマインドベンダーのクラスレベル1につき1分間持続する。
 《魂檻》の材料となった魂は消滅するため、従徒は必ず死亡する。

 僕の作戦は至極単純だ。
 クアドゥラに情報を流させ、シアード本人を囮にしてヴェルマを釣った。
 シアードの魂を代償に、レベルアップで覚えたばかりの《魂檻のギフト》を発動し、ヴェルマを捕らえたのである。

 僕の目の前で弓を放った姿勢のまま無防備に背中をさらしている女エルフ。
 顔は見えないが、シアードが死ぬほど恐れていた魔弓のデザインはヴェルマの物で間違いなかった。

「さて……のんびり話していたらギフトの持続時間が切れちゃうから、ね」

 《魂檻》の効果により、ヴェルマはレベル1として扱われる。
 つまり元のレベルがいくつあろうと、《服従》や《友誼》を通せるということだ。
 普通ならここは《服従》を発動する場面だろう。シアードは死んだ。従徒枠には余裕がある。
 だけど、僕が発動するのは《服従のギフト》ではない。

「……ああ、やっぱり発動したか。そうなんじゃないかと思ったよ」

 ギフトが無事に通った手応えを感じた僕に、いつもみたいな達成感はこれっぽっちもなく。
 ぽっかりと胸に空いたような気分のまま、ただ静かにつぶやいた。

「ヴェルマ。




《契約のギフト》は使用者より『魔人』を対象として発動でき、一日に一回まで使用できる。
 使用者よりレベルの低い魔人と強制契約し、使い魔として使役できる。
 使い魔となったは魔人は使用者の意志に逆らえず、害意を抱くことができなくなる。使い魔は他のギフトを使用するときに従徒と見なしてもよい。
 同時に使役できる使い魔はレベル÷10(切り上げ)体まで。

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