ドS勇者の王道殺し ~邪悪な本性はどうやら死んでも治らないみたいなので、転生先では自重しないで好きなように生きようと思います~

epina

ドS勇者と共犯者

 宿を飛び出して雑貨屋ですぐに服を買う。
 旅人用の丈夫な服を、自分用のと替えも含めて揃えることができた。
 ティーシャの服の丈は覚えてないけど、どうせ細かい調節は自分でやらないといけないものだから生地も買う。

 朝っぱらから開いている店なんてないかと思ったけど、もうお昼時だったらしい。
 ティーシャはどうして起こしてくれなかったのかな?

 市場でお昼の客を捕まえようと屋台を広げたエルフたちが声を張り上げている。
 どいつもこいつも若く見えるけど、エルフは若作りで寿命も長い。きっとみんな100歳超えてるんだろうな。

 ちなみに、真昼間にエルフの街を歩きまわるのは、これが初めてだったりする。

「いくらですか?」
「1本2ゴールドだよ」
「これください」

 かろうじて覚えたエルフ語で何とか串物を買う。
 いつボロが出るんじゃないかと、気が気じゃない。
 だけどティーシャのご機嫌を取るためにも、お土産は多めに買わなくては。

「それにしても、あんまり肉が売ってないんだな」

 野菜や山菜の香料焼きとか、そんなのばっかりだ。
 ティーシャには肉が必要だと思うけど、どうもエルフは草食を好むらしい。

 もちろん僕はエルフに《偽装》している。
 人間の姿のままだとぼったくられたり、因縁をつけられたり、石を投げられたりするからだ。

 子供の頃、親の出稼ぎについていって街に行ったことがある。
 広場では人間がエルフを囲んで、殴る蹴るの暴行をくわえていた。
 それを見た父さんも当たり前のようにエルフに石を投げたのだ。

「お前も投げなさい。汚らわしい傲慢な連中をこらしめれば、完全創造主さまから加護が授かれる」

 とか言っちゃってさ。
 ああ、これが当たり前なんだなって子供心に思ったっけ。

 ちなみに僕は石を投げなかった。
 子供を守ろうとする母エルフの泣き顔を見ただけで、僕の心は満腹になってしまったのだ。
 それこそ、胸やけを起こすぐらいに。

 前世を自覚した今ならわかるけど、正義のオブラートで包まれた加虐は、僕の口に合わなかったのだ。
 山賊やオークの略奪のほうが、よっぽどいい味付けをしてる。

「よう、そこ行く小僧。牛焼きでもどうだい。今なら胡椒もかかってるぞ」

 おっ、肉!

「おいくらですか?」
「1本で10ゴールド」
「たっか! 高くないですか?」
「正規の価格だ。まけてもらいたいなら、狐に頼みな」

 ……狐?

「あっ」
「よう、小僧。縁があるな」

 昨晩会った盗賊さん(エルフに変装中)が、気さくそうに手をあげていたのだった。




 人気のない路地に場所を変えて、僕と盗賊さんは談笑していた。

「おお、小僧! その歳で女の悩みか!」
「そんなんじゃないんですって!」

 口車に乗せられて、うっかり喋ってしまった……。
 さすがはプロだ。

「いやあ、ちょっと安心したぜ。どんな末恐ろしいガキが現れたんだって思ったもんだが……」
「そういえば例の件、どうなりましたか?」
「ああ、手土産に申し分はないし。支部長は入れてもいいって言ってた。それにエルフの変装もうまいよな。一瞬、別人かと思ったぜ」
「そ、それじゃあ!」
「俺は反対だ」

 俺は、のところをやたらと強調する盗賊さん。

「お前のような小僧が好奇心で首を突っ込んでいい世界じゃない。ナイトフォックスが好きだっていうなら尚更だ。盗賊ギルドに幻滅することになるぞ」
「わかっています」

 ナイトフォックス物語のような綺麗ごとばかりじゃない。
 本当にわかっている。
 だからいいのだ。

「明日の夜、俺がお前を迎えに行くことになってる。そのときにお前をギルドまで案内するかどうかは俺が決める」

 ……そうきたか。

「お前の本気の仕事を見せてもらいたい。10000ゴールドの宝飾品を盗んできて、俺に見せるんだ。ひとつじゃなくてもいい。合計10000ゴールドだ。殺しはなし。当局に逮捕されても失敗とみなす」

