ゴブリンロード

水鳥天

第66話 伝言


 月明かりが照らす草原を卵のような形状の影が小さな駆動音を奏でながら地面に沿って滑っていく。移動方向に前傾姿勢を取った巨大な卵の上には小さな人影が取り付いており湾曲した面の上でバランスを取っていた。

 生い茂る道もない草原の上を一定速度に保たれた卵型の物体は馬車以上の速度で難なく移動をしている。その後には何かが押し付けられたように倒れた草の筋ができていた。

 見渡す限りには草原と一部部の林、遠くに映るかすかな山並み。黙々と進み続ける一体と一匹の先に朽ちた建造物の集まりが見えてくる。生い茂る草と蔓に覆われ風雨と日光により浸食された建物群は長い時間の経過を伝えていた。そしてそこから黄味がかった明かりがかすかに放たれている。

 その明かりを見てかそれまでの移動速度を落として卵は止まる。そして小人が降りると卵だけが光の下へ進行を再開させた。

 卵は光に近づいていく。光源の周りは賑やかだった。楽しそうな子供の声が朽ちた建物を反響している。近づく卵は声の主たちに発見されるとすぐにその周りを取り囲まれた。ペタペタと金属的なその表面を触られる。そしてその騒ぎに気付いてか子供と違う大きな体の一人が明かりの元から立ち上がり歩み寄って語り掛けた。

「どうだった、バル?ロードの様子は」

「生命ニ問題ハ、ナシ。身体ニ問題ハ、アリ。
 ロード、カラ伝言、アリ」

 語り掛けた人物は流ちょうな言葉を発し、バルと呼びかけられた卵型の金属塊は片言に言葉を発して答えている。

「伝言は?」
「状況ハ切迫。直チニ魔女ノ森ヘ行ケ」
「わかったわ。すぐに移動を始める。バルはどうするの?」
「我モ、ロードヲ連レテ、森ヘ行ク」
「そう・・・いよいよ、か」

 バルと話す人物はうつむき目を伏せ一瞬、考えにふける。そしてすぐに顔を上げて声を発した。

「さぁみんな。突然だけど移動するわよ。荷台に乗って!」

 そう声を掛けられバルの取り囲んでいた者たちは楽しそうだったり不満そうだったりとそれぞれ違った反応を見せつつ離れていく。それを見送ったバルは向きを変え元来た方向に移動を開始した。

 残った一人はそれを見送りバルの向かった方向を眺める。そして決意を持った表情で金属で覆われた乗り物へ力強く一歩を踏み出すとまとったマントが翻り夜風にたなびいた。



 地平線から顔を出した朝日はユウトが眠る個室にも拡散した光を届ける。部屋の中が薄っすらと明るさを増したことでユウトは目を覚ました。

 清潔なシーツとセブルの掛布が心地よくラトムもそのうえで横たわって寝ている。セブルはユウトが目を覚ましたことに気づいたのか耳が立ちぴくぴくと動くとユウトに声を掛けた。

「おはようございます、ユウトさん。もう起きますか?」
「ああ、そうするよ」

 セブルは広げた体を一気に縮ませる。放り出されたラトムは敷布の上に落ちて目を覚ましたようだった。

 元から置かれていた家具以外にユウトに貸し出された部屋には一つだけ不似合いな大きい桶が置かれている。ケランが譲ってくれると荷物の受け渡し書に書き込まれていたとヨーレンからユウトは教えてもらったものだった。

 ユウトはマントを羽織ってフードをかぶり桶を持って部屋をでる。そして向かったのは中にはある井戸。前日ネイラから教えられていた。そこで水を汲んで桶に移しているとそこへネイラも水をくむための桶を持って現れた。

「おはよう。ネイラ」

 ユウトはわかっていてもつい緊張していまうが少しずつではあるもののその対処に慣れつつもあった。

「おはよう、ユウト。あんたも随分早起きなんだね。ガラルドはすでに見回りにでかけてしまってるけど」
「相変わらずの真面目さだな・・・」

 ガラルドの生真面目さにユウトは半ばあきれる。

「それでユウトはどうしたんだ。こんな朝早くに」
「ああ。訓練をちょっと。剣の基礎の動きと魔膜の扱い方を修練しておこうと思って。昨日はすぐ寝てしまったから」
「へぇユウトも真面目なもんだね。レナにも少しは見習って欲しいぐらいだ。
 あーそういえば今日は白灰に会いに行くんだっけ」
「そうらしい。どんな人か知っているのか?あの豪傑って感じのマレイでもいい顔をしなかった」

 ネイラは少し考えを巡らしてからユウトに返答する。

「おっかない人さ。白灰の魔女なんて呼ばれているけどその呼び方はちょっとした嫌味みたいなものなのにそれを面白がって自分で名乗ってしまうような人だからな。
 もし何か助言ができるとするなら受け答えには十分注意をすることだ。白灰の言うことは全て本気だ。しかもどこかそそのかそうとするような悪意が感じられる。全くの悪人でないのがさらにたちが悪い」

 ネイラはどこか苦虫を噛み潰したかのような渋い顔で語る。ユウトにはネイラの負の感情は感じられないがどこか居心地の悪さのような感情の揺れが読み取れた。

 少し空気が重たくなっていく感じがしてきたその時、奥の工房のある場所から声が響いてくる。
「ネイ~ラぁ。何か温かい飲み物を~」

 弱々しく助けを求めるような声はノノのものだと判別できる。マレイは軽いため息を一つはいた。

「まったく。ノノはやはり徹夜したか。
 それじゃユウト。わたしは野暮用ができたから行くよ。朝食にはもう少しかかるから準備ができたら呼びにこよう」
「わかった。しばらくオレは中庭にいるよ」

 ネイラは水を汲んでその場を後にする。ユウトは魔女という呼ばれ方も含め漠然とした不安を抱かぜるを得なかった。

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