ドS勇者の王道殺し ~邪悪な本性はどうやら死んでも治らないみたいなので、転生先では自重しないで好きなように生きようと思います~

epina

ドS勇者と女執事

 仲買人に接触したユーディエルの正体は《憑依のギフト》でその辺のチンピラに乗り移った僕だ。

 《憑依のギフト》は1週間に1回だけ使用可能。
 対象の意識を眠らせて自分の魂を憑依させ、その体を自在に操ることができる。
 操作中、本体は魂が空っぽの状態になるが食事や睡眠は勝手に摂るので生命維持活動に支障はない。
 使用を中断するか本体が破壊されるまで効果は永続する。

 ラグナールを従徒にして奴隷商人に取引相手として引き合わせてもらう手も考えていたのだが、それだと奴隷商人に直接会える保証がない。下手をすればティーシャを売り飛ばして終わりになってしまう。

 しかし、奴隷として近づけばリスクは高いが奴隷商人と直接相まみえるチャンスが訪れるはずだ。
 それと、捕虜にした山賊などを奴隷としてリクルートするためにラグナールの流通ルートはしっかり確保しておきたかった。

 僕のギフトと奴隷売買を組み合わせれば莫大な利益を得られる。
 奴隷商人を裏から操れるようになれば、魔法の装備を一気に整えて課題となっている僕自身の戦闘能力の向上にも役立つ。
 奴隷商人なら戦闘用奴隷も所持しているはずだし、そういう奴らを従徒化できれば言うことなし。

 とはいえ奴隷商人が何者かまだわかっていない……というのは少し不安だった。

 奴隷売買は儲かる。間違いなく金持ちだ。
 今回の標的はドルガルやラグナールのような短慮な失敗者ではない。成功者である。
 積み上げるためにさまざまなことを犠牲にして、我慢を重ね、用心深く自分の敵を葬り、味方を増やし、現在の地位にまで上り詰めている。

 その成果すべてを、僕がいただく。 

 言うまでもなく、僕の最終目的は奴隷商人を《服従のギフト》で従徒にすることである。
 僕よりレベルが高い可能性もあるから従徒にできるとは限らない。
 レベルが低くても僕のギフトを無効化するような装備を持っている可能性だって高い。
 でも、ドルガルのときは成功させた。絶対にやり遂げてやる。




 数日間過ごすのも覚悟していたが、僕らはそれほど待たされなかった。

「ピゥグレッサさん、こちらです!」

 ラグナールに案内されて倉庫に現れたのは執事服に袖を通した女だった。
 エルフじゃない。エクリア人でもない。頭から飛び出ているのは狼の耳……間違いなく獣人だ。

 獣人はしなやかな身のこなしと動物の五感を併せ持つ、肉体派の種族だ。
 この女も獣人の例に違わず体のラインがすらりとしていて、僕やティーシャよりも頭ふたつ分くらい背が高い。
 それと首には小さなチョーカーをつけていて、まるで首輪を嵌められた犬だな……なんて感想が思い浮かんだ。
 それと、何にも増して巨乳。動くのに邪魔になるんじゃないかってぐらいでかい。ティーシャがかわいそうになるほどの胸囲の格差だ。

 ん、視界の端のティーシャがこっちを見て頬っぺたを膨らませているような……気のせいだよね?

「ほう、大口を叩いていただけのことはあるな。どちらもなかなか。特にハーフエルフの方は高く売れそうだ」
「へへっ、そうでしょうそうでしょう!」

 ラグナールにピゥグレッサと呼ばれていた女執事が白手袋をきゅっと嵌めて、僕らの方につかつかと歩み寄ってくる。
 おいおい、素人目線だけど足運びからして只者じゃないぞ。
 まるで隙が見当たらない。

 この女が奴隷商人なのか?
 いや……服装からして用心棒、懐刀みたいな立ち位置か。

「お前は処女か?」

 ピゥグレッサはティーシャの前にしゃがみこんで目線を合わせる。

「は、はい……」
「そうか、少し確かめさせてもらうぞ」
「!?」

 ピゥグレッサがいきなりティーシャのまたぐらに手を差し込んだ……って、おおーう!?

「はぅ……っ、あ!!」

 ティーシャのびっくりしたような声と、短い嬌声が響いた。
 確認が終わるとティーシャが羞恥に頬を染め、ぺたんと力なくアヒル座りしてしまう。
 ラグナールが下品な口笛を吹いた。
 一方、ピゥグレッサは顔色一つ変えてない。手慣れている。完全に業務って感じだ。

「悪かったな。だが、安心しろ。君たちは商品だ。ここまで辛い想いをしてきたかもしれんが、買い手がつくまでは大事にされると約束しよう」

 どこか優しげな……しかし、目に光のない希望を失ったような目で僕たちを交互に見つめるピゥグリッサ。

「さて、今から君たちにはこれを首につけてもらう」

 ピゥグレッサが懐から取り出したもの。
 それはチョーカーだった。
 見た感じ、ピゥグレッサのと同じもののようだが。

「それは?」
「従属の首輪だ」

 従属の首輪だと……!?