 ふむ。
 これを達成すれば盗賊さんが僕を認めてくれるというわけか。

「わかりました。その条件でかまいません」
「……本当にわかっているのか? 10000ゴールド分だぞ?」

 確かに大金だ。
 実際、盗賊さんは僕を諦めさせるつもりで吹っ掛けたつもりなんだろうけど。

「生憎と、僕にも事情があるので」

 ギルド会員になれば、誰かが僕の情報を手に入れようとしたときにギルド内でストップがかけられる。誰が僕のことを知りたがっているかも教えてもらえる。
 そして信頼できる情報を金で買えるツテや、盗品をさばくルート、賄賂で見逃してくれる衛兵を知っておくことは……前みたいな失敗を繰り返さないためにも必要なのだ。

 僕の表情から決意を見てとったのか、盗賊さんが仕事の顔になった。

「10000ゴールドだ。1ゴールドでも足りなければ、支部長にはお前が尻尾を巻いて逃げたと伝える。いいな?」
「はい!」

 よーし、今度こそ絶対に達成するぞー!
 僕にとって大切でも何でもない見ず知らずの他人から金品を巻き上げるんだ!




「ただいまー!」
「おかえりなさい、ユエル様」

 宿の部屋に帰るとティーシャが出迎えてくれる。
 なんか服を着てるなって思ったら、掛け布団のシーツを体にぐるぐるっと巻いてるだけだった。

「さっきは本当にごめんね。服、買ってきたよ。それとお昼ごはんも。部屋で食べよう!」
「は、はい。ありがとうございます」

 ティーシャが少し驚いた顔をする。

「本当に買ってきてくださったんですね……その、お金は?」
「ん? ちゃんと足りたけど?」
「わたし、お金を持ってなくて……」
「ああ。そんなの気にしないでいいって。破いちゃったの僕だし。それに山賊の砦で手に入れたお金だしね」

 それに、あんな如何にも奴隷みたいな服をいつまでも着せとくわけにはいかないし。

「それにティーシャは僕の大切な手駒なかまなんだから」

 ティーシャには利用価値がある。
 自分を助けた勇者ユエルを妄信している。
 ギフトで服従させなくても裏切りの心配はない。

「……なんでですか」

 僕の言葉に気持ちがこもっていなかったせいか。
 ティーシャはこれっぽっちも納得してなさそうだった。

「なんでって?」
「わたし、ハーフエルフなんですよ」

 いつになく強い、噛み締めるような口調だった。
  
「わたしなんかを仲間にしていれば、ユエル様は他の人達から責められます。それなのに……どうしてユエル様は、ハーフエルフのわたしにこんなに優しくしてくれるのですか?」
「ああ、なんだ。そんなことか……」

 人間だとか、エルフだとか、ハーフだとか。
 心底くだらない。

「種族なんて関係ないよ。ティーシャはティーシャだし。僕の勇者の力で見た目を誤魔化せば、みんなにはわからないよ」
「それでも、わたしに流れている血は汚らわしいものなんです」
「誰に言われたの? 友達? それとも親?」

 ティーシャが言い淀み、暗い顔になる。
 ああ、これは鏡で見たことがある。
 大切な人に裏切られた者の顔だ。

「はあぁ~……」

 どうしようもなくやるせない気分になって、思わずため息をついた。
 呆れられたとでも思ったのか、ティーシャが悲しそうに俯く。

「ねえ、ティーシャ。もしも『ハーフエルフは汚らわしい血』って話が『譲れない自分の考え』だっていうなら、今から僕の言うことは聞き流していい。でも、もしも『みんなが言ってるから自分もそう思ってる』んだったら、よく聞いて」

