ゴブリンロード

水鳥天

第60話 推論


「人かどうかはさておきユウトの精神、人格は人のそれと同じと認めていいだろう。どういった経緯でこうなったのかは興味あるがおそらく大工房の今の技術では解明にどれほど時間がかかるかわからんな。
 ヨーレンはどう考えてる?」
「はい。私の見立てでは何者かによって変質させられたと考えているのですがどうもにも不自然に感じます」

 ヨーレンは一息ついて気持ちを切り替えたのか真剣な表情でマレイに考えを伝えている。

「不自然とは具体的にどういうことだ?」
「生体から発せられる魔力波は生物によってある程度ふり幅はありますが種族によって区分けができます。ユウトがあくまで人から変質させられたとするならその人としての魔力波の基礎があるはずなんですがそれが全く見えないんです。つまり変質させられたというより始めから特異なゴブリンの体だったと言われた方が納得できます。それに加えて魔力波がとても複雑です。どうにか判別するならゴブリンである、といえるほどに手を加えられている。
 しかしそうなるとユウトの精神はどうやって、何のためにゴブリンの器へと移されたのかがわかりません。移されたのか複製されたのか・・・」

 ユウトにも何となくヨーレンの言っている内容を理解することができる。いよいよ人間の体へ戻ることは不可能であるという事実が確定しつつあるとともにもしかすると自身の記憶、人格が複製であるかもしれないというヨーレンの発言に自己認識を揺さぶられ動揺した。

「そうか。あとは解剖でもしない限りは一般的なゴブリンとの差は判別できないだろうな」

 追撃を加えられるような物騒なマレイの言動はユウトをさらに追い込みユウトの体は一気にこわばった。

「仮定の話だ。生かしたまま経過を見る方がよほど得られるものは多いだろう。本人も協力的だしな。
 やはりあとは白灰に頼るしかないか。気は進まないな」
「はい。師匠に診てもらうしかないと思います。無茶なことを要求されなければいいんですが」

 マレイもヨーレンも二人して気が重そうな口調で語る。先ほどから語られる白灰というヨーレンの師匠にあたるであろう白灰という人物が事態を好転させてくれるかもしれないとユウトは二人の重い空気と反対に少し気分が軽くなっていた。

「ガラルド。お前はユウトをどうするつもりなんだ。仮に大工房から人としての認定を行ったとしてその後どう取り扱う?」

 マレイは話をガラルドへと振った。ガラルドは間をおき、そして話し出した。

「状況は変わった。ユウトの周りで騒動が頻発していることに加え他のゴブリンの気配も感じられる。今何か起こるとするならその中心はユウトだ。ことが落ち着くまでユウトから目を離さないことが最優先だろう。
 ユウトはまだ王都に送らず経過観察するべきだと考える」
「そうか。まぁ妥当だな。大工房での滞在はわたしが面倒をみよう。
 その分ユウトにはいろいろと実験を手伝ってもらうとしようか」

 マレイは屈託のないにこやかな表情でユウトへ向き直った。

「えっ?」

 急に自身へ矛先を突きつけられユウトの内心は波浪に荒れ狂う。実験という言葉がユウトに異様な圧力でのしかかった。

「なに緊張することはない。新たな魔術武具の開発には豊富な魔力量が必要だが戦士は総じて魔力量が低い。即効性魔力丸薬は高くつくし体への負担も大きい」

 張り付いた笑顔のマレイの説明の先がユウトは読めた。

「つまりユウトのような魔力量にもあふれ魔物を二体も退けた戦士としての実力は試作開発に大変好都合だというわけだ。君には試験者としてしばらく働いてもらう」

 マレイは許可を求めない。すでに決定事項であるのだとユウトは直感する。ユウトは目配せで助けを求めたが無表情のガラルドにご愁傷様といった面持ちのレナ、申し訳なさそうに一礼するヨーレンという結果にあきらめるしかなかった。

「・・・わかりました」

 ユウトは覇気のない返事をマレイに返す。

「助かるぞユウト。では急だが君の能力を確かめておきたい」
「はい?」

 唐突な話にユウトはきょとんとする。

「一度君の実力は見ておく必要がある。簡単にわたしと模擬戦をしてもらう。といっても君はわたしの放つ拳の打撃を受けるだけでいい。魔膜は意識できてるようだから魔防壁も扱えるな」
「ま、待ってください。ユウトはつい先日魔膜の使い方を知ったばかりで危険です!」

 このマレイの申し出にはさすがにヨーレンも止めに入り、ユウトはほっとした。

「何が危険だ。わたしにだって手加減ができるくらいの器用さはある。心配するな」

 ヨーレンの進言は全く聞き入れられず、マレイは上着を脱いでヨーレンに押し付けると軽く飛び跳ねながら各関節をほぐし始めた。

「その器用さが逆に心配なんですけど・・・」

 ヨーレンは言葉を続けたがマレイの上着を持って後ろに下がる。ユウトは覚悟を決めるしかなかった。

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