「これを身に着けた者は主人や指定してある人物に逆らえない。害を及ぼすような行動もできない。もちろん、無理に外そうとするのも無理だ。まあ、そもそも逆らう気自体が起きなくなるのだがな」

 そんな素晴らしいアイテムがあるのか!
 欲しい!
 いや、そうじゃなくて!

「それ……ひょっとして、今つけなきゃ駄目ですか?」
「もちろんだ。そうでなくてはタグリオット様には会わせられん」

 タグリオット……それが奴隷商人の名前か。
 待て、今大事なのはそこじゃない。

 主人に逆らえない。害を及ぼすような行動もできない。
 それはつまり、奴隷商人のタグリオットを相手にギフトを使えなくなるということだ。

「暴れたりしませんから、後にできません?」
「後でも先でも一緒だろう? それとも何か困ることでもあるのか?」

 何とか言いくるめようとする僕。
 すっと目を細めるピゥグレッサ。

 うん、そうなんです。
 それをつけられるのは、すごく困るんです。 

 ギフトを使えば脱出できると思っていたけど……そもそもギフトを封じられるなんて。
 要するに、ここで何か手を打たないと詰み。
 ああ、こんなことなら街の中で奴隷の扱いについてもっと情報収集しておくべきだった。
 エルフ語を覚えるまで街の住人と会話することを避けたのが仇となったか――!

 何か、何か手はないのか?
 もうクールタイムが終わってて、有効そうなギフトは――。

《偽装のギフト》……無理! 完全に認識された相手に自分を気にしないようにしてもらうには、一度は視界から外れる必要がある! この倉庫には隠れられるようなスペースはない!

《口実のギフト》……駄目! ラグナールがピゥグレッサに個人的な恨みを持っているとしても、あの酔っ払いがこいつに勝てるビジョンが想像できない! ピゥグレッサに効いたとしても、今度は何をするか予想できない!

《友誼のギフト》……無駄! 相手と一時的に友人になってできる限りの頼みを実現してもらえるギフトだが、これが通じる相手は10レベル以下まで! この女は身のこなしからして確実に11レベル以上のクラスを持っている!!

 だったら、切り札の《服従のギフト》がピゥグレッサに効くことを願うしかない。
 でも、これも僕より高レベルの相手かけるには心に隙を作らなくちゃいけない。
 なんでもいい。そうだ、心に隙を作れれば……!

「では、抵抗するなよ」

 ピゥグレッサの手が伸びてくる。
 もう考えている時間はない!

「すいません、お姉さん。それをつけられると困るんです。ひとつだけ、やっておきたいことがあるから……」
「やっておきたいこと? なんだ?」

 ああ、もう。
 あれだけ頭の中で計画を立てたのに……結局アドリブか!

 なんでこう、世の中というのは全部が全部、思い通りにいかないのか。
 いや、わかっている。全部がうまくいくことなんてない。
 ドルガルのときだって気づいていないだけで、きっと何かミスを犯している。

 大切なのはミスに気づいて、失敗を認めて、即座に改善すること。
 リカバーだ。大事なのはリカバー……!

「お姉さんの、その……」
「私の?」
「おっぱいでむぎゅってしてくださーい!」
「んな……っ!?」

 僕の叫びを聞いたピゥグレッサがあからさまに狼狽する。

 ようし……ほんの少しだけど見えたぞ、心の隙が!

《 なんじ、服従せよ! 魂魄繊維こんぱくせんいの隅々に至るまで漂白し、ぼくに染まれ!! 》

 通った……手応えあり!
 さあ、僕の従徒となれ……ピゥグレッサ!!

 会心の笑みを浮かべながら僕はガッツポーズを取る。
 だが、ギフトの効果がピゥグレッサの魂にまで届いたと感じた瞬間……。

 パキン、と。
 ピゥグレッサがのチョーカーが割れて床に落ちた。

「え?」

 思わず間の抜けた声がもれる。
 なんだかわからないけど、ドルガルのときのような相手の魂を手繰る感覚がない。

 失敗、したのか……!?

 慌てて《服従のギフト》の従徒の枠を確認する。
 ……0人だ。
 ピゥグリッサは従徒になっていない。

 《服従のギフト》は1日1回しか使えない。
 再使用は不可能。

 もうダメだ。
 万策尽きた……っ!!

「そうか、そういうことか……」

 ほんの少しの間、何かを確かめるように首をさすっていたピゥグリッサが何事か呟き、鋭い視線で僕を睨みつけてくる。
 これはもう無理だ、殺される!
 とにかく平謝りして命乞いするしか……。

「あ、あの……その、馬鹿なこと言ってすいませんでし――」

 刹那、一陣の旋風が吹いた。
 何が起きたかわからない。

 僕の目に飛び込んできた光景は。
 拳を振り抜いた姿勢のピゥグリッサと。
 壁に叩きつけられて気絶するラグナールだった。

「……!」

 ピゥグリッサが情熱に燃える瞳を僕に向けながら、八重歯をむき出しにして嗤った。

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