 しばしの沈黙。
 やがてティーシャが小さく頷いたのを確認してから、僕は改めて口を開いた。

「どうでもいい他人の中身なんて、誰も興味がない。最初に大事なのは常に第一印象みためだよ」

 ティーシャが顔をあげた。
 勇者の僕がそんなことを言うとは思わなかった……そんな顔だ。

「他の人が何を言ったって気にすることないよ。ティーシャがティーシャのままでいられるのが一番いいに決まっているじゃないか」

 本当に大切なのは中身、魂の本質だ。
 なのに、どいつもこいつも見た目とか種族とかで他者を判断する。
 動物と同じだ。第一印象で自分にとって危険か安全かを判断する。本能をちっとも克服できていない癖に、下等だ高等だのと。



 ――お前も投げなさい。汚らわしい傲慢な連中をこらしめれば、完全創造主さまから加護が授かれる。



 うるっせーんだよ、クソが!
 命なんざ等しくはかなく無価値なんだよ、阿呆あほどもが。
 現実を見ろよ。人間もエルフも、魔王軍の前では踏みにじられる塵芥ちりあくたじゃねーか。

 それをさも価値があるかのように錯覚して、安心を得るために、自分より弱い奴らを悪としてレッテルを張り続けて……。
 いったい、お前らは何がしたいんだ?
 自分が騙されていることに気づいているのに、騙されていないことにして自分を騙し続けて。
 
 ふざけるなよ。
 やってること同じじゃねーかよ。
 魔王が共通の敵として出てきてエクリアとクアナガルが同盟を組んで、ちょっとはマシな世界になるかと思ったのに、ティーシャみたいな子がいてさ。
 なーんにも変わってないじゃないか。

 に言わせれば、人間もエルフも同じだよ。

 苦痛に歪む顔も。
 絶望に喘ぐ声も。
 境遇に流す涙も。

 貶められる命の輝きは種族なんて関係なく、全部宝石みたいな宝物だよ。
 だから――

「生まれてきたことを嘆く必要なんてない。君は君のままでいいんだ」

 善が善のままでいいように。
 悪は悪のままでいい。
 ティーシャだって、ハーフエルフでいい。
 我慢なんてしなくていい。
 それが数多くの不幸を呼ぶことになったとしても、自分を殺すことはないんだ。

 世界たにんを変えるより自分うまれを変えろだと。
 そんなん知るか、クソ喰らえだ。
 別に変らなくたって生きられる。
 実際、前世の僕はどうしても変われなかったから、誰とも関わるのをやめたのだ。

 世界は、みんなが少し我慢すれば喧嘩をしないで済むように作られてる。
 そんな中でたくさん我慢をしなくちゃいけない連中が暴れるようにできている。
 誰かの都合なんて気にするだけバカバカしいのだ。

「ほら、着てごらん。後ろ向いてるからさ」

 買ってきた服をティーシャに押し付けてから、ドアの方を向いた。
 やがて衣擦れの音が聞こえてくる。

「着ました……」

 ティーシャの許可とともに振り向くと、そこには女神がいた。
 うん、控えめに言っても天使。

「すごく似合ってるよ」

 雑貨屋で買ってきた手鏡を見せると、ティーシャが「ふわぁ……っ」と吐息をもらした。

「これが、わたし……?」
「ほら、見た目って大事でしょ」

 ティーシャを後ろからぎゅっと抱きしめる。

「ふえぇっ、ユエル、様……?」

 戸惑うティーシャに構わず、ほんの少しだけ尖った誰とも違うチャーミングな耳に優しく囁きかけた。

「君がハーフエルフだから迫害されるっていうなら、僕が見た目だけエルフにしてあげる。もしも人間がよければそれでもいい。僕の勇者の……欺瞞を操る力で、世界中を騙しきってあげる。世界中のすべてが敵に回っても、僕だけは君の味方だ。だから――」

 ……ああ、たった今わかった。
 僕はティーシャに偶然出会ったんじゃなくて、出会うべくして出会ったんだ。
 手駒だなんてとんでもない。
 彼女は僕の――

「僕の共犯者なかまになってよ、ティーシャ」